10、夜道の用心棒
その日の夜、夕飯を終えた後。
暗くなった夜道を歩きながら、ルナは街に向かっていた。
寝る前の時間も無駄にしたくないと、回復薬を作るための薬草や果実を買うために出かけたのだ。
毎回体力の訓練のたびに倒れてヴィクターに介抱されるわけにもいかないし、回復薬があった方がいいだろうと思い立った。
寒くないようにローブを着込み、人通りの少ない石畳の道をルナが1人で歩いていたら、ふと後ろから声をかけられた。
「お姉さんこんな夜に1人? よかったら一緒に遊ばない?」
どうやら酒場から出てきたらしき、酔っ払った若い青年が2人。
「すごい美人じゃん! 奢るから飲もうぜ」
「すみません、今から買い物に行く用事があって……」
「じゃあ俺たちが案内してあげるよ」
酒臭い息を吹きかけ、ルナの肩を抱いてくる。
酔ってるとはいえ男性の力は強い。タチの悪いナンパに引っかかってしまったと、ルナは焦りながら身を捩る。
ナンパ男の手が、ルナの細い腰や尻を触ろうとしてきたので、ルナも反発する。
「ちょっと、いい加減に……!」
手を振り払おうとした瞬間、ぐえぇ! と踏み潰されたカエルのような声をあげて、青年の1人が路上の壁に吹き飛ばされていった。
え、そんなに強く振り払ったっけ? とルナが息を呑んだ瞬間、夜道の奥に人影が見えた。
銀髪に白い魔導服を着たリロイが、無言でこちらに手をかざしている。
どうやら、ルナにセクハラしてきた男を遠隔魔法で吹っ飛ばしたようだ。
「こんな夜中に1人で出かけるの? 危機感なさすぎてほんと笑えない」
リロイは腹正しそうにルナに言う。
壁に激突させられた男は泡吹いて気絶しており、リロイは視線を動かし、もう1人のナンパ男に指を向けると、そいつの首に青く光る魔術で錬成した縄を巻きつけた。
「ぐ……ぐぅ……!」
息ができない男はもがくも、魔力の縄には触れられないためただ首を掻きむしるだけだ。口からは涎が垂れ、徐々に焦点が合わなくなっていく。
リロイは薄く唇に笑みを浮かべてはいるが、こめかみに青筋を立てており、本気で殺してしまいそうな気迫がある。
「り、リロイ様、その辺で大丈夫です!」
ルナが流石に止めると、リロイはつまらなそうに魔力の放出を止め、男は石畳に崩れ落ちた。
酔っ払い2人は、一瞬で大魔導士に退治されてしまったのであった。
「ふん」
ゴミでも見るような目つきでそいつらを見下ろした後、肩についた埃を払っているリロイ。
「こんな夜に1人で若い女が歩いてたら危ないってわかるだろ。声かけられた時点ですぐ逃げなよ」
たまたま通りかかったわけではなく、どうやら一部始終見ていたような口ぶりのリロイ。
「最初から見てたのなら、すぐ声かけて助けてくださいよ」
大魔導士リロイの連れだと分かったら彼らも引いただろう。わざわざ半殺しにする必要までなかったんじゃないかと訴えるルナに、
「はあ? 自分の可愛さを自覚しないで、ほっつき歩いてぼさっとナンパされてるお前が悪いんだろ。僕に八つ当たりしないでよ」
褒めてるんだか貶してるんだかよくわからない言い回しで、リロイは苛立っているようだった。
遠回しに可愛いと言われたルナが固まっていると、リロイはため息をつく。
この辺は夜は治安が悪いんだ、と説明し、
「これからは買い出しに行くときは、僕に引率されること。いいね?」
ルナがこくこくと首を縦に振る。
「いい子だ。迷子にならないように手も繋ごうね?」
と言ってその美しい顔でにっこりと笑い、手を差し出してきた。
銀髪に青い目、垂れ目で泣きぼくろ。華奢で美形な大魔導士。
何を考えているか読めないが、意地悪かと思ったら急に甘い、この飴と鞭の使い方が絶妙なのがリロイの魅力なのだった。
そうして、ルナは午前中はヴィクターと体力の基礎訓練、午後はリロイと魔術の特訓をし、夕方は街へと出て人望を上げるクエスト、夜寝る前は必死に本屋魔術書を読み知力を上げる、と時間を無駄にしないようにひたすらスキル向上に努めた。
ヴィクターから、休みの日はたまには出かけないか、と誘われても勉強で忙しいのと断ったり、リロイからお茶のお誘いがあっても、街の清掃ボランティアに行くので、と首を横に振る。
キャラの好感度が上がる乙女ゲームの恋愛イベントを、ルナはわざと無視をし、どちらかの恋愛ルートに行かないように制御していた。
メリバエンドを避け、生存するために必死だったのだが。
彼らからしたら、仲はよく好意は感じるのに、後一歩距離を縮めることができない、「手を伸ばせる距離にいるのに、手に入れられない女」になっていく。
――それが結果として、ヴィクターとリロイの、2人のヤンデレの恋心に仄暗い火をつける結果になっていることに、ルナは気がついていなかった。