第61話 そして舞台の幕が上がる
エリア810より少し機械帝国側のノシヨ川。そのほとりにて、大勢の兵士が駐留している前で約百名の敗残兵が、聖地奪還されるの報告と共に跪き、頭を垂れていた。
「無念でございます。我々も死力を尽くしましたが、敵魔女の圧倒的人数に成す術なく……」
810派遣軍総司令、イオタ大佐が苦悶の表情でそう告げる。その向かいには大型の戦車、というよりは移動要塞のような進軍機械『メガリアン』の頂上に置かれた玉座に座る機械帝国皇帝、エギア・ガルバンスが難しい顔をしてアゴを撫でていた。
まず苦言を発したのは、810特別顧問、つまりイオタ達の実質の上司であるアトン・シーグラム大将軍だ。
「長年の激戦の果て、魔法王国に後れを取ったと言うのだな。過程はさておいて、最後に負けたのでは意味があるまい」
アトンにしても、本当は健闘を労いたい所だが立場上それは出来ない。厳しい声をかける彼に、隣に控える総司令官、ナギア・ガルバンス皇太子がまぁまぁと窘め、イオタに問い正す。
「して、敵魔女の規模は?」
「はっ、総勢でおよそ一万。報告によると女王リネルト・セリカ以下、四聖魔女も確認済みであります」
その報告にざわつきが起こる。女王自らの出陣に加え、帝国まで名を馳せる恐るべき魔女四天王も出張ってきているとは。
そして総勢一万の魔女の軍勢、それが事実ならイオタ達がわずか百名足らずで一晩持ちこたえただけでも健闘したと言うべきだろう。
現に彼らは全員がボロボロで、何よりその唇が酷く腫れあがっていた。魔女たちが戦いに単純な武力のみではなく、呪いや祟りなどを使うのも知られている、恐らくその類なのだろう。
「ならば仕方あるまいな、貴官らの健闘に免じて必敗百罰は問わぬ」
その皇帝の言葉に、イオタ達は地面に額をこすり付けて「温情あるお言葉、感激の至りであります」と返礼する。それを見たアトンとナギアは、心中ほっとした気持ちで、緩みそうになる顔をなんとか押さえていた。
「奪われたなら、奪い返すまでだ。我が帝国の総力を持ってすれば必ずそれは叶うであろう。見よ! 新生機械帝国軍の雄姿を!!」
エギア皇帝がばっ! とマントをひるがえして背後に続く軍勢を指し示す。それに応えて控えていた大勢の兵士たちが銃を構え、戦車に群がり……
そして大勢がホウキに乗って浮かび上がった。彼らの傍らには魔法の妖精ナーナが寄り添っており、そのホウキには小銃が取り付けられていた。
皇帝の傍らに控える大臣二人が証書をかかげ、現在の戦力を唱和していく。
「本国よりの精鋭、約二千五百名! 帝都よりの義勇兵、技術者、兵站係約千五百!」
「そして辺境にて集められた新、魔法兵団! アトン大将軍指揮下の魔法使い、約四千五百! 810からの脱出兵を合わせて総勢一万!!」
おおおおお! と鬨の声が上がる。数の上では魔法王国と互角だが、最新鋭の銃器や戦車に加え、こちらでも魔法を使い、空を飛ぶ部隊が大勢いるとなれば、魔法一辺倒の敵など鎧袖一触で粉砕できるであろう、と鼻息を荒くする。
「行くぞ! 憎き魔法王国の魔女どもをねじ伏せ、我らが帝国の悲願を達成するのだ!」
皇帝がばっ! と手をかざすと同時、左右にいる戦車が空に向けて大砲を打ち放つ! 戦闘開始の空砲がノシヨ川のほとりに、ドンドドドン! と轟音を響かせる。
が、次の瞬間。帝国兵たちはその足を、進軍を、魔法使いたちの飛行を押しとどめる光景を目にする。
「むっ、向こう岸! 敵の魔女が集結しております! 数……概算で一万!!」
川の向こう岸に大勢の魔女が、広く横に居並んでいた。その各所には大型のゴレムが配置され、こちらを迎撃する体制をしっかりと築いている。
「いかぬな……川の幅を十分に取って兵力を配分しておる。これでは川を渡れば上陸寸前で袋叩きに遭うぞ!」
「ですがこの距離では、銃も砲も届きますまい」
アトンや側近のガガラの嘆きを聞くまでもなく、帝国側は皇帝から下士官に至るまで、機先を制されたことを悟る。
向こう岸を魔女に抑えられた今、こちらから渡河するのは自殺行為だ。川を渡るには戦車は水上モードに切り替えなければならず動きが鈍る。歩兵に至っては最悪泳いで渡らねばならず、空を飛ぶ魔女の格好の餌食だ。
「てっ、敵の中央! 王国王室の御輿を発見っ!」
ホウキで空を飛び、双眼鏡で対岸を見ていた魔法使いが思わず叫ぶ。彼が目にしたのは確かに魔法王国の紋章が描かれた輿であり、その上に座る魔女は噂に聞く通り、まだ十五程の少女だった……あれが!?
