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第68話 リネルト・セリカ女王の憂鬱

 810を旅立ってからはや一週間。先導役の僕ステア・リードは、『女性』というものの実態を嫌と言う程思い知らされていた。


「ねぇねぇそこのお兄さん、コレ何て機械なの?」

「あー、この服カッコイイ。ねぇ、帝国兵士ってコトでツケになんない?」

「このお菓子おいひー♪ 三袋包んで~」


「あーもうっ! みなさん無駄遣い禁止ーっ!! さっさと次の街に行きますよっ!」

 僕の怒鳴りつけに「えー」という抗議の顔を向ける魔女さん(体は帝国兵)達。


 なんというか、女性ってこんなに好奇心旺盛というか移り目と言うか珍し物好きって言うか……ひとつの街に寄る度に売店やら工場やら食べ物屋やらにいちいち立ち寄っては、たいして買う気もないのに吟味しまくって足止めを食らってしまってる。


 本来なら首都ドラゲインまで十日の行程なんだけど、二週間たってもまだ半分しか進めていない。まぁ確かにこのツアーは帝国兵に乗り移った魔女さん達に機械帝国を体験してもらう為の旅行なんだけど、こうまでいろいろハマられるとさすがに予定が遅れ過ぎる。


 まして僕が担当してるのは皇帝陛下はじめ国の重鎮や、その精鋭たちにたちに乗り移っている魔女さんなのだ。なので他の班よりも理路整然と帝都まで行進して帰る予定だったんだけど……。


「ねぇステア君、これって果物を干す紐よね。魔法植物を育てるのに良さそうで……」

 聖母マミーさん、それアトン大将軍の体で買うものじゃないっすよ、有名人なんですから。

「お! いい剣じゃねーか、磨き具合も申し分なし、おりゃおりゃ!」

 四聖魔女のレナさん、ラバン大臣さんの体で剣を振り回さないで。彼は頭脳派の政治家なんですから。


「はい。これとこれ、あとそっちのコンロも頂こうかしら」

 同じくルルーさん、調理道具を買いあさらない! 体は料理なんて絶対しなさそうなフォブス大臣なんですから……奥さんが見たらひきつけ起こしますよ!

「ぐぬぬぬぬ……ぬおおおりゃあああ……ふぬぬぬぬぬっ!!」

 えーっと、リリアス君の体に入ってるハラマさーん。今のあなたは男性の体なんだし、ナーナもいないからいくらキバっても魔法は使えませーん。


 こんな感じでツッコミを入れつつ、なんとか全員を皇帝戦車メガリアンまで引っ張って戻る。町に着くたびにこれじゃ疲れてしょうがないよ……。


 ちなみに他の班のみんなはもう散り散りに各所に旅している。まぁ他も同じようなもんなんだろうけど、僕の班に限っては見た目は皇帝や帝国重鎮の面々なんだから、こんなキャピキャピしてたらあらぬ誤解を招きかねない……ま、まぁ誤解じゃないんだけど。


 と、メガリアンの内部でボン! という音がして、小窓から黒煙が漏れ出てきた。あーあ、またですか。

「やっぱり……ステイシーさん。いくら体がハル氏だからって、無理に勉強詰め込まなくても」


 メガリアンの中のデスクで机に突っ伏して頭から煙を出して目を回してるのは、魔法王国親衛隊リーダーのステイシー・ベルさんだ。彼女は帝国の技術開発主任ハル・イグイ氏の体に乗り移ったんで、ならその知識を全部頂戴してやろうと息巻いて、810を出る前にハルさんから貰って来た資料を受け取って道中ずっと勉強してたんだけど……さすがに魔法文化に慣れた(ヒト)に機械工学は難解すぎるんじゃないかなぁ。


「ま、ステイシー様は七年前の魔法学校主席ですし、当時から注目されていたエリート中のエリートですから」

 僕の横でハラマさん(体はリリアス君)が腕組みをしてそう嘆く。彼女は優秀な魔女だそうだけど、810の戦闘では半ば自爆してキレイに箱詰めに(ラッピング)されて送り返されたらしくて、その失地回復も込みで帝国の機械文明を会得しようとしてるみたい……さすがに旅の道中じゃ無理でしょ。



「あなたも大変ですね」

「あ……はい! い、いいえっ! 大丈夫です!!」

 メガリアンの上の玉座から女王リネルト・セリカ様(体はエギア皇帝陛下)に、気を使って頂いたような口調でお声がけいただいて、思わずカチコチの敬礼をする。

 というか心と体あわせて二国分の王に気を使われるとか、さすがに冷や汗がだらだらと吹き出して来る。なんと恐れ多い……。


 この道中で一番救いなのが女王様の態度だ。他の面々がハメを外しまくって、帝国民から見たら怪しさ爆発状態なのに、彼女だけは皇帝(女王?)らしい整然とした態度で、ほぼメガリアンから降りずに佇んでいる。なので民衆から見ても「さすがはエギア皇帝陛下だ」との見方をされていて、お陰で辛うじて僕達一行が怪しまれずに済んでいる。


