最終話 彼と彼女が、いつか出会った子供たち
機械帝国首都ドラゲイン。海に浮かぶその王城の右翼にある塔の上にて今、一機の飛翔機械が起動を開始する。
ヒュイィィィィーンと機械音を響かせて、その機体は風を起こす事もなく、ふわりと浮き上がった。同時に周囲から歓声と拍手が沸き起こる。
その機体の姿はまるで白鳥を思わせる美しい姿をしていた。翼は飛行力学に叶った形状ながらどこか鳥の羽根を思わせる美しさがあり、ボディは美しい女性のようなグラマラスな曲線を描いている。
ラフォン社の最新鋭飛翔機械『ミーツ』。そのお疲労目となる長距離飛行のデモンストレーションが、これから始まるのだ。
「飛行姿勢安定、魔力コントロールよし、各部強度センサー、オールグリーン!」
パイロットの青年、ギャラン・マグガイアがコックピットから周囲にいるメカニックやお偉いさん方に、右手の親指を立ててそう告げる。技術主任のハル・イグイが同じポーズで「グッドラック」と返し、振り向いて大将軍や大臣や社長にOKのサインを出す。
ドン、ドン、ドンッ! と祝砲が打ち鳴らされ、王城の正門前に陣取ったエギア皇帝陛下が、晴れやかな顔で訓示を述べる。
『世界を繋ぐ飛翔機械ミーツ、その成功を心より願うものである。では……』
『行ってらっしゃいッ!』
「「いってらっしゃーーーいっ!!」」
皇帝陛下に続いてナギア皇太子夫妻やその子息が、アトン大将軍やガガラ少将が、大臣や技術者たち、パイロットの父親のジャッコ・マグガイアが。そして首都に詰めた国民たちが一斉にそう発した。
「行ってきます!」
ギャランが敬礼した後、その機体はシュパッ! と言う音と共に、弾き出されるように加速して空に舞い上がり、たちまちのうちに雲の中へと消えて行った。
後には見送る全ての者達の歓声と、感嘆のため息が残るばかりであった――
長きに渡る確執を続けていた機械帝国と魔法王国が、突然の休戦協定を結んではや十年。今や戦争の気配などどこにもなく、両国は友好国としての融和を急速に進めていた。
それは両国の男女の人口比を考えれば当然の事だった。ひとたび融和の扉が開けば、帝国の男は女性を求めて王国へ、王国の女は男性を求めて帝国へと積極的に赴いたのだから。
こうして多くのカップルが誕生し、各所で幸せな結婚や新たな命が、正しい形で次々と生まれていた。
ベビーラッシュは世界を活性化させ、多くの産業や交易が止まっていた進歩を大きく進めてることになる。
とはいっても両国の方針が失われたわけではない。自然との融和を旨とする魔法王国は農業や林業を中心にしながらも、どこかゆったりとしたスローライフを営む国として、田舎的な心の豊かさを満たす色合いを強めている。
反面機械帝国はこれまで以上に科学力を発展させて来ていた。その大きな力となったのが、魔力の発生源と言われたエリア810にある溶岩石の発見であった。
これまでも魔力が彼の地の溶岩から発生しているとの説はあったが、実はそれが大当たりであったようで、この石を使えば魔力を科学で制御して使う事が出来るようになったのだ。
その発見もあって、帝国は魔法と科学を発展させるための国として、多くの野心家や研究者が集う都会的なイメージの強い場所になりつつあった。
その象徴とも言えるのが、この飛翔機械『ミーツ』だ。『出会い』という意味の名を持つこの機械は、空気中に漂う魔力を機体の前から後ろに送り込む事で推進力を得ている為に排気ガスや騒音などはほぼ皆無で、なおかつ機械やボディのトラブルが無い限りはほぼ無限に飛行し続けることが出来る。
つまり、機械帝国から魔法王国まで、山河を超えてノンストップで飛ぶ事も可能なのだ。
「さてさて、このフライトでどんな出会いがありますかねぇ」
僕、ギャランは操縦桿を握りながら、機械帝国の町並みから地平線に目を移してそうこぼした。今回目指すのは両国の中間地点、エリア810にある都市スティーナだ。
もうすっと昔、ギャランは幼い時にとある帝国の兵士と出会った。ステア・リードと名乗るその青年は、後に帝国と王国の融和に大きな貢献をした人物として、彼の奥さんと共に称えられる存在となっていた。
でも、一番の驚きは、その時のステアにーちゃんが実は後の奥さんである魔女と、心と体を入れ替えた存在であったという事だ。
つまり、見た目はおにーちゃんでも、中身はおねーちゃんであったという事なのだ。
「どうりでねぇ、変な喋り方すると思ったけど」
僕、ギャランは当時を思い出してクスクスと笑う。彼が来てからずいぶんドタバタがあったけど、まさかその原因があの当時の帝国に魔女が紛れ込んでたからなんて……何とも愉快な騒動だったんだ。
