第二話 スカイハイ
「君は一体誰なんだ」
神父からの問いかけに対して上手く答えられずにいると、アルフレッドが割って入ってくる。
「神父様、ベルゼは大丈夫なのかよ? さっきまで死んじまいそうな様子だったぜ。」
「大丈夫ですよ、だんだん落ち着いてくるでしょう。私はこの症状に心当たりがありますから。」
「それって転生者がどうって言っていたやつですか?」
上手く喋れない中、アルフレッドが自分の気持ちを代弁してくれたことに少し心が落ち着いたような気がした。質問に対し神父が平静を装いながらもどこか情熱を隠し切れないような口調で答え始めた。
「その通り。だがここでは詳しい話ができない、あまり他人に聞かれたくない話でもあるので。もしよろしかったらベルゼ君、私と一緒に王都までいってくれないか? そこでなら詳しい話ができる。君は物凄い可能性を秘めているかもしれない!」
後半はほとんど興奮していて早口だったのでまだ混乱しているベルゼにはよく聞き取れなかったが、王都に一緒に行って欲しいという事だけは辛うじて分かった。苦しんでいる孫に捲し立てるとも取れる話をする神父に対して少しの憤りを感じたのか、今までずっと黙ってベルゼの手を握っていただけの祖母が口を開いた。
「神父様待ってください、話がみえてきません。私には何が何だか分かりませんがこの子はたった一人の私の家族なんです。神父様にはとても大事なことかもしれませんがもう少し後じゃなきゃいけませんか? ベルゼも混乱して辛そうです。一刻も早く回復してあげたいんです。」
そう懇願する祖母見て神父は、少し俯き…………
「申し訳ない、少々取り乱してしまった。私は席を外します。落ち着いたら教会に来るように言ってください。できれば一人で。」
神父が家を出ていった後、しばらくは二人で黙って介抱していたが、1時間は経った頃だろうか、ベルゼがゆっくりと上半身を起こした。
「もう大丈夫だ。」
大丈夫というような顔色ではないが落ち着いた口調と、体を起こした事もあり、二人はほっと胸をなでおろす。少しの間をおいてアルフレッドが少し口元を緩ませながら今までの不安感を吐き出すように口を開いた。
「心配したんだぞ。でも、良かった」
「ああ、落ち着いたようだ。神父のところに行ってくるよ。」
一人で行くと言った時、二人は心配そうだったが引き留めはしなかった。祖母が冷えるいけないとコートを持ってきたが亡き父の物だったので少し大きい。日は沈み、もう外は暗かった。結構な時間気絶していたようだ。昼間とは打って変わり肌寒かった。首もとのコートの隙間から入ってくる11月の冷たい風を防ぐため顎を首元にうずめる。
教会に入ると、最前列の席、左から2番目の席に黒い背中が見える。何をするでもなく手を組んで俯いていた。祈っている様子ではなかったが何か深く考え込んでいるようだった。
「どうかしたのか?」
「ん? あぁ……すまない。気が付かなかった。体調は大丈夫かな?」
「問題ない、私の身に起こったことについて聞きに来た」
「分かった、今伝えられることだけを伝えるが、もう一度、しつこいようだが私の質問に答えられるか?」
「君は一体誰か、だろ? 私は死んだはずなんだ。歳は45歳、この世界の生まれではない。転生者とは一体何なんだ?」
「信じられないかもしれないが聞いてくれ、世界は複数ある。正確な数は私にもわからないが、途方もない世界があることはたしかだ。」
とても信じられる話しではないが、自分の身に起きた事を考えたら今のところは聞き入るしかなかった。
「数多ある世界の命は繋がっているんだ。別世界の誰かと。どこの誰か、何人か、分からないが死んでしまったら繋がっている者全員が同時に死ぬ。そうしてまた別の命として生まれ変わる。それが理。だがごく稀に、繋がっていないはぐれものがいる、それが転生者だ。繋がっていないからまた別の世界に生まれ変わる時、記憶や人格を引き継ぐんだ。何度もね。」
