第62話 魔法王国の少女と、機械帝国の少年兵
ノシヨ川のほぼ中央にある中洲、そこに背中にしょった機械『へりこぷたぁ』で降り立った帝国兵の少年と、ホウキに乗って降りて来た一人の可憐な魔女が向かい合っている。
「って、あんなトコに中洲とか、あったか?」
「いや、無かったと……思うぞ」
「私見たわ。あの足場、多分土製のゴレムよ、水の中から浮かんで来たの見たもん」
「え? あの川の流れに崩れない土ゴレムって……どんな上位魔女の仕業?」
帝国側も王国側も突如現れたその中洲、まるで飛んできた二人の為にしつらえたかのような舞台に、不思議な予感を隠せないでいた。
帝国兵の方は背中の『へりこぷたぁ』を下ろし、魔女の方も地面に降り立つとホウキをくるり、と回して立てる。
そして、帝国兵は腰のポーチから数本の手のひら大の筒を取り出す。魔女の方は手に火魔法『火炎鳥』を灯すと、それを兵士に向かってゆっくりと飛ばす。その炎鳥を筒先で受け止めた兵士は、それを上に向かって放り投げる!
パン! パンパンパァン!!
二人の上空で炸裂したそれらが、中にあった紙吹雪を撒き散らして二人に降り注ぐ。同時に二人は帝国側と王国側の岸に向かって一礼をする。
――魔法王国の少女と――
――機械帝国の少年兵の物語――
魔法による音声拡大術で、スピーカーによる放送で、ふたりの声が両岸まで届けられる。
――どうぞ、ご鑑賞ください――
最後に二人が声を揃えてそう告げると同時、中洲の周囲から大勢のゴレムが這い上がって来る。いずれも人間よりやや小さいサイズで、しかも全身に黒づくめの衣装をまとっている。
「って、あれ黒子ゴレム!?」
「なになに、今から劇でも始めようっての?」
魔法王国の娯楽の一つである舞台演劇。その裏方として働くために生み出された黒子ゴレムの登場に、魔女たちが「まさかこの状況で?」と固唾を飲む。
その黒子ゴレム達がばっ! と板で出来た森を掲げる。その左右に別れた少女と兵士は、それぞれ上司と見られる魔女たちと将官たちを模した板人形の前にひざまずいていた。
『ヨウコソ、カリナ・ミタルパ、コノエリア810ヘ。』
『セイゼイ足手纏イニ、ナラナイヨウニネ』
人型看板を揺らしながら黒子ゴレムが棒読みでそう喋ると、その少女カリナはスカートの端をつまみ「はい」と返礼する。
◇ ◇ ◇
「え、えええええっ!? あ、あれカリナじゃん。ほら魔法学校で一緒だった!」
「おいおいおい、リリアス! あれあの時の嬢ちゃんだろ? 家でパーティした時の」
カリナの同期生や、先日リリアスの家で彼女と会っていた四聖魔女のレナやルルーが目を丸くして驚く。
◇ ◇ ◇
「ステア・リード! 本日付でこのエリア810への所属となりました!」
『ウム、魔女ハ手ゴワイゾ、死ヌナヨ』
『セイゼイ頑張ッテクレタマエ』
◇ ◇ ◇
「ステア君じゃないか!」
「あ、あの若僧、確か飛翔大会でワシらに怒鳴り込んで来た……」
「驚いたな、あの時の810の若者か!」
技術者のハル・イグイが、大臣のフォブスが、そして皇帝エギアが、あそこにいるのを顔見知った青年兵士だと認識する。
その時だった。帝国の魔法兵団に憑いていたナーナ達が、一斉に「わぁーっ♪」と歓喜しつつ、川の中州の部舞台へ飛び立って行った。
「え、ちょ……待って天使さん」
「おいおいおい、戻って、落ちる落ちるうぅぅぅ……」
魔力の根源であるナーナを失った帝国の魔法使いが、するすると空中から地面に落ちていく。幸いというかナーナ達との距離が開くに従って魔力は弱まるようで、各自ゆっくりと地上に着地する、おかげで大ケガをした者はいなかった。
「って、上空! あ、あの……ナーナ多数! ものすごい数ですっ!」
