第五話 カウンティングスターズ
「貴様! 姫様になんて態度だ!」
兵士のリーダーだろうか、一人だけ明らかに甲冑の作りが違う。派手ではないが洗練されたデザインで質の良いものであることは一目見て分かった。そのまま甲冑を鳴らしながら寄ってきて荒々しく胸ぐらを掴まれた。
「い、いや申し訳ない。私はさっき王都に来たどうしようもない田舎者でして、まさか姫様だとは、姫様のお顔も見たことが無かったし、綺麗なドレスに見とれて話しを聞いていなかったんだ。勘弁してくれないか?」
「服装やティアラを見れば貴様みたいなドブネズミにもどれだけ位の高い御人か分かるだろ!」
「いやぁ、宝石なんて見た事がなかったもんで、ダイヤもエメラルドもルビーも私にはまったく違いが分からなくてお恥ずかしい限りですよ。」
「このレッドロウ王国親衛隊隊長の私を馬鹿にしているのか!」
「そこまでよ!」
甲高く透き通るような慈愛に溢れている声が孤児院に響き渡る。
「姫様、しかし…」
「謝っているじゃない。許してあげて。」
そういうと隊長はしぶしぶ手を離した。ベルゼに睨みをきかせていかにも不服そうだがベルゼは特に気にも留めずにコートを払う仕草をしてみせた。
「ごめんなさいね、ルーク隊長も仕事だから…」
「いえいえ、元はといえば私の無知故の愚行。大変申し訳ございません。」
「いいんですよ。そういえば貴方の事を聞いていなかったわよね? よろしければ教えてくれるかしら!」
「実は私、転生者でしてね、アモンに連れて来られてここに来たんですよ。」
「え、転生者? 聞いたことがあるわ、こことは違う別の世界にいたの?」
「ええ、その通りです。」
「すごいわ! もしよろしければあなたのいた世界のお話聞かせて!」
「もちろんですよ姫様、私も光栄です。立ったままではなんですから、どこかに座れるところは…」
「こっちに食卓があるのでそっちに移動しましょう。」
割って入ってきたアモンに促されて全員で移動しようとしたがアモンが兵士達を引き留めた。
「申し訳御座いませんが彼のいた世界の話は極秘でして、姫様だけという事にしていただいてもよろしいですか?」
「…分かった。」
中庭の左にある部屋に入ると大きな机があった。普段はここで食事しているんだろう。手前に私が座り、対面に姫、その横にアモンという構図になった。
「おい、ベルゼ、さっきの態度はなんだ。肝を冷やしたよ、あの方は親衛隊隊長で最高位の騎士なんだぞ。」
「悪かったよ。許してくれ、疲れていて自分でも何言ってるか分からなかったんだ。あまり良く寝れてないからな。さて、私のいた世界の話しをしようか姫様。」
「お願いします!」
それからは車だったり飛行機だったり宇宙事業や各国の都市や人々の暮らしぶりなどの受けが良さそうな話しをしたが、姫はもちろんアモンまで目を輝させて聞き入っていた。
「そうしてアポロ11号は月面に降り立ったのだ! 今まで人間が空を眺め、手の届くはずなんてないと思っていた月にだ! 原始人が石や木で道具を作ってから200万年だ! 200万年の間月を見上げなかった者がどれだけいただろうか? 人類の飽くなき探究心と願いが人類の科学技術の粋を集めたアルミとチタンでできた塊を月まで押し上げたんだ! 」
ちょっと調子に乗ってしまったかもな。
「…………凄い、何と言ったらいいか分からない。私の世界とは何もかもが違う。そんな事があるだなんて、是非今のお話しお父様にも聞かせてあげたいわ。もしよかったら私と城まで来てくださらない?」
「願ってもないです。姫様。私でよろしければ是非伺わせてください。」
「じゃあきまりね! お父様に時間をつくってもらわないと、あなたはまだ王都にいるの?」
「ええ、私は何時でも大丈夫ですよ。」
