12、いっそのことお前が
何事もなかったかのように、俺は訓練場に行き、何十人もの部下たちの前で上官として声をかける。
模造の剣を振るい鍛錬をつむ兵たちを前にしても、思考はどうしても過去から抜けられない。
なんの罪もないシスターや同胞たちを、助けられずに見殺しにした。
その罪に報いるために、俺は敵国の兵を何十人も何百人も殺した。
そしてついた名前が「軍神」。
気を抜けば悪夢の中で溺れてしまいそうな自分を繋ぎ止めるためだけに、必死で血濡れの剣を振り続ける。
死んだって何も怖くないのに。
俺には待ってる人も、残っているものも何もないのだから。
「ヴィクターさん、今日の訓練のノルマ終わりました!」
体力の訓練をしたいという光の聖女が、毎日飽きもせずに訓練場の端で鍛錬をしている。
屈託のないルナの笑顔。
その翡翠の瞳を俺に向けるたびに、生きている罪悪感が心の中でチリチリと燃える。
「……そうか、ご苦労」
俺にはお前は眩しすぎる。
俺のこの地獄の釜の底のように煮詰まった、暗い後悔の心を知ったら、お前はきっと逃げていくのだろうな。
目を逸らした俺に、ルナはそっと何かを手渡してきた。
「なんだ?」
「あの、ヴィクター様。体調悪そうなので、こちらよかったら……」
何やら、ルナの私物のポットのようだ。
両手で抱えているそれを俺は片手で持ち上げると、温かい。
「ジンジャー入りの蜂蜜ドリンクを作りました。体が温まりますよ」
俺は思わず息を呑んでしまった。
呆れたお人よしだ。
貧弱な聖女のくせに必死で訓練し、魔獣を倒せるほど強くなり、「誰も苦しまない世界」を本気で作ろうとしている。
でも、彼女も俺と同じ、何か心に巣食う苦しみを飼っているのかもしれない。
俺は、そのポットに入ったドリンクを受け取った。
「ヴィクター様が、今夜はよく寝れますように」
聖女に相応しい、穏やかな笑顔。
まるで幼い俺に名前をつけたシスターの、汚れない聖母のような微笑み。
「……ああ、ありがとう」
うまく笑えていただろうか。
いっそお前が俺を殺してくれればいいのに。
お前が俺に罰を与えないのなら、いつか誰かが、俺の前からお前を颯爽と奪っていくのだろうな。
それでも、その無防備な笑顔をいろんな男に向けるのを見るぐらいなら、お前を守って死ぬぐらいが、出来損ないの軍神には一等お似合いなのかもしれない。
あの世で待つ彼らは、そんな俺を笑うだろうか。
『あなただけでも、生き残ってよかった。ヴィクター』
きっとシスターも、目の前の光の聖女も、そう言うのだろうな。
だから、眩しくて仕方がない。