帝国兵から離れたナーナとは別に、天頂からナーナの大群が降り注いできた。その圧倒的な数に誰もが肝を冷やす。
「ご、護衛の魔法使い……陛下を、上級市民を守れっ!」
ナーナが憑くと男性は種なしの不能になる。なので種が貴重な皇帝一族や身分の高い者達はナーナに憑りつかせるわけにはいかない。魔法使いたちが護衛に当たろうとするが、その彼らはたった今ナーナに去られ、魔法使いから一般人に戻ったばかりだ。
が、大量に降って来たナーナは帝国の男性には目もくれず、そのまま中州で演劇を続けるふたりの周りに群がり、目をキラキラさせて二人の小芝居を楽しんでいた。
◇ ◇ ◇
『トツゲキー』
『テイコクターオーセー、ヨイヨイヤァー』
芝居は戦争に突入する。森の看板の上で魔女や兵士、戦車やゴレムをかたどった板を黒子達がかかげ、ガチャガチャ動かして戦っている様子を演出した。そして……
『臆病者メ、セメテ魔女の一人クライ倒シテコイ』
『落第魔女ネ、悔シカッタラ今カラデモ帝国兵ヤッツケテキタラ』
ステアとカリナは物の役には立たず、先輩たち(の人形看板)に嫌味を言われて、再び戦場に赴く。
「きれい……いや、なんて可愛いんだ」
「やだ、かっこ、いい……」
月明かりに照らされた若い魔女と兵士が、湖畔の上と下で、出会った。
◇ ◇ ◇
王国の庶民魔女は憧れの恋愛ドラマ展開に鼻息荒く劇に見入っている。一方帝国の男たちは、「魔女が美人?」「んなアホな」と結構なトンデモ展開に首を傾げる。ちなみにナーナ達は初々しい二人の恋心にキャッキャと憙び、体をモジモジさせている。
◇ ◇ ◇
やがて二人が分かれ、森の下の地下に案内され、そして……
『イェーイ、実ハ仲良クシテマシター』
『本気デ戦争シテルト思ッタ? 思ッタ?』
そこで戦争をしていたはずの上司たちが、仲良く酒を飲んでいた。
◇ ◇ ◇
「「ぶーーーーーっ!!!!」」
「「ええええええええーーーーー!?」」
魔女達と帝国兵が一斉に噴き出す。なんだ、この現実感ゼロのお芝居は?
◇ ◇ ◇
『隠シ村デ ”デート” シテコイヨ』
『ヒューヒュー、オ似合イサンネェ』
お芝居は続く。二人は大きな山のカンバンに隠された村に行き、一緒に食事したり空を飛んだりと、庶民が夢にまで見た男女のイチャイチャを存分に見せつける。
『アトン大将軍サマ、オ待チシテオリマシタ』
なんと帝国重鎮のアトン大将軍(の板人形)まで芝居に登場する。周囲の面々は懸命に事実を隠蔽しようとするが、敵の魔女の大ドジによってその計画もご破算となる。
そしてその魔女こそ、魔法王国最高峰の魔女、聖母マミー・ドゥルチその人だった。
◇ ◇ ◇
「アトン大将軍! これは一体どういう事だ!!」
エギア皇帝がアトンを怒鳴りつける。最初はつまらん小芝居だと思って一笑に伏したが、隠し村が出て来た辺りからその芝居が現実である可能性が頭をちらつく。
「聖母魔女マミー・ドゥルチ! あの芝居は貴方を愚弄しているわ……どうしてそう平然としていられるの!?」
リネルト女王が手を広げてマミーに抗議する。この810の戦いが嘘で、それに聖母が加担していたなどと……
「カリナ、君が欲しい」
「ステア、あなたに捧げたい」
ハグする二人を見て、魔女達やナーナのボルテージが最高潮まで上がる。帝国兵もまた心中「うらやまけしからん」との思いから食い入るように見入る。
が、その後のラブシーンはゴレムの掲げる「見せられないよ」の看板で遮られ、魔女たちは自分のスカートを咥えて「なんで、なんでえぇぇ」と悔しがる。
◇ ◇ ◇
そして朝チュン。二人は跳ね起きて、自分の体をまさぐって……絶叫する。
「えええええっ! 俺がカリナになってるうぅぅぅぅ!」
「私とステアが入れ替わってるうぅぅぅぅ!?」
