第一話 ライジングサン
レッドロウ王国の東にある小さなムーギ村では収穫祭が行われていた。村の大人たちは準備や、はしゃぐ子供たちの世話に追われていたが、村全体を覆う暖かい陽ざしと陽気な音楽に大人たちもどこが浮ついているようだった。
「ベルゼ」
柔らかい聞きなれた声にわざとらしく振り返る。
「何だい、ばあちゃん」
低いが、温かみのある声で答えた。
ベルゼは今年で18歳になる。とても18歳には見えないほど大人びていたが端正な顔立ちをしているし、身長も平均よりも上で、運動神経もよかったが、性格が暗く、黒髪と瞳が黒色のせいでより一層暗さを際立たせていた。
「今日は神父様がいらっしゃるのよ、祝福を受けるまで時間があるんだから身だしなみぐらい整えていきなさい。」
「分かってるよ、ばあちゃん。アルフレッドのとこに行ってくるからご飯はまだいいから」
ドアを開けると黄金色の陽ざしと共に風が頬をかすめて通り抜けていく。ほとんどが木とレンガでできたこの家は瞬く間に窓からの陽ざしと隙間からの陽ざし、そして玄関からの陽ざしで、黄金色に包まれた。何の変哲もない日常だか、嫌いではなかった。こんな日常がこれからも続いていく。物足りなさはあるがそれでよかった。そう思っていた。
ベルゼは家を出て村の中央にある素朴な噴水を横目に向かいにある友達の家に向かった。ドアの前で立ち止まり「コンコン」と2回ノック、魔法が使えればわざわざ会わなくても連絡がとれるのにめんどくさいと思いながらも変わらない現実と劣等感からため息を漏らす。
「ため息なんかしてどうかしたのか? 元気だせよな、せっかくの祭りだぜ? そんなんだから暗いだなんて言われるんだよ」
横の窓からひょっこりと顔を出し、煽りまじりの笑顔でそう問いかけるアルフレッド、聞かれていた恥ずかしさをごまかすように大きな声で………
「別になんでもねえよ、他の奴らより先に行って神父に魔法のコツを教えてもらうんだろう? 向かいに来たけどそれって祝福の後でもいいんじゃないのか? 俺に隠し事してるんじゃないだろうな?」
訝しげに問い詰める。
「ちげぇよ、神父様はほかの村も回るんだろう? 時間を取らせちゃいけないだろ。先に行ってコツを聞く時間があるか探るんだよ、もし、ダメそうだったらその時は諦めるさ、それじゃ………さっさと行こうぜ。」
アルフレッドは小柄で華奢な体つきだか、とても明るく、冗談を言うたびに笑顔になる。髪はきれいなブロンド色で、瞳もきれいな青色をしていてまるでベルゼとは真逆の人物だったが、なぜか気が合い3歳の頃からの友達である。
二人は村の北の丘の上にある教会まで向かった。神父こそ常駐していないが村の人たちの手入れのおかげでずいぶん古い建物だというのにその荘厳さは建てられた当時の人々の価値観や熱意を感じるほどに輝いていた。扉を開けて中に入っていく二人、神父はすでに到着していたようで、本を読んでいるようだった。
「おや、君たちは?」
二人が口を開ける前に神父が尋ねた。
「俺の名前はアルフレッド、こいつはベルゼ。今日祝福受ける予定なんですけどその前に神父様に魔法のコツを教えてほしくて、時間があるならでいいんですけど」
アルフレッドは緊張しながらもはっきりとした口調で言った
「いい心がけですね、ご両親には教えてもらえないんですか?」
「父さんも母さんも魔法が使えないんだ。周りの大人もみんな使えないし、使える人はみんな出稼ぎに行っちゃったよ。」
「なるほど、隣のあなたはお兄さんですか? あなたもおなじ理由で?」
「俺はこいつの友達で、まだ18歳です。俺は魔法が使えなくてこいつの付き添いできただけです。」
となりでアルフレッドが笑いをこらえていたがいつもの事なので特には気にしなっかった。
「それは失礼した。てっきり勘違いをしてしまった、随分大人びている感じだったものですから。」
「別にいいですよ、いつもの事なので。」
「教会で神父である私が許されるとは、面目がないですね。」
神父は頭を掻く仕草をしながら照れくさそうに言った。
「それで俺に魔法のコツ教えてくれるんですか?」
「もちろんいいですよ、でもその前に君たちに祝福を授けます」
そう言うと神父はアルフレッドの頭上で手をかざした。少し溜めるようにゆっくりと何か唱え始める。
「輪廻のはぐれもの達よ、その心、ここに開け」
そう神父が言った後、神父の手のひらが少し光り、すぐに消えた。
「なんか変わったのか?」
「はい終わりですよ、少し調子が良くなって魔法を使うときに必要なマナが少なくなったりします。」
「それだけですか?」
「はい」
「なんかぱっとしないですね」
「これでも結構すごい技を使ってるんですよ、まあ、おまじないみたいなものですね。」
「それ神父様が言っちゃっていいの?」
「ダメですね、ということで今の発言は秘密で。さて、次はあなたです、ベルゼ君。」
さっきと同じように神父はベルゼの頭上に手のひらをかざす。
「輪廻のはぐれもの達よ、その心、ここに開け」
神父がそう唱えた途端、ベルゼは激しい頭痛に襲われ、そののまま地面に倒れ込んでしまった。
「おいどうしたベルゼ! しっかりしろ!」
「あぅあ………ぐぅ………うっ…………」
呻き声をあげながら頭を抱える、動悸がする、吐き気もしてくる。だんだんアルフレッドの声が遠のいていって………………
「俺はどうしてしまったんだ。」
目の前が暗くなっていく。記憶? この記憶は一体………………………
ここは? 頭が痛い、この記憶は一体、俺は………俺は一体誰だ……俺はベルゼ………なのか? いや私はあの時死んだはず、両親が死んでからばあちゃんと一緒に暮らしてきた。だがこれは一体………吐きそうだ。ここはムーギ村? ミュンヘンではなく? ん? ミュンヘンってなんだ? 私は今年で45のはずだ。1年前にはモスクワにいたはず。なにが起きているんだ? 毒でももられたのか? いや私は………いや、俺はどうしてしまっというのか。
しばらくしてだんだん意識がはっきりしてきた。ばあちゃんが心配そうにみつめている。アルフレッドが焦り、何かを言っている。
「おい大丈夫かベルゼ!? お前どうしちまったんだよ!」
アルフレッドは何か魔法をつかっているようだ………………魔法には詳しくないので何をやってるか具体的にはわからないが、手当をしているようだった。
「わ、私は………」
何とか喋ろうとするが、激しい動悸と戸惑いでうまく喋れない。
「ベルゼ君………君、自分が誰か分かるかい?」
神父は異様なほど冷静な口調でベルゼに問いかけた。目の前でここまで人が苦しんでいるというのに、あまりに感情の起伏がなさすぎる。恐怖すら感じる冷たい目をしている。少し間を空いてベルゼが絞り出すように口を開いたが……………
「私は、何か記憶? がおかしいのか………これは一体…………私にも分からない。ミュンヘンにいたはずだ。それよりも……………私はあの時死んだはず。」
「死んだはず」そう言った途端、神父の目の色と取り巻く雰囲気が変わったのをその場にいた全員が感じ取った。
「ベルゼ君、聞いてくれ。もしかしたら君は転生者かもしれない。何を言っているかわからないと思うが、落ち着いてもう一度私の質問に答えてくれ」
「君は一体誰なんだ」
何を言っている、何が何だかわからない、私はどうしてしまったというんだ。