 でも、そういえばリネルト女王、僕がカリナの体に入って魔法王国に行った時も、なんか孤独なイメージあったよなぁ。一度だけリリアス君と話してたのを見たけど、周囲に取り巻きもいなくてなんとなく「孤高の女王」ってイメージが強かった。


「はい、みなさん出発しますよ」

 ぽん! と手を打つ彼女の音頭で、ようやく隊列を整えた機械帝国皇帝以下の精鋭部隊が次の街に向けて行進を開始する。今ならなんとか皇帝一行の体は取れてるんだけど……次の街に着いたらまたハメはずしちゃうんだろうなぁ。


      ◇           ◇           ◇    


「「うおおぉぉぉぉーーっ!」」

「「うーみーだーっ!!!」」

「「初めて見るうぅぅ、ヒャッホーイッ♪」」


 あー、次の街から海沿いに入るんだった。山や森の魔女さん達にしたらそりゃ海は珍しいだろうなぁ。みんな我先に海岸へと突撃してるし……ここでも足止め食らいそうだなぁ。

 海岸線できらめく波の光をキラキラと受けつつ、打ち寄せる波と追っかけっこしたり石拾いに興じたりとキャッキャウフフと楽しむ魔女さん達。


 ……見た目が屈強な兵国兵士なせいで、全っ然、絵にならないんだけど。


「ステアさん、ちょっとこちらに」

 女王様がメガリアンの上から、玉座のひじ掛けをポンポンと叩いて僕を呼ぶ。一度敬礼してからハシゴを登って彼女の側に立つ。その途中にまた中で爆発音がしたのは気にしないようにしよう。


「ステア・リード、参りました」

「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。貴方は帝国の人間なんですから……って、私の体は皇帝さんでしたね」

 そう言ってくすくす笑う女王様。まぁ中身はカリナと同じくらいの女の子なんだけど、見た目がエギア皇帝陛下なせいで全然可愛くない、むしろ不気味でコワイんですけど。


「みんな、楽しそうですね」

「まぁ王国には海が無いらしいですからね。珍しさもあるんじゃないですか?」

 カリナも僕の体で来て初めて見た時は驚いたって言ってたし、海を初めて見たなら多少はしゃぎたくなるのも分からなくもない。


「魔女たちが帝国内で楽しそうに遊ぶ……ねぇステア君」

 憂いを含んだ顔と声でそう話す女王様。


「魔法王国と機械帝国の融和って、本当に可能だと思いますか?」


 その問いに僕は即答が出来なかった。確かに両国の和解は僕やカリナ、そして810のみんなや隠し村の人たちにとっては悲願だ。

 でも、その当事国のトップの人が聞くその問いには、他の誰もが成し得ない重みがあった。


 魔法が世に生まれ、女性だけがそれを使えた。そして男性は無能として社会から弾かれ、女性国家の魔法王国が生まれた。

 それに反発奮起した男性たちが、魔法が使えないなら科学でその上を行け! との克己で築き上げた男性国家、機械帝国。


 長年にわたり戦争を続けてきて、お互いに数えきれない犠牲を出し続けて来た。両国の王は相手を汚らわしい存在として喧伝し、子供すら異性と交わらずに生み出す方法まで作り上げて来た。

 そんなふたつの国が本当に、未来永劫仲良くなれるんだろうか。


「僕は……そうなって欲しいです」


 意を決してそう進言する。確かに簡単にはいかないだろう、でも僕は810に来て男女が仲良くしているのを見た後、魔法王国を旅してきて知ったんだ。


 この世界がいかに歪んでいるかを。


 魔法があるから男女が仲たがいをする。そんなのは人間の営みが魔法なんていう物に負けている(・・・・・)からなんじゃないか。男も女も「魔法? それがどうした」って言えていたなら、こんな世界にはならなかったんじゃないのか。だから僕は……。


「もし、そうなったら、私は生きてはいけませんね」


 女王のその言葉に、ざわり、と背筋が凍るのを感じた。


「我がセリカ王室家は魔法王国の始祖であるのです。つまり男性を排して女性国家を作った張本人……世界が元に戻るなら、私はその贄にならなければなりません」

「そんな!?」

「責任を取る。それが女王に課せられた使命なのですから」


 女王様は語る。彼女の一族は女王の座を継承する引き換えに、男性排除の思想を初代女王から引き継がなければならない立場なのだと。

 だから彼女も女王でありながら男性とは結ばれない、それどころか汚らわしい存在として触れる事すら許されないという。側近や重鎮のエリートさん達は何人もの男を抱える事も出来るのに、国の象徴の彼女にはそれすら叶わないのだ。