あーあーあー、とずっこけるギャラリー達。いくらなんでも話が飛躍しすぎだと思うのだが……その後の二人の迫真の演技が、それすらも現実ではないかと思わせる。
実際の演者は、今まさにお互いが入れ替わっているのだから当然なのだが。
◇ ◇ ◇
『ステア、貴方魔法王国ヘ行ッテミナイ?』
『カリナサン、機械帝国ヘ行ッテクダサイ』
そして二人はお互いの国へと旅をする。ステアの体となった魔法少女は帝国へ旅し、その国の機械文明と深く関わって、やがては皇帝陛下への謁見すら果たす。
飛翔大会で幼い少年を応援し、皇太子夫妻の不正を暴いて幽閉され、かの少年とアトン達の奮戦により脱出を果たし、当の皇太子夫妻を引きつれて810に帰る。
カリナの体となったステアはほどなく謎の少女ナーナと出会い、その不思議な存在を気にかけながらも王国で色々な経験をする。四聖魔女達と出会い、魔法胎樹の作りを知って、そして驚くべき才能を秘めた後輩ハラマと出会う。
◇ ◇ ◇
「……ナギアよ、身に覚えがあるか!?」
皇帝エギアが自分の第一子に疑いの目を向ける。信じたくはない、信じたくはないが、確かにあの若僧は余との謁見を果たし、最後にはアトンの手引きであのへりこぷたぁとやらに乗って降り立ったのだ。その一部始終を再現されては、あの芝居がデタラメであるとも言い切れなくなっていた。
「なんてこった! あのカリナって、実は帝国兵だった、のか?」
「お芝居ですからホントかどうかは分からないけど、もしそうならびっくりよねぇ」
四聖魔女のレナとルルーが、まさかあの日に出会った少女カリナが実は帝国兵だったという衝撃の事実を見せられて、さすがに驚きの冷や汗を流す。
◇ ◇ ◇
そして二人は810へと帰還する。戦争が再開され、さらなる世界の秘密が明らかになっていく。
魔法の精霊ナーナ。男性にのみ見えることができ、男性に憑りついて魔法を使えるようにし、代わりに男性の種を奪う存在。
ハラマという魔法キャパの申し子を使い、世界中にナーナを広げたマスターの存在。そのナーナこそがステア(体はカリナ)が旅で出会った少女である事。
そして、彼女の目的が、世界中の男性の種を死滅させ……
人間を滅ぼす事。
◇ ◇ ◇
「じょっ、冗談じゃ、ねぇぞ!」
「天使って……人を滅ぼすのもあるんだよなぁ、御伽話なんかだと」
帝国兵、魔法兵団の面々が、ほんの数分前まで頼りにしていたナーナの正体を知って一歩引く。それを見た皇帝エギアは、烈火のごとく怒って怒鳴り据える。
「こんな出鱈目な話を信じるなど、ええい大概にせぬか……あの幼稚な芝居をしておる物を砲で吹き飛ばせ!!」
「ですがあの周囲には我ら魔法兵団の頼みの綱、ナーナがおります。砲で彼女たちが吹き飛べば、我らの戦力は半減しますぞ。それで魔女どもに攻められたら……」
アトン大将軍の進言にうぐ、と歯噛みして命令を撤回する。機械帝国の約半数はアトンがかき集めた義勇兵、魔法兵団なのだ。魔法が使えなくなった彼らは戦場に民間人がいるに等しい。人数が同等でも半数が役立たずとなれば敗戦は必至だ。
「ナーナ……魔力ではなく精霊ですって? そんなワケがないでしょう」
ふっ、と笑って首を振る女王リネルト。少し前まではやたらリアリティのある話だったが、ナーナのくだりで女王はじめ多くの魔女達が、この話を作り話っぽく見ているようになった。なにしろ彼女たちには大勢いるはずのナーナが見えないんだから。
「いいえ女王様。残念ながらナーナは実在します。何故なら私の肩にも一人いますから」
四聖魔女リリアス・メグルのその言葉に女王は「へ?」と目を丸くする。年の頃が近い事もあり、よく相談に乗って貰っていた魔法博士のリリアスには信用を置いている、その彼女が認めると?
