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第四話 ステアウェイ・トゥ・ヘブン

 大通りを進んで脇道にそれると白い大きな建物が見えてきた。大理石だろうか、隅々まで掃除がいきとどき輝いていた。柱が何本か均一に並びアーチをつくり、近づいてみると細かい装飾まで施されていた。そして子供の奇声とまではいかないが、どうやら遊びに全身全霊を傾けているであろう声が聞こえてくる。保育所にしてはやけに生活感がある。子供の数も声から察するにそこまで多くないようだ。


 「孤児院か。」


 「その通りだ、私が運営していてね、皆いい子だから心配しなくていいよ。」


馬車を降りると馬たちは勝手に馬小屋の方に向かっていった。


 「さて、行こうか。」


 中に入ると箱やら雑貨がそこら中に置いてあったが、よく整頓されているようだった。中庭があるようで、10歳くらいだろうか、4人の子供たちがそこで遊んでいた。


 「神父様!」


 「何時もより早いんですね! どうしてこんなに早いんですか?」


 「村を回ってきたんだろ? 今度は俺たちも連れて行ってくれよな。」


アモンに気づいたのか三人組が走って寄ってきた。


 「ええ、少し予定変更しまして、連れて行くのはもう少し大きくなったらですね。それより今日は客人を連れてきました。自己紹介してください。」


 「こんにちは! 私はココ! かっこいいコートですね!」


 「私はリナ、よろしくお願いします。」


 「俺はマテオ! よろしくな! 何しに来たんだ?」


 「私はベルゼだ、よろしく。」


元気いっぱいの子供たちに圧倒されながら返答したが、何をしに来たかは私が教えて欲しいくらいだった。なんとなく辺りを見渡すと、残りの一人が柱の陰から頭だけを出してこちらの様子を伺っていた。シャイなんだろう。


 「ガブリエル、そんな所にいないで貴方も挨拶なさい。」


 「は、はい」


とぼとぼと怯えるように、黒髪で両目とも髪に隠れた少年が上着の端を握りながら歩いてきた。他人が怖いのだろうか、辛うじて垣間見える瞳には恐怖と懐疑を孕んでいるように思えた。


 「こ、こんにちは、ガブリエルです。」


 「よろしく。」


 「さて、私とベルゼ君は仕事があるので私の部屋にいますが…………入ってきちゃだめですよ。いいですね?」


 「はーい!」


 子供たちと別れ、中庭を抜けた先にあるアモンの部屋までやってきた。本だらけでカビとインクの匂いが漂っている。椅子や机も随分年季が入っているようだが良く手入れがいきとどいていた。


 「ここで何をするんだ?」


 「ここじゃなくてね、こっちだ。」


そう言うとアモンは本棚を横に引き、その奥から階段がでてきた。


 「随分古典的だな。」


 「こういうのが一周回って良かったりするんだよ。」


 「魔法でどうにかできないのか?」

 

 「魔法だと探知される恐れがあるからね、こういう風に物理の方がいいんだ……さて、降りようか。」


ある程度階段を進んだ後、アモンが本棚を力みながら横に引き、入り口を塞ぐ。随分適当だが本当に大丈夫なんだろうか。


 「子供たちはいいのか? 呼ばれたらまずいだろ。」


 「大丈夫だ、実は私がいない間子供たちの世話をしてくれるゴーレムがいてね、大抵の問題なら解決してくれるだろう。それに私の持っている鏡にはゴーレムの頭についている宝石に映る景色が見えるんだ。何かあったら急いで戻ればいい。」


