第七話 ハイウェイ・トゥ・ヘル
「ちょっとそこのじじい! 何してんだ~!」
「うっ、うぐ、ひっく、何がじじいだ! 俺はまだ18だぞ! なめるなクソガキ!」
「な、な、この魔道隊軍曹アデライン・フラナガン様になんて口の利き方! 絶対牢屋にぶち込んでやるんだから!」
「やってみろや~ク、ソ、ガ、キ!」
さんざん煽ってみたが想像以上に効果覿面って感じだ。相手の出方を伺っていると何やら懐からロープのような物が出てきて体を縛り上げられ、空中に連れ去られてしまった。暗くてよく見えなかったがほうきに乗っていたようだ。
「お、おいクソガキ離せ! やばい、吐きそう、」
「もし、私にかけたら落とすからな! 下に向かって吐け!」
私は一体何度飛べばいいんだろうか、酔ってないとはいえこの態勢では本当に出てしまう。下に人がいない事を願って出してしまうか、本当に気持ち悪い、ロープの巻き付いている部分が圧迫されて痛みもひどい。本心でクソガキなどとは微塵も思っていなかったがこのままだとそうもいかなくなってくるだろう。犯罪やら何やらで連行される他の奴も同じような運び方をされているんだろうか、王都には鳥の糞よりも人間のゲロの方が多いに違いない。
「見えてきたわ! あなたも無駄な抵抗はやめて観念することね!」
抵抗も何も苦しんでいるだけなんだがどうやらこのクソガキには苦悶の表情を浮かべ悶え苦しんでいる者が抵抗しているように見えてしまうらしい。こんなにも治安維持組織に向いていない人材はなかなかいないだろうが、なにか皮肉を言う気力もなく木材でできているであろう丸い縦長の建物にツタや木の根が巻き付いている魔道隊司令部が近づいてくるのをただ眺めるしかなかった。
「よし! 着いたわ!」
どうやらヘリポートのような所の上にホバリングしているようだ。ほうきに乗った少女はまだ浮かんでいるが私は荒々しく落とされてしまった。というか激突したという感じだ。ゆっくりと少女も降りてくる。
「さあ!ついてきなさい!」
「うっ、吐きそうだ…」
「絶対、吐くなよ!」
まるで犬のように引っ張られるが一様酔っ払いの振りは続けていた。中に入ると、魔女らしき人たちがせわしなく働いていたが、すれ違う度に少女に敬礼していた。軍曹と言っていたがどうやら本当らしい。メルヘンチックな雰囲気の廊下を進んでいくが、薬品だが薬草だかの匂いが充満していてその匂いに酔いそうだ。メルヘンな雰囲気だが魔女たちの顔つきや態度から厳格な雰囲気が漂っていたがやはり前世の世界で言うところの軍隊のようであった。なにやら広い空間に出たが待合室のような所で、他にも魔女ではない何かしでかして連れて来られた奴らだろう。みな騒々しく通信魔法を使っているのか何も無いところで喋ったり念じていたりした。
「ちょっとここで、待ってなさい!」
受付の人と何やら話しているが他の人たちの声にかき消されてよく聞こえなかった。いまのうちにマッチの側薬をちぎり取り、マッチ何本かと飲み込んだ。そして原型が分からない程くしゃくしゃにした。こうすれば側薬が無いことにも気づかれないだろう。何とはなしに周りを見ていると案内板のようなものがあるのが見えた。淵が無駄に装飾されて逆に見づらくなっていたがなんとか目を凝らし内容を確認すること事ができた。どうやらこの建物は7階建てで、下に行けば行くほど重要な場所になっていくらしく。4階からは構図が描かれていない代わりに箇条書きで何の部屋があるか書かれていた。なぜこんな複雑な構造にしたのだろうか、どうも後付けで増設していったようにしかみえないが。
「さあ、来るのよ!」
少女に連れられ、相変わらず犬のような仕打ちを受けるが酔っ払いの振りはやめていた。集中して建物の構造を覚えようとするが魔法の一種なのかただの装飾か分からない草や木の根が邪魔して覚えずらい。中に入り待合室まで25ⅿ、案内板が正しく縮尺が均一ならこの建物と部屋の大きさが分かるがあまり信用はできなさそうだった。簡単な荷物検査をさせられマッチは取り上げられてしまった。部屋の前まで来て中に蹴り入れられたがどうやら取調室のようだった。机があり対面になるように椅子が置かれ、奥の席には30歳位の長い髪の毛を一つに束ねた女性がいたがとびきりの美人で、その顔には微笑を浮かばせていた。