「だって、僕は実は『男』ですから」
その爆弾告白に、周囲の魔女達が一斉に「えええええええっ!?」と絶叫する。
◇ ◇ ◇
お芝居は一旦魔法王国、そして機械帝国の方に移る。両軍が一大決戦を決意し、共にエリア810への進軍を実行したのだ。
そして両陣営がノシヨ川を挟んで対峙した所で、ステアとカリナが改めて向かい合ったシーンで、周囲の黒子ゴレム達が役目を終えたとばかりに土に帰っていく。
誰もが固まっていた。今まで見せられたのは果たして真実なのか、それともただの芝居なのか、あるいは嘘に真実を混ぜて混乱を誘っているのか……誰もが疑い、誰もが信じようとしている。
ステアとカリナが背中合わせに立つ。カリナ(体はステア)は魔法王国側を向いて、ステア(体はカリナ)は機械帝国側の岸の方に向き直って、声を揃えて高らかに宣言する。
「私達は、お互いの国へと旅して、その内情をつぶさに見てきました」
「そこは本国で言われていたような、恐ろしい憎しみに囚われた場所では無かったんです」
「発展があり、誇りがあり、ちょっとズルい所もあるけど、みんな真面目に生きていました」
「みんな生活があり、人生がある。希望があり、未来があり、そして異性への憧れがありました」
カリナ・ミタルパの姿をした人物が機械帝国側に向かって、彼らの一番知りたかったことを語る。
「そして僕は知りました」
ステア・リードの姿をした人物が、女性のような柔らかい口調で。魔女たちが待ち望む言葉を紡いでいく。
「そして私は確信しました!」
「「魔法王国と機械帝国は――」」
「「魔女と兵士は――」」
そこまで発した二人が、首だけ後ろに回して笑顔でアイコンタクトをし、「せーの」と呼吸を合わせて、高らかに宣言する。
――男性と女性は、きっと、もっと仲良くなれます――
そして二人はお互いに向き直る。
「カリナ、僕は君を愛してる」
魔女の姿をした者が、帝国兵に向かってそう告白する。
「ステア、大好き」
帝国兵の姿をした男性が、緑服の魔女に向かってそう甘い声を吐く。
そしてお互いを見つめ合い、背中に、首の後ろに手を回して……
その唇を重ねる寸前、二人はこうハミングする。
「「交わる魔法」」
しっかりと唇を重ねる二人。そしてその瞬間、二人の体が光を放つ。
◇ ◇ ◇
やがて唇を離した二人が、お互いに一歩距離を取り、自分の手を、足を、胸を、服装を見る。
頬に手を当て、髪の毛の長さや色を確認し、お互いがその両手をぎゅっ、と握り合う。
「ステアっ!」
「カリナっ!」
今までとは違う、希望と歓喜に満ちた表情で、瞳をうるませて見つめ合うと、喜びをこらえきれないかのように額をコツン、と合わせて……
「やった、やった! 戻ったあーーーーーっ!!!」
「もーどったー。もーどったーーーっ!」
反り返ってそう叫んだ後、二人はがばぁっ、と抱き合って、大笑いしながらその場でぐるぐると回り始める。
ステアがカリナを抱きかかえ、歓喜の舞をぐるぐる回り続けた。それはも嬉しそうに。
二人が体を入れ代えてから約三カ月。ようやくステア・リードはステア・リードに、カリナ・ミタルパはカリナ・ミタルパへと戻ったのだ。
ぱちぱちぱちぱち……
そんな二人に拍手が注がれる。手を叩いているのは二人のすぐ側に大勢いるナーナ達だ。彼女らは全員が笑顔で、満足そうに拍手を送っていた。
そして、そんなナーナ達につられるように、帝国側からも、そして王国側からも拍手が立ち上り始めた。
それは、小さなナーナ達が受け入れた二人の三文芝居を、自分達も称えてあげたいという母性、父性の心持ちもあっただろう。
やがてノシヨ川は両岸からの盛大な拍手に包まれる。その音は心地よく、二人の頑張りを癒すための音のシャワーとなって降り注いだ。
だが、その拍手はほどなく、はたと止まることになる――