何時間話していただろうか、腰を上げ席を離れると姫様は何やら式典の時間が迫っているらしく、慌ただしく帰っていった。見送りを済ました後、さっきの机に腰を掛けた。
「さっきの話、驚いたよ。詳しくは聞いていなかったからね。それより、凄いじゃないか国王と会えるだなんて。」
「ああ、王と知り合いになれるだけでも十分だが出来れば気に入られたい。それよりさっきの隊長、やけに聞き分けがよかったな。意外だ。」
「私も君と同じように王に会って自分のいた世界の話しをした事があるんだ。王はごく偶に現れる転生者の話しを聞いて国家運営の参考にしているようでね、話しの内容によっては知られてはまずい事もあるから引いてくれたんだろう。姫様もああ見えて賢いお方だ、むやみに人に話したりはしないだろう。」
「なるほどね、あんだけ姫と話したが私は姫の名前を知らないんだ。前に聞いたかもしれないが忘れてしまってね、教えてくれないか?」
「マーガレットだ、人は華々しいマーガレットと呼んでいる。」
「華々しいね、確かにその通りだろう。近くに宿かなんかあるか? 金も出してくれると助かるんだが。」
「孤児院に泊まっていくといい、金も要らない。少し家事の手伝いをしてくれるだけでいいから。」
「ありがとう、助かるよ。」
「城に行くことになったら気を付けろ。バーンスタイン城にはありとあらゆる魔法結界や水晶による監視、屈強な兵士に国随一の魔女たちがいる。魔法が使えない君は何もできないだろう、不審な動きをしたらすぐ捕らえられるだろうし、目の動きや少しの体の動きから不審に思われるかもしれない。余計な事を考えずに国王の信用を得ることだけに集中するんだ。」
「分かった。そういう事には慣れてる、安心しろ。」
「国王バナード・バーンスタインは稀代の賢王だ、懐柔し、心を開かせるには並大抵の事ではできないぞ。」
「慣れていると言っただろう? やってやるさ。」
「そうか、しつこいようだが気を付けろよ。」
アモンが話し終わった直後だった。ドアをノックする音が聞こえる。
「神父様~お腹すいた~」
「ああ、すみません。今開けますね。」
「長いんだよな話が、待ちくたびれたぜ。」
「すみませんね、それじゃあご飯にしましょうか。ベルゼ君、申し訳ないが玄関の方にある箱にじゃがいもが入っているのでひと箱もって来てくれませんか?」
アモンにそう言われて箱を取りに来たが、箱の陰に黒髪の少年がいるのが見えた。
「どうしたんだ? そんなところで。」
「え!? あ、ど、どうも。な、何でもないんです。」
「何でもない訳がないだろう? そんなとこで何をやっていたんだ?」
「ま、魔法の練習をしていて。」
「隠すような事じゃないだろう。」
「じ、実は僕、魔法が使えないんだ。練習したら使えるようになるかもって思って練習していたんだけどだめみたいなんだ。他のみんなは使えるのに………」
「そう泣くなよ、私も使えないし、不便だが、生きていけないって訳じゃないぜ。」
「おじちゃんも使えないの?」
「おじ? お兄さんだ、まだ18歳なんだがな。」
「なんの職業に就いてるの? 僕は騎士や魔法研究所に勤めたかったんだけど、魔法ができなきゃできないし。」
「無職だ。」
「え? む、無職? やっぱり僕も無職になるしかないのか………………」
馬鹿みたいに怯えている少年に呆れながらも慰めようと口を開く。
「私が無職なのはたまたまさ、私が来た村も魔法が使えない奴はいっぱいいたが農業や酪農に従事して充実した生活を送っているよ。」
「そんな職業じゃ馬鹿にされちゃうよ。」