「アデちゃんお疲れ様。その人がポイ捨て犯? 酔っぱらってるようには見えないけど?」
「ええそうです! この人が水路に煙草をポイ捨てして挙句に私にクソガキだなんて言ったんです! 許せないでしょう!?」
「あなた名前は?」
「ベルゼだ。 これは不当な連行だ。私は酔ってなどないしポイ捨てした事実もない。」
もし嘘を見抜く魔法があるなら行使してくるはずだし、連行された時に映像か音声を記録できるものがあればそれを提示してくるはずだが、後者は無いと考えた方がいいだろう。国王の口ぶりから映像を記憶しておける物体や音声を記録できる物もこの国には無いか非常に希少かのどちらかだろうし、持っていたとしても存在を確認できた事になるので、ここは嘘をつくのがベストだろう。
「全っ然! 嘘ですからね! 本当にさっきまでベロベロに酔っぱらっていたんです! なんで今酔いがさめているか分からないですけど…」
「大丈夫よ、任せて。さてベルゼさん、今からいくつか質問しますがYESかNOかでお答えください。いいですね?」
「…いいだろう」
「私たちに敵意はありますか?」
「NO」
「なにか怪しいものを持っていますか?」
「NO」
「あなたは煙草を上流の水路にポイ捨てをしましたか?」
「NO」
「彼女に対し、クソガキ等の暴言を言いましたか?」
「NO」
「あなたは酔っていますか?」
「NO」
「酔ったふりをしたんですか?」
「YES」
「分かりました…YESかNOかではなくていいので、なぜ酔ったふりをしていたんですか?」
「全然酔えない体質でしてね、演技でもして楽しんでいたんですがどうもその行為自体に酔ってしまったようで。」
「なるほど、続けます。」
「あなたは犯罪行為をした事がありますか?」
「NO」
「人を殺した事はありますか?」
「NO」
「国王に対し忠誠を誓えますか?」
「YES」
「なるほど分かりました。アデライン軍曹、この者を6階の牢まで連行してください。」
「はい!」
「…なぜです? 私は無実だ!」
「問答無用です。」
そのまま部屋から連れ出されてしまう。分かった事はあの魔女は二択でしか迫れないという事と記録や音声を記録できる媒体を所持していないという事。気になるのは犯罪の大きさによって、心を読める魔女が出てきたり、なにかしらの魔道具による尋問が行われる可能性があるという事と前世の犯罪行為を読まれた可能性があるということ。ベルゼとしてはしてないと本気で思ったがそれを突破されたとなると少々厄介だ。マッチには反応していなかったが持っているではなく腹の中に有しているから当てはまらないと本気で思ったからか?
色々考えていたらどうやら牢まで来たらしい。鉄格子は見えないが結界のようなものが見える。しかし、入り口が見当たらない。他の囚人もいるようだがどいつもこいつもガラが悪く、話しが通じなさそうな奴ばかりだ。そんなことを考えていると突然腹に強い衝撃が走り前に倒れ、牢の中に入ってしまった。いつのまに結界が消えたんだろうか。
「あんたは三日はでれないからね! 素直に謝ればいいものをなんであんな嘘つくのかしら、聡明で誠実な私には理解できないわ、それじゃさよなら。」
そう言うと手を牢の前でかざした。その瞬間結界が復活し閉じ込められてしまった。三日か、どうしようか、脱獄もいいが国王からの依頼が無かった事にされてしまうだろう。今なら謝って、同情でも誘えばなんとかなるかもしれんが、脱獄はさすがにまずい。この様子だと殺人についてはごまかせたようだが、大人しくしようか、アモンに迎えに来てもらえるよう事前に伝えておく事もできたが、時間がほしかった。なんとか下まで行けないものか。あれをやるしかないのか。
「う、おえぇ、うぐぅ」
「ちょっとあなた何してるの! 吐いちゃった訳!?そこのトイレにしなさいよ!」
「ああ、すまない」
「ちょっとまって、掃除道具持ってくるから!」
彼女は掃除道具を持ってきて牢に入り掃除をし始めた。
「すまなかった。王都に来たばかりで興奮していて思ってもないような事を言ってしまったんだ。」
「謝るくらいなら嘘なんてつかないでよね」
「やはりばれてたのか」
「当たり前でしょ」