「そんな話信じられると思うのか? 第一、そんなこと何故あんたが知っている? 確証が得られないだろうそんなこと。」
「実は私も転生者なんだ。前世、そのまた前世の記憶もある。何人か他の転生者と会っていく上でそのような結論に至った。」
「なん………だと………証拠はあるのか?」
「無いが、君の記憶と人格の変貌が何よりの証拠じゃないのか?」
倒れた直後は今までの人格が塗りつぶされていくような感覚だったが、今となってはベルゼとしての人格はほぼ無かった。
「私は私だ。確かに否定できないが、まだ疑問がある。なぜ私は君に魔法を掛けられるまで記憶も人格もベルゼという青年だったのか? ベルゼは村に住むただの青年だ、とくに変わった所は無かった。君の説明によれば赤ん坊の頃から記憶も人格もそのままなんだろう?」
「それについてはまだ教えられない、ただ君は特別なんだ。私たちの待ち望んだ人かもしれない。」
興奮気味に話す神父に対し、二人で話しているというに若干の疎外感を感じた。
「何故教えられないんだ?」
「それも教えられない。それを教える為にも私と王都まで来て欲しい。」
少し間を空け、重々しく諦めたかのようにベルゼは口を開いた。
「分かった、いいだろう。」
「明日には出発しよう。私の乗ってきた馬車があるからそれに乗って王都まで行こうか、7時に村の入り口で待っている。それまでに家族や友人に別れを済ませてくれ、何時帰れるか分からないからね。」
「それでいいだろう。」
教会の扉を開け、帰ろうとすると、すぐ左に重々しい表情で空を見上げながら、壁にもたれかかるアルフレッドが居た。二人は目を合わせ、数秒の間を開けてベルゼが口を開いた。
「聞いていたのか。」
「ベルゼ、お前あんな話しを信じるのかよ! 何だよ記憶とか人格とか! 意味が分からねぇ! あの神父に何かされたんだきっと! お前はベルゼだ! 3歳の頃から一緒だったじゃねえか、いきなりなんだよ、お前はベルゼじゃないのか!?」
「私はもうお前の言うベルゼではない。人格も変わっている。まるで塗りつぶされたように。俺はお前の知る人間じゃない。」
「何だよそれ! そんなものがまかり通ってたまるか! 15年も一緒にいたことがお前の中では無かった事になったとでも言うのか!?」
「記憶はある、だが私はベルゼじゃない。それだけだ。」
「ふざけるな! お前は行かせねぇ、あの神父にお前を元に戻してもらう!」
アルフレッドが叫んだ直後、教会の扉が開いた。騒ぎを聞いて来たのか、無表情の神父が柱のように立っていた。
「神父! ベルゼを元に戻せ!」
「アルフレッド君には悪いが私としてもここは引くことができない。ベルゼ君、今すぐに出発をするがいいかね?」
「いいだろう」
そうベルゼが答えると神父の体が光り始め、突風が嵐の如く吹き荒れはじめた。
「おいなんだこれは! 逃げようってのか! 待て!」
神父がベルゼの服を掴みそのまま肩に乗せると、風が神父に集まりはじめた。アルフレッドが神父に近づこうとするが、風に押されて近づけない。
「お、おい!」
「アルフレッド、ばあちゃんに事情を伝えておいてくれ。それと、すまないと。」
「ふざけるな! 待て!」
アルフレッドの叫びも虚しく、神父とベルゼは馬車の方向に飛んで行ってしまった。
「ま、待ってくれ! どうしてこんなことに………ベルゼはどこに行っちまったんだ…………俺の友達を返してくれ…………」
アルフレッドは膝をつき空を仰いだ。叫び過ぎで喉がかすれてしまったのか、叫ぼうにも上手く声が出ない。目の前がよどんで、崩れていく。なぜこんな事になってしまったのか。今までの日常が突風にえぐられた教会の壁のようにあっけなく消え去ってしまった。