「立派な、お体ですよね。機械帝国皇帝陛下、エギア・ガルバンス氏」

 自分の胸に手を当ててそう嘆く女王様。触れる事すら許されなかった男性の体に今はそっくり成り替わっている事に、しみじみとした感慨を込めるように。


「私は、触れた事もない男性を汚れた存在と呼び、知りもしない機械帝国を悪の巣窟と罵り続けた。もし両国が融和するなら、私は最早重罪人です」


「でも、それは帝国だって同じです!」

 思わず語気荒く返していた。そう、帝国も魔法を汚れた力として忌み嫌い、それを振るう魔女を悪魔の権化みたいに喧伝してきた。男性の睾丸を引きむしり心臓を引き抜いて儀式に使う、なんてデタラメを国中に触れ回って来たのだ。


「でもエギア皇帝陛下は決して自分を罰したりはしません、あの人なら必ず!」

 そう、歴代の皇帝陛下、ガルバンス一族はどの代でも、様々な革新的思考で国を発展させ続けて来た。その過程で間違った方向に進もうとした時は、皇帝自らが過ちを認め、国民に謝罪する事すらあった。

 皇帝陛下も、またナギア皇太子も例にもれず行動の人だ。エネルギッシュに国を動かし、襟を正して政治と戦争に当たって来た。


 だから、もし魔法王国との講和が実現するなら、陛下は必ず和解の握手と、死した魔女達への謝罪を必ずするだろう。


「死して責任を取る、なんていうのは後の人に責任を放り投げる行為です! っていうのは帝国のことわざなんですけど」

「責任を……放り投げる?」

「はい! 女王様には是非、エギア皇帝陛下としっかりと握手をして欲しいんです。両国の代表として!」


 その僕の言葉に、女王は自分の手をにぎにぎと動かして、その手を噛み合わせて瞑目する。

 しばしそのまま固まった彼女は、顔を上げてこちらを向くと、にこっと笑ってこう言った。

「強いですね、帝国の男性は」


 それは、女王と言う立場に流され続けて来た彼女が見せた、今まで認めなかったものを初めて認めようとする、そんな笑顔だった。


 まぁ見た目は(略)。



「女王様も海、行きましょうよ」

 そう言って手を差し出す。彼女は少しためらった後、僕の手を握ってこう返した。

「いいんですか? 私まで行ったら、ますます行軍が遅れますよ」


「あ! え、えーっと……この際忘れましょう、それは!」

 うん、いいじゃないか。これからの両国の関係改善の為なら、少々の予定の遅れなんか気にしたってしょうがない。前向きに物事を考えないと進む者も進まないしな。


 ふたりしてメガリアンのハシゴを降りて海に向かう。と、後ろからまたボンッ! という音がして小窓から煙が漏れてくる。

「ステイシーも連れて行きましょうか」

「ですねぇ。海で頭を冷やしたほうがいいかも知れません」


 向かい合ってそう言った後、ぷっ! と吹き出す僕と女王様。



「えええええっ!? じょ、女王様?」

「あらまー、珍しくはっちゃけてますねぇ」

「問題ありません、それそれっ!」


 みんなに交じるや否や、水や砂を掛け合ってはしゃぐ女王様。最初はまさかの女王の参戦に驚いていたみんなも、すぐにくだけた態度になって浜遊びを楽しんだ。


 結局その日は一日そこで海を満喫し、さらに予定を遅らせることになってしまった……うーむ、どうしたものか。


      ◇           ◇           ◇    


 結局、帝都ドラゲインに到着したのは二週間後だった。さすがに帝都が近づくと、みんな怪しまれないようにと帝国軍人らしく整然とした態度で行進を続け、衛兵や民衆にも必要以上には怪しまれずに、海に浮かぶ王城まで辿り着いた。

 うーん、女の人ってハメ外す時とシャンとする時の使い分けがうまいなぁ、あなどりがたし。


『皇帝陛下以下、帝国の精鋭部隊のご帰還ーッ!!!!』


 門番の高らかな宣言と共に城内に行進する一同。ここから先は僕も初めて足を踏み入れる、機械帝国の中枢ともいえる場所だ。入城してすぐ、広い玄関ロビーのような所に通されると、そこには幾人もの兵士がぐるり取り囲むように整列しており……


 ――ジャキジャキジャキィンッ――


 その銃を一斉に、僕達に向けて構えた(・・・・・・・・・)!!


「なっ! 何を!? 皇帝陛下のご帰還であるぞ!!」

 女王(皇帝)の前に立ちはだかってそう怒鳴る。なんだ、何が起こっているんだ? 仮にも陛下に向かって筒先を向けるなんて、重大な叛逆行為じゃないか!


 と、その時、数名の人物が包囲する兵士たちを割るようにして、コツコツと歩いて姿を現した。


「ラ、ラオス第二皇太子、様。それにバンパー第三皇太子様! リム第一皇女陛下まで……これは一体!?」


 僕なんかの下っ端の言葉には堪えずに、三人はエギア皇帝陛下(中身は王女)を見据えると、ふふんと口角を吊り上げてこう発した。


「父上。もうあなたの時代は終わったのですよ、ここらでご退場頂きましょうか」


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