階段を進んでいると大きな空間に出た。驚いたことに酒の匂いに淡い照明、まさにそこはバーだった。


 「な、なんだこれは……………………」


 「見ての通り、バーさ。」


 「酒を飲みにきたってのか?」


 「それもいいな、だが違う。いいカモフラージュだろ? 例えここの存在がばれても神父が孤児院の地下で酒を嗜んでいるのを隠していた………という様にできるからね。」


 「なるほどな、それでここで何をするんだ?」


 「話しを聞くだけさ、君の前世について……………………先ずは座ろうか。」


カウンター席に腰を掛ける。安酒の匂いが鼻につくがこういうのも悪くない。何も入っていないグラスを眺めていると物音がして顔を上げた。すると下から軽く70歳は超えているであろう厚化粧で腰の曲がった女性がぬるりとウナギが如く飛び出てきた。仰天して、椅子から転げ落ちそうになる。


 「なにがいい? といってもここにあるのはジンだけだけどね、なぜって? そりゃあ私がジンが好きだからさ! さあこの中から選ぶといい!」


 「な、なんだあんた!」


 「私かい? 私はキルケさ! 御年3000歳の魔女さ! ははははは!」


 「か、勘弁してくれ、何言ってんだ。せいぜい80歳ってとこだろう?」


 「紹介しようベルゼ、彼女は魔女のキルケ、私の仲間だよ。」


 「さあベルゼ、あんたとアモンの様子はムーギ村の教会から今のいまに至るまで視させてもらった。あんたが本当に私たちが待ち望んだ人か確かめさせてもらう!」


 「おい、待ってくれ。何を確かめさせるって? 私は何も聞いていないんだ。」


 「前世だよ、前世さ! あんた前世で何をしてきたんだ?」


自称3000歳の魔女の勢いにたじたじになるベルゼだったが、なんとか対抗しようと少し声を張る。


 「そんな態度で問い詰められたら言いたくなくなるだろ? 先ずは落ち着いてくれ。」


騒々しい空間を引き裂くように、アモンが思いつめた表情で重々しく口を開く。


 「支配と虐殺…………だろう? それか世紀の大英雄かどっちかのはずだ。」


場が静まり返る。さっきまで騒々しくしていたキルケもまるで石像のように下を向いたまま動かない。アモンは構わず続けた。


 「ベルゼ、君は前世でどんな形であれ多くの命を奪ったはずだ。善意か悪意からか、そこは関係ない。ただ君は多くの命を奪ったのか? そこが知りたいんだ。」


 「………………………なぜそんな事が分かるんだ? ばかばかしい限りだな。」


 「気が遠くなるほど昔の話だ。多くの国々を束ね、仲間と大軍勢を率いて魔物とそれを生み出す魔王を殲滅しようとした大英雄イアーレースという男がいた。彼は仲間に自分の秘密を話した、自分が転生してきた事、そしてある存在を倒すために自分のしてきた事を。彼は何度も転生していた、ある存在を倒すためだけに、彼が何をしてきたか分かるかい?」


 「命の数を減らしてきたんだろう? 命の数を減らせば他の世界の繋がっている命もいなくなるから、人口やそもそも生物が少ない世界は滅び、世界の数が減っていって、そいつと会える確率が上がるって事か。」


 「その通り、繋がっているとは言ったが正確に言うと、運命の様なものだな。繋がっているとはいえ、そのうちの誰かが死んだら急に何の前触れなく全員死ぬってわけじゃなく、老衰かもしれないし、事故死かもしれない、そういう運命にあるんだ。実感がないだろうがそういうものだと思ってくれ。」


 「それは分かるがその男と私のどこに関係あるんだ?」


 「イアーレースは君だ。」


 「なるほどね……………とはならんだろ! 私にそんな記憶は無いじゃないか!」


 「イアーレースはある存在に記憶を封じられたんだ。その解除法をイアーレースの仲間が長年の研究で発見し、私が実践していたんだ。世界を回り手当たり次第人々に試し………………君を見つけた。」


