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第三話 パラダイスシティ

 神父に担がれ飛び立ち、寒い冬の空を星々と共に飛行する。下に目を向けると自分の2倍はあったであろう岩がまるで米粒ほどの大きさにしか見えない。合計63年の歳月の中でもこんな事は初めてだ。不安がないと言えば嘘になるが、それ以上にこの景色と魔法の神秘に感動していた。目に映る景色が瞬く間に移り変わっていく事と、風を切る音から結構なスピードが出ていることが分かる。本来なら景色などに見入っている余裕がない程寒いはずだが、形見のコートがそれを凌いでいてくれた。


 「馬車はいいのか?」


風の音にかき消されまいと、できるだけ大きく腹から声を出した。


 「問題ない、私の馬は賢くてね、私の位置が何となく分かるんだ。王都までの道は馴染みがあるから大丈夫だろう。」


 「じゃあなんで馬車で王都に向かおうとしていたんだ? 今みたいに飛んでいけばいいだろう? 昼間のほうが暖かいだろうし、そっちの方がいいんじゃないのか?」


 「実は今やっている魔法、風の力を使っているんだがマナの消費が激しくてね、もう限界なんだ、というわけで今から下に降りるからしっかり掴まっておいてくれ。」


 「お、おい!」


高度がどんどん下がっていく、ほぼ落ちていると言っていい速度だ、地面が近づいてくる。こんな勢いで衝突したら間違いなく即死だ。目を瞑り、覚悟したが衝突する瞬間、神父の体がふわっと上昇し、まるで赤子をゆりかごに戻すようにゆっくりと地面に着地した。


 「……さすがに焦ったな。こうなるなら先に言っといてくれよ、浮足立つとは正にこの事だろうな。」


冷や汗をかきながら若干冗談まじりに強がったが、顔は引きつり、血の気が引いていた。二度とこんな事は御免だという気持ちが全開だったが、神父は軽く笑いながら軽薄な謝罪をした。



 「すまないね、忘れていたんだ。いや、本当に申し訳ない。まだ王都までは距離があるからとりあえず馬車が来るまでここで休むとしようか」


 「こんな所でか? 凍えそうな寒さだが、魔法でどうにかできるのか?」


 「ああ、任せてくれ。そこらへんから木の枝とか燃えそうな物を持ってきてくれないか?」


そう言うと神父は手のひらから炎の塊なようなものを出し、地面にこぼすかのように置いた。急いで燃えそうな物を探そうとして辺りを見渡すがなかなか集まらない。前にもこんな事があったような気がする、こどもの頃、アルフレッドと一緒にキャンプしていた時のことだ。アルフレッドに頼まれて探したが見つからなかった事を思い出した。悪い思い出じゃない、今思えば、45年間人並の幸せ何てものは無く、信頼できる仲間などはいなかった。唯一のこどもの頃の良い思い出といえば車のおもちゃを買って貰った事ぐらいだ。


 「後戻りはできないな。」


なんとか木の枝を集め、炎にくべた。ため息をつきながら近くの岩に腰掛ける。


 「恨んでいるかね? 私の事を。」


 「今更何を言っているんだ。俺はもうアルフレッドやばあちゃんが知るベルゼじゃない。私は私だ。今のはちょっとしたノスタルジーに浸ってみたかっただけさ。」


 「なるほどね、君の事はなんて呼べばいい? 前世での名前を教えてくれないか?」


 「今まで通り、ベルゼでいい。教えても馴染みがないだろうからな。私の前世には興味ないのか?」


 「じゃあこれからもベルゼと呼ばせてもらおうとしよう。君の前世についてはまだ聞くわけにはいかないな。だが、君の居た世界では魔法が無かったようだね。まあ私の前いた世界でも魔法と呼べるものはなかったがね。」


 「ああ、私が魔法を使えないのは転生者であることが原因なのか? それともたまたまか? 後天的に魔法を使えるようにはできないのか?」


 「それは、たまたまだと思う。大体だが全体の4割が魔法を使えないようだ。遺伝的要因もあるようだがね。後天的に使えるようになるのも厳しいだろう、今まで前例が無いんだ。」