「リネルト・セリカ! 女王自らが姿を晒すか!!」
エギア皇帝がメガリアンの装甲を踏み鳴らして吠える。魔法王国王室のセリカ一族! 我が帝国の、いや男たる者全ての怨敵が、川を挟んですぐ向こうに居るではないか!!
◇ ◇ ◇
「じょっ、女王様! あの川の向こう岸に敵がいっぱい来てますっ!」
エリア810を制して歓喜する魔女たちは、その報告で一瞬にしてそれがぬか喜びだった事に気付かざるを得なかった。
エリア810の森の切れ目に流れるノシヨ川。その向こう岸には確かに大軍勢が構えていた。強固そうな戦車が何台も居並び、遠目でも分かる屈強な兵士たちがこちらを睨んでいた。
そして、その中の何人かは、私たちと同じように、ホウキに乗って宙に舞い上がっていく!
「なんて、こと……」
女王リネルト・セリカは対岸のその光景を見て、今までの戦果がまるで意味の無い事に気付かざるを得なかった。戦いはまだ終わっていない、むしろこれからが本番なのだと。
「落ちついて! こちらも用意はしてあるわ。ゴレム隊、前進して川岸へ!」
聖母マミー・ドゥルチの指揮の元、三十体以上のゴレムがズシンズシンと前進し、川岸で止まって次の命令を待つ。
「さ、さすが聖母様、そして810の精鋭ね。もうこんな用意を」
「よっしゃ、イイ所なしだったし、ここらでいっちょ活躍と行くか!」
四聖魔女のルルーが対応の早さに感心し、レナが腕まくりして対岸の敵を睨んで気勢を上げる。
「ダメです! 先に川を渡ろうとした方が負けますわ!!」
そう言って皆を押しとどめたのはリーンだ。彼女は女王の前に進み出ると、こちらから仕掛ける事の愚かさを説いて聞かせる。
「この川は幅が一キロほどもあり、全力飛行すればそれだけでかなりの魔力を使います。まして近づけば銃を撃たれるし、空を広く使って戦おうにも、向こうにも空を飛ぶ部隊が大勢いる様子。もし空で乱戦になり、地上の敵が味方もろとも私達を撃ってきたら……」
「味方を、撃つと?」
「この戦いには、それだけの意義があると判断することは否定できません」
その会話に、魔女たち全員に戦慄が走る。帝国兵は魔女憎しが根底にあり、そんな私達を滅する為には確かに犠牲もいとわないかもしれない。ましてこの戦いは王国の総力を挙げての一大決戦、それに勝てるならそんな非道もあるのでは……
「あらら、敵の大きい機械亀の上に帝国皇帝の紋章が見えますよ。で皇帝の証の赤マントをなびかせる人がいますねぇ、あれって……」
両手の親指と人差し指で輪を作り、それを目の前と腕を伸ばした先に構えて遠くを見る魔法遠眼鏡で対岸を眺めていたミール・ロザリアが呑気な口調でそう告げる。
「機械帝国皇帝! エギア、ガルバンスっ!!」
女王が反射的に立ち上がってそう吐き捨てる。魔法を汚れた者などと称し、鉄や鉛で自然を切り裂き汚す大悪人、ガルバンス一族の末裔を遠目に睨んで憤りをあらわにする。
機械帝国と魔法王国。その大軍が大河を挟んで、仕掛けられないでいた。
不倶戴天の、撃ち滅ぼしたくてたまらない、敵に対して。
◇ ◇ ◇
その時だった。遥か遠方から風に乗って、何かの破裂する音が聞こえて来たのは。
ドン、ドン、パリパリパリ……
「え……何の音?」
魔女たちがきょろきょろと周囲を見回し、その音の根源を探す。
「あ、みんな、うしろうしろ!」
「あれは……花火か?」
機械帝国の兵たちも同じ方向、魔女たちの遥か後ろにあるエリエット山脈の方に見入る。
「何だ? なぜあんな所から、誰が打ち上げておるのだ!?」
戦場の遥か後方、エリエット山脈の方角で次々と打ちあげられる花火。昼の空に火の花が次々と咲き乱れ、火薬の破裂する音や焼ける音を届ける。
「うわぁ……キレイね」
「夜に見るともっと映えそう」
魔女たちは初めて見る火薬の芸術に、思わず戦争を忘れて見とれる。