 「結局、ある存在ってのは何なんだ?」


 「分からない、彼は仲間にもある存在が何か話さなかった。」


 「話しは大体分かったよ、とても信じられんがね。で、結局私は何をすればいい?」


 「質問を質問で返すのは申し訳ないが、君は何をしたいんだ? 私の知る限り君は記憶があろうとなかろうと向かう方向はひとつだけさ。」


 「私は元の世界に戻るよ、やり残した事があるんだ。元の世界に戻る確率は上げられるだろ?」


 「君の居た世界に人間は何人いた?」


 「約70億人だな。私が大分減らしたから少なくなったがこの18年で増えているだろうし大丈夫だ。」


 「多いな、ここよりもずっと。他の世界と比べても多いほうだろう………………できるだろうな。」


 「やればいいんだろう? また元の世界でやっていた事をやるだけさ、支配と殺戮、ただそれだけ。」


 「……………ああそうだ。」


 「何であんたはそんなに協力的なんだ? 私がこれから何をするか分かっているんだろう? あんたもそこのばあさんもあの子供たちもただでは済まないかもしれない。私が知り合いだとか子供だからだとかで同情する様な奴だと思うか? 私が何人………間接的にだが死に導いたか分かるか?」


 「覚悟はできてる。もう後戻りはできない。」


 「そうか、まあ私には関係のないことだ。ところでばあさんから振ってきた癖になにだんまりしているんだ?」


 「若いもんにはわからねぇよ。」


 「まぁいいがね。さて、これからアモンはどうするんだ? 私は私のやりたいようにやるが。」


 「ここまで連れてきて悪いが私はもう同行できない。やることがあるんだ。もし何かあったら私の友人に頼るといい、協力するか敵対するか分からないが、協力してくれるかも知れないというだけで十分だろう?」


そう言うとアモンは紙を取り出し指を紙に押し当てた。するとまるでたばこのように煙がでてきて、紙に何やら焼き印のようなものができていた。


 「それで、私からの紹介だと証明できるだろう、まあ、君が今聞いたことを話せば大丈夫だと思うが保険のようなものだと思ってくれ。」


 「ああ、分かった。」


 「それでは解散しよう。そこの棚が見えるかな? そこを引くと階段が出てきて本当の酒場に出るんだ。孤児院の裏の通りにある酒場なんだが、今の時間は誰も居ないから問題はないだろう。」


 「分かった。また何時か会おう。」


 「ああ、元気で、」


 棚に向かって歩き出した直後の事だった。アモンのふところが光輝いている。アモンは不思議がりながら鏡を取り出して、鏡を見た直後焦りながらさっき来た階段を上ろうとするが、急に振り向いてきた。


 「ベルゼ君、君も来てくれ! 大きなチャンスかもしれない!」


アモンに引っ張られるように急いで階段を上り、本棚を引いて部屋を出る。入り口に向かうと甲冑をきた兵士が10人はいるだろうか、甲冑の装飾と溢れ出る品格から位の高い兵士である事は分かったが、なにより中央にいる子供たちと親し気にしている少女、溢れんばかりの宝石がちりばめられた透き通るような淡いピンク色のドレス、なにより頭の上では真ん中にダイヤであろう宝石が埋め込まれた派手だが洗練されているティアラが絢爛に輝いていた。刹那、目を奪われているとアモンが跪き、頭を下げた。


 「姫様! お越し頂きありがとうございます! 申し訳ございません。自室にいたものですから気づくことができずに……………」


 「いいのよアモン、顔を上げて。私も急にみんなの顔が見たくなってね、みんな元気そうで良かったわ。アモンもね。」


 「幸甚に存じます。度重なるご支援にこうしてお越し頂いて何と言ったらいいか…………………」


 「いいのよ、そんなかしこまらなくても。みんな困惑しちゃうでしょ? それより……………あなたは? 初めましてかしら?」


「ベルゼだよろしく。」


我ながら愚かだと思うが、急だったのと前の世界では私より目上の人間はいなかったので特に考えずに返答してしまった。となりにいるアモンから緊張か怒りか呆れか分からないがとりあえず今にでも胸ぐらを掴んでやりたいという欲求がひしひしと伝わってくる。姫様もどうやら困惑で硬直しているようだ。幸先が悪いな。まあ自業自得なんだが。

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