そして今日、僕はその810のスティーナへと向かっている。実はステアとカリナにも連絡は行っていて、僕は十年ぶりの再会に心を躍らせていた。あの時の体と心で二人まとめて出会った人たちに、今日は別々に会う事になるんだなぁと思うと、なんか可笑しくてウキウキしてしまう。
「ミーツから本国へ、スティーナを目視しました。到着まであと30分、オーバー」
”了解、魔力が濃いので速度調整を厳に、オーバー”
通信で間もなく到着するとの報告をする。テスト飛行や計算で知ってはいたけど、ここまでかかったのはたったの四時間だ。陸路ではどう急いでも3~4日かかる距離だというのに……魔法機械ってすごいなやっぱ。
”こちらスティーナ。ミーツのパイロットどうぞ”
「こちらミーツのパイロット、ギャラン・マグガイアです、どうぞ」
続いてスティーナからの通信が入る。なにぶん初めて来る土地なので、どこに着陸したらいいのかが分からない。なので管制をお願いすることになるのだが……。
”スティーナの西にある森の上空に魔女が待機しています、彼女の誘導にしたがってください”
「了解、西側の森に向かいます」
なるほど、魔女さんが案内してくれるんだ。確かに変に場所を指定されるより、そっちが効率的だろう。ノシヨ川を超えつつ、進路を森へと向ける。
「あ、いた。あれ……って、えええええええええっ!?」
果たして森の上にひとりの魔女が飛んでいた。でもその姿を見て僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ホ、ホウキに乗ってない、だってぇーっ!?」
そう。魔女が飛ぶにはホウキにまたがって飛ぶのが普通だ。でもその魔女は空中に何にも乗らずに、その濃い緑色のワンピースと金緑色の髪をなびかせてふわふわ浮かんでいる。
速度を落とし、その彼女の横に浮かんで機体を停止させる。そして僕はもう一度驚いた。
「はじめまして。ギャラン、マグガイアさんですね。お迎えに来ました」
そう言う彼女の見姿が、まだ十歳前後の幼い女の子の姿だったから。
「ど、どうも。ギャラン・マグガイアです」
「こんにちは。私はアスナ・リードといいます」
にこりとして返事を返す女の子。彼女は服と髪をたなびかせたまま近づいてきて、そのまま僕のコックピットの淵に手をかけた。まるで泳いでる子がプールのはじに捕まっているようだ。
なんて思っていたら、本当にプールから上がるように機体に乗り込み、僕の膝の上にちょこん、と座り込んだ。
あれ……この感覚、どこかで?
「ママが言ってたよー、むかしこうやってギャランさんも、ママのひざに座ったって」
僕の胸にもたれかかりながら、後ろの僕を見上げてにこっ、と笑うアスナさん。あれ……何この既視感、それに今、苗字が『リード』って?
「あ、あああっ! もしかして……ステアさんとカリナさんの?」
「うん、パパとママだよ!」
そうだ! ずっと昔、あの日に僕は父さんと飛翔大会に参加して、その後でハルさん達に改良してもらった『へりこぷたぁ』で、塔に閉じ込められていたステアさん(中身はカリナさんだったらしい)を助けた時、僕はステアさんの膝の上に乗って操縦したんだった!
「思い出した思い出した! うんうん、あったよそんな事」
「でしょー? ママもほんとうにありがとうっていってたよー」
にへらーと笑う少女。僕を見上げるその顔からなびく金緑色の髪が、なんか幻想的な可愛さを見せてちょっとどきっとなる。
いかんいかん、こんな小さな女の子に何を考えているんだ僕は。
「えーっと、アスナさん、だっけ」
「うん。アースとナーナでアスナ、なんだって」
「へ? 地球と、魔力?」
「そー言ってた。私ってそれの生まれ変わりなんじゃないかって」
そりゃまたずいぶん壮大なネーミングセンスだなぁ。地球が生み出した魔力の生まれ変わりとか……あ、でもさっきのホウキ無しで飛んでる姿を見たら少し説得力があるかも。
「じゃ、アスナさん。そろそろ案内してくれるかな?」
「はーい。でもわたしに操縦させてほしいな」
「あー、うん。じゃあ操縦桿を握って」
「やった!」と喜んで、その白くて小さな手でレバーを握る彼女、その手を僕の手で上から優しく包んで、ふたりで出会いを動かして降下場所に向かう。
彼女の金緑色の髪の毛が僕の目の前でふわふわと揺れ、時折僕の顔を撫でる。風の香りのするその髪の毛の心地よさとくすぐったさを感じながら、僕達はかつての『地獄の最前線』エリア810の上空を飛んでいく。
かつてステア・リードとカリナ・ミタルパが出会った泉の上を今。
その二人と不思議な出会いをした青年と少女が『出会い』という名の機体に相乗りして。
未来に向かって、飛んでいた。
世界はこれからも、様々な出会いの物語を、生み出していくだろう――
地獄のエリア810(ハチヒトマル)~ 魔法王国の少女と機械帝国の少年兵
――完――