「はぁ、いいか少年、役割が違うだけなんだ社会のな、騎士は命を掛けて戦ったり、人を守る。本当に立派だと思うが、体調を万全にして戦うためには栄養バランスのいい食事や睡眠が必要だろ? じゃあその料理は誰がつくるんだ? 食材はどう調達する? どんな職業も必要だから存在する。シンプルだろう? 必ず誰かの役に立っているんだ。だから君が何者だろうと決して特定の職業を馬鹿にしてはいけない。まだ子供だからいいかもしれんが大人なのにそんなことをやっている奴は軽蔑されて然るべきさ。なりたい職業に就けないのは残念だが職業に限らず、どんな事も前向きに誇りをもって行う事が大切なんだ、分かるかい?」
「分かるけど、僕は騎士になりたいんだよ、なれない事に変わりないじゃないか。」
相変わらず怯えているような態度だがその目は真っすぐ揺るぎない何かを感じた。
「そうか、ならできるだけ騎士に近い職業になるのはどうだ? 具体的には思いつかないが……」
「それなら鍛冶屋なんてどうかしら? 趣旨とは少し違うかもしれないけどいい仕事をすれば騎士の間で有名になれるし、西の大通りにある鍛冶屋さんが弟子がほしいって言ってたわよ!」
玄関に目を向けると驚いたことにマーガレット姫が微笑と共に現れた。親衛隊の隊長だけしかいないようだが 他の兵士はどうしたのだろうか、いやそれよりなぜここに?
「マーガレット姫………なぜここに? 式典があるのでは?」
「え!? ひ、ひ姫様! ご、ご機嫌う、麗しゅう、ご、ございます!」
「無理すんなよ、何言ってるか分からないぜ。」
「うふふ、ごめんなさいね。驚かせちゃって、実はお父様が今にでも会いたいって言うから式典を抜けて伝えに来たんです。」
「国王陛下が私に? 随分急ですね。」
「お父様は転生者の方とのお話できるのをなによりも楽しみにしているんです。滅多に無い機会ですから、大抵の事が無ければ予定を変更してでも時間をつくるんですよ。」
「分かりました。すぐに向かいましょう。ですがなぜ姫様直々に来てくださったのですか?」
「さっき通信魔法でお父様にお伝えしたらすぐ会いたいって馬車を遣わせてくれて、私じゃないと馬車が動かせないの。それにまだあなたのお話が聞きたくて。」
「そういう事でしたか。光栄です、私のいた世界の話しはまだまだありますから移動しながらするとしましょう。」
遅いのを疑問に思ったアモンが玄関まで様子を見に来たが、マーガレットに気づくとすぐに姿勢を正し、跪いた。
「姫様! 何の御用でしょうか?」
「お父様がベルゼさんに会いたがっているの! お城までご案内してもよろしいかしら?」
刹那、ベルゼとアモンは目配せしあう、1秒にも満たない時間だったが改めて覚悟と注意事項を確認するには十分な時間だった。
「もちろんです。」
「じゃあ、早速行きましょう!」
玄関からでると黄金の装飾が至る所に施され、派手だが気品を保っている馬車が止まっていた。馬はいないようだが、この様子だと馬車が馬も無しに一人でに動くのだろうか。
「さあ、乗って!」
馬車の中も外装と遜色ない豪華さで、椅子の座り心地も英国の高級車を彷彿とさせる気持ち良さだった。私の前にマーガレットが座り、その横に親衛隊の隊長が座っている。さっきから黙っているが、姫に叱られでもしたのか俯いて微動だにしない。
「よ~し出発!」
マーガレットがそう言うと馬車が動き出したが、
「お、おいまさか……」
馬車が少しななめになり、振動音がなくなる。風をきる音が聞こえてくる。そう、正に馬車は浮き始め、星々に向かって前進していた。アモンに担がれて飛んだ時とはまた違ったゆっくりとふわふわした感覚、こっちの方がずっと吐きそうだ。ここで吐いたらどうなるか想像するだけでも悪寒がしてくる、ただでさえ気持ち悪いのにだ。窓から出すのもいいが、下に人がいたら今日一番のアンラッキーだろう。全部が台無しになる前に星の数でも数えることにした。