「花火……我が帝国の技術ではないか。ならばあれは味方か?」
そう呟いたのは皇帝の傍らにいる大臣、フォブスだった。もしあそこにいるのが味方ならば、突っ込ませれば魔女どもを挟み撃ちに出来る、その手柄を何とかワシの手に出来ぬかと知恵を巡らせる。
が、反対側に居たラバン大臣が遠眼鏡で花火を見ながら、その思考を止める。
「な、なんか……ヘンじゃのう。違和感というか、ほれ、遠近感が……」
その瞬間だった。広大なエリエット山脈のふもとに、一斉に爆発が巻き起こったのは。
まるで横に広がった山脈の絵の下の部分に、煙が瞬時に巻き起こるかのように。
「え、えええええ!? 何アレー!」
「な、なんじゃあぁぁぁぁぁぁっ!????」
その光景に驚いたのは、魔女たちであり帝国兵である。両者とも敵味方の区別なく、異様な光景に同じ意思、同じ絶叫を発する。
エリエット山脈が、左右数十キロはあるはずの巨大な山脈が……
まるで看板のように、こちらに倒れ始めた。
「うそでしょおぉぉぉぉぉ!!」
「あ、あれって……でっかいカンバン!?」
「ンなアホなぁぁぁ」
「って倒れる倒れるっ!」
「どんだけでっかいんだよ! つかあれ作ったの誰だよ」
「あああああ……もうわけわかんない!」
そのエリエット山脈に見立てられた、超巨大な騙し絵が、ゆっくりと、ゆっくりと、傾いて……
ぶわっさーーーーーああぁぁぁぁぁんっ――
おごそかに、そして豪快に倒れた。土煙を巻き上げ、先にある本物のエリエット山脈を曇らせる。
◇ ◇ ◇
誰もが固まって動けないでいた。目の前で起きた余りにもあまりな現象に、その場所から目が離せなかったのだ。
そして、煙が晴れ……
そこには、街があった。
「え……あれって、都市?」
「なんで? あ! あの山のカンバンのうしろに隠れてたのね」
「って、そもそもなんであんな所に、街があるんだぁ!?」
「ココ最前線のハズでしょー? なんであんな立派な街があるのよぉ!」
もはや戦争は完全に意識から外れていた。川を挟んでお互いが手を出せない膠着状態にあって、この大仰なトンデモ展開なのだから無理もないだろう。
そして、その遥か向こうの街から、今度は別の音が、音楽が聞こえて来た。
ダララララララッ、ダンダンッ
ジャーンジャーン、ジャンッジャーン
パッパラパッパー、パラピラパラ
ポロンポロン、ポロピロリン
「これは音楽の……演奏?」
「こっちに向かって来る! ほらあそこ、鼓笛隊が行進してくるぞ」
「空を飛んでる連中もいる、楽器鳴らしてるよ」
「っていうか、あの服装……魔女と、帝国兵?」
地上から行進して、空中をホウキで飛びながらフォーメーションを組んで、いくつもの鼓笛隊の列がこっちに向かって来る。
そしてその全ての人間は魔女服を纏った女性と、帝国の軍服を着た男性で構成されていた。
「一体……何が起こっておるのだ!」
エギア皇帝が双眼鏡でその様を眺めながら思わず吐き捨てる。我が帝国の軍服を着た兵士が、あろう事か魔女どもと仲良く楽器を演奏しながら行進してくるとは!
「一体これは……聖母マミー・ドゥルチ! あなたには分かるのですか、あれが敵なのか味方なのか!」
女王リネルトの問いかけにマミーはふふっと笑みを見せ、答えになってない答えを返す。
「敵ならば魔女が居るはずはありません、味方なら兵国兵士がいるはずもなし……ただ一つ言えるのは」
そこで一度言葉を切り、女王の正面に向きなおって続ける。
「もしあれを攻撃したら、その瞬間に彼らは敵になる、という事です」
その言葉にゴクリ、と唾を飲み込む女王。確かに今はただ楽器を演奏しながら近づいて来るだけ。でももし私達が攻撃したら、あの者達は私達に反撃するだろう。そうなれば川の向こうの帝国軍と挟み撃ちの攻撃に晒されてしまう!