「軍曹だって言ってたね若いのに立派だ。18にもなってあんな事をした私とは大違いだ。それよりなんで君が掃除しているんだ? 部下にやらせるか私にさせればいいだろう?」
「あまり気安くしないでくれる? この牢には木の根とかがいっぱいあるでしょ? これは大事な木なの、あなたが何食べてるか分からないし精密な検査をして急いで掃除しないといけないから私がやってるの。」
「それは、すまない事をした。改めてお詫びさせてくれ。」
「詫びはいらないから三日間大人しくしててもらえる? 私はもう行くから詳しい事は看守に聞きなさい、分かったわね?」
「ああ、掃除してくれてありがとう。でもそんな大事ならなんで牢なんかにあるんだ?」
「勝手にこっちまで伸びてきちゃったんだからしょうがないでしょ! じゃあ私もう行くから。」
「ああ」
彼女が出て行った後さっき吐いたマッチを確認するとやはり湿ってしまっていた。この三日間でやるべき事はマッチを乾かす事だ。なんとか発火可能な状態までもっていきたい。この部屋には簡素なベッドとトイレしかないが、幸いな事にこの牢の窓のには大きめの窓が付いているので昼は放置していればいいが、夜は息でも吹きかけるしかないだろう。
寝床は簡素なベッドだったが、疲れていたので良く寝れた。が、看守の掛け声と共に目が覚め寝起きとしては最悪だった。その後は飯を渡され、部屋で食べたがあまり美味しくない。仕方ないが少し後悔し始めた。なにか強制的に仕事をやらされると思っていたがそんな様子はなく。自由時間がほとんどだった。夜になるとまたあの少女がやってきた。
「調子はどう?」
「悪くないね、飯を食べたのが一昨日だったんだ。安酒でごまかしていたが流石にきつかったよ、室内で寝たのも一昨日ぶりだ。」
「そう…なんだ、なんで王都に来たの?」
「転生者って知っているかい?」
「何それ? 知らないわ。」
「そうか、まあ色々あってね両親も死んでしまったし仕事を見つけないといけなくて。」
「そうだったの、」
「昼間は随分静かだったのに夜になると途端に騒がしくなるね。」
「そりゃあ魔女だもの夜が活動期間よ、朝勤している魔女のほうが少ないわ」
「なるほどね、君はなんで会いにきてくれたんだい? 別に必要ないだろう?」
「そんなの私の勝手でしょう、ただ他の囚人とは少し違うから気になっただけよ、それじゃ私も仕事にもどるから」
そう言うと彼女は去っていった。二日目の夜にも彼女はきた。
「なあ少しいいか?」
「なに?」
「この木大事って言っていたよな、なんでそんな大事なんだ?」
「マナを増やしたり、少しだけど治癒効果とかがあるのよ、だからみんなで守ってるの!」
「なるほどね、下の方が木の根が複雑に絡みあっていたけどやっぱり下の方に大事な物があるのか?」
一瞬、顔がこわばった感じがしたが直ぐに元の調子にもどった。
「そりゃそうでしょ! 一階には将官たちの部屋があるのよ、当然でしょ?」
「ふ~ん。まあそうだね。」
「さて明日いよいよ出所ね気分はどう?」
「う~ん、仕事探さなきゃなんないからな、今の方がいいかもしれないな、何より君に会えなくなるのも寂しいからね。」
「な、なに言ってるのよ! もう、今日はさっさと寝なさい。」
二日目の夜、いや、三日目の早朝か時刻は3時、朝勤と夜勤の入れ替わりの時間。今が最も人が少ない時間だろう。入れ替わるのを待って夜勤の魔女が居なくなるのを確認した。マッチを擦り、固まった油を温め溶かし食事についてきたナプキンに染み込ませる。窓によじ登り、外の木の根と空を確認する。空にも魔女は見当たらない、一旦降り、ナプキンに火をつけ窓に上り、狙いを定める。失敗はできない、ウィリアム・テルになったような気分だ。燃え広がらないのもまずい、角度的に私の犯行だとばれるだろう。だがこの国を手中に収めるにはこの軍隊の概要と中核をなす何かを探らなければならない。風向き、湿度ともに良好、11月の乾燥した空気は私に味方している。
炎を投げた瞬間、急にフランス革命だとかクーデターの教科書の挿絵が頭に浮かんできた。たった一人だがやっている事はたしかに似ている。だが私は紛うことなき悪意で動いている。善意だとか自分の行動が正義だとも思ってない。燃え広がっていく炎はこれから私が世界を手中に収める過程を表しているようだった。