 「それは残念だな……………………そういえばあんたの名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」


 「私はアモン、よろしく。」


 「よろしくなアモン。」


二人が話していると遠くから蹄の音が聞こえてきた。どうやら馬車が追いついたらしい。


 「来たようだね、馬車には毛布があるから今日はそこで寝るといい。明日の朝には出発しようか、昼までには着くだろう。」


馬車に乗り込み、毛布を広げて倒れるように眠りにつく。色々あって疲れていたのか瞳を閉じてすぐに深い眠りについてしまった。

 その夜、夢をみた。きれいな緑色で、二人乗りのオープンカー。美しい海岸線を風をきりながら走る。思い出した、死ぬ数週間前に車を買って整備していたんだ。時間を見つけながら少しずつ直していたが、乗る前に死んでしまったので、それが唯一の心残りだった。だから夢に出てきたのか? 私にも意外と世俗的なところがあるんだな。

 「ガタッ」という音と下から突き上げるような振動で目が覚める。馬車は既に動いているようだった。カーテンから顔を出し、馬車を動かしているであろうアモンに声を掛ける。


 「もう馬車を動かしているのか?」


 「ああ、すまない、起こしてしまったかな。時間が押してしまっていてね、良く寝ているものだったから起こすのも悪いと思ったんだが……………無理もないさ、色々あって疲れていただろうからね。」


 「いや、いいんだ。いつ頃着きそうなんだ?」」


 「もう着くよ。丘から王都全体が見えるんだ。…………………ほらっ、段々見えてきた。」


  その景色に驚いて声も出なかった。ニューデリーやローマ、東京にニューヨーク、数々の国や都市を見てきたが、これほどまでに活気と熱に溢れている街があっただろうか。中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みにかつてのイスタンブールでもかなわないような熱狂と繁栄を感じた。まだこんなにも離れているというのに熱すら感じる。王都から出ていく貨物や人々、入っていく貨物や人々、巨大な工場の様にも思えてきた。


 「凄まじいな。」


 「全くだ、私もここに来る度に見入ってしまう。」


 「随分混んでいる様だが入れるのか? 王都全体が壁に囲まれているようだし、出入口の数も多いようには見えないが。」


 「大丈夫だ、裏口の様なものがあってね、私ならそこから通してもらえるんだ。」


 「要人専用入口ってとこか?」


 「そういうことだ。」


 馬車で進み門の前に行くと、他の門とは違い人気がなく門自体も小さかったが、警備兵の数は倍近く配備されていて休憩所の様なものまであった。警備兵はこちらに気づくと馬車を止めるように合図した。


 「これはアモン様、お帰りなさいませ。恐縮ながらお荷物を検査させて頂いてもよろしいでしょうか。」


 「勿論ですよ。」


 「おい、私はどうすればいい?」


できるだけ小声で囁いた。


 「堂々としていれば大丈夫だ。」


 「どうかされましたか?」


 「いや、同乗者がいてね。私の仕事の手伝いをしてもらおうと思って連れて来たんだ。」


 「なるほど、分かりました。お会いしても?」


 「もちろんです。」


兵士が馬車後方のカーテンを開け、ベルゼと目が合う。


 「どうも、おはよう。」


寝ぼけていたのか、とてもおはようという時間ではなかったが、兵士は気にする様子もなく一礼して、口を開いた。


 「おはようございます。私はレイ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 「私はベルゼだ、よろしく。アモン様に仕えるために来たんだが、長旅の疲れでこうして休ませてもらっている。」


 「承知いたしました。恐れ入りますが、お荷物を拝見してもよろしいでしょうか?」


 「大丈夫だ、といっても何も持っていないがね。」


兵士は一通り荷物を調べた後、問題無かったのか門を開け始めた。


 「お時間を頂きありがとうございました。気を付けてお進みください。」


 アモンは軽く会釈した後、馬車を動かした。門を抜けると広場の様なところに出たようで、他にもちらほら同じ門をくぐったであろう人や馬車があった。大半は右に進んでいき、左には行かなかったがどうやら私たちの行くところは左の方にあるらしい。右は雰囲気から察するに貴族の家や城につながるんだろう。道なりに進んでいきそのまま大通りに出る。丘から見た時でさえあの活気だったのだから中に入った時の熱気は凄まじいだろうと予想していたが、想像以上だった。ある人は踊り、ある人は熱心に仕事に打ち込んでいた。まるで街全体が大きなうねり動く生物のようだった。


「美しい」


噓偽りなく、本当にそう感じた。

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