「全員、下がりなさいっ! あの者達に手出しをしてはいけませんっ!!」
女王の命令一下、魔女たちは迫りくる鼓笛隊に対してざざぁっ、と左右に分かれて進路を開ける。何か所から出て来たいくつかの鼓笛隊は、魔法王国軍が開けた進路に合流して、ひとつの大きなチームになって行進を続ける。
そしてその先頭で指揮棒を振っている魔女を見て、四聖魔女のミール・ロザリアが思わず声をかける。その指揮者は……
「ハラマ、ハラマじゃない!」
「な、なんですとぉっ!?」
その声に、王国の男性が集まっている場所からダリルさんも飛び出して来る。遺伝子上とはいえ自分たち夫婦の娘が、この鼓笛隊の先頭を指揮しているのに驚きを隠せない。
ハラマは右手で指揮棒を振りながら、二人に向かってウィンクし、左手で「ぶい」とチョキサインを出す。そのまま止まらずに魔女たちの間を抜け、川のほとりに達した所で大仰に指揮棒を振る。
それを合図に、演奏者たちが一斉に引き返し始める。いや、一部の者達はそこに残り、ハラマを戦闘に一定の間隔を開けて整列し始めたのだ。
ほどなく川渕のハラマから男女一人づつ交互に並んだ長い列が出来上がった。その遥か先はさっきの街すら通り抜け、その先の森まで繋がっている。
そしてまたハラマが指揮棒を振り、その手を隣の男性と、しっかりと繋いだ。
「ひょえええええ、あのハラマが、男の人と手を繋いだ!?」
「なんと、成長されましたな……」
嬉々とするミールと感動して涙を流すダリル。当のハラマはそんな二人の親を見て恥ずかしそうに頬をぷぅ、と膨らませる。
その間にも鼓笛隊たちは楽器を置き、隣の異性と次々と手を繋いでいく。まるで一本の長い長いロープを、人間の手によって繋いでいくように。
その男女平等のフォーメーションに、周囲の魔女達は思わず顔を赤らめて黄色い声を出す。
「なになになに? なんかすごいことがおこってる」
「あーんわたしもまざりたい~」
「ふっ、不潔ですわ! 男女が手を繋ぐなんて」
その時だった。手を繋いだ遥か先の森の方から一発の花火が上がる。
そしてそれを合図に、遥か向こうの方から、手を繋いだ人たちが光を放ち始めたのだ!
「な、何? なにごと?」
「こっちに向かって来るわ」
まるで光が人間を通して伝って来るように、次々と手を繋いだ人間が光を発していく。やがてそれは先頭にいるハラマまで届き、彼女は誰よりも強い光を浴びて輝く。
「きたきたきたきた、キマシタワーっ!」
右手を高々と掲げ、送られ続けてくる光を、否、魔力を、手の平に灯し……
「共鳴魔法っ!」
魔法の唱和と共に、地面に向けて叩き付けた。
ビシュアァーーーン
光と透明感のある音を発しながら、彼女が手を突いた場所から魔法陣が広がっていく。それは最初1mほどの大きさだったのが、10m、30m、100mとあっという間に大きくなり、魔女たちをたちまち覆い尽くした。
それでも魔法陣の拡大は止まらない。さらに膨張を続け、ノシヨ川を超え、やがて帝国兵すらその魔法陣の中に飲み込んで行った。
底知れぬ魔力のキャパを持つハラマが、魔法の森から人の列で魔力を引っ張って来たからこそ可能になる、あまりにも巨大な魔法陣が描かれていく。
「ふ、ふあぁぁぁぁ……」
そこまで魔法陣が大きくなった時、ハラマを始めとする手を繋いでいた鼓笛隊の全員が、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
魔女たちも、帝国兵たちも、一体何が起こったのかを理解はできなかった。
あの街は一体何なのか、何故エリエット山脈の看板など立てていたのか、そもそもあの鼓笛隊の連中はどういう人間なのか、そして今発したこの魔法陣はなんなのか……情報が多すぎて、とても率先して行動を起こす気にはなれなかった。
「あ……またなんか来る」
「今度は何よぉ~」
川の下流から、バラバラバラ……という音と共に何かが飛んでくる。あ、あれは……
「へりこぷたぁ、じゃないか!」
帝国の技術者ハル・イグイがその飛翔機械を見て発する。先だって行われた飛翔大会でギャラン少年が披露したそれと同じものだ。操っているのは機械帝国軍服を着た若い下士官……はて、どこかで見たような。
「上流から、魔女が飛んで来たぞ」
反対側からは、わりと普通に一人の魔女がホウキに乗って飛んで来た。緑の魔女服に身を包んだ、金髪の若い魔女だ。
やがて二人は空中で対峙し、そのまま川の中央、中洲の部分に降り立つ。
腕組みをしながらそれを眺めていたアトン大将軍は、心の中でその二人の名を唱え、その成り行きを緊張の面持ちで見守っていた。
(さぁ、ステア・リードよ、カリナ・ミタルパよ。これから何をしでかすのか、とくと見せて貰おうか!)