第57話 天網恢恢疎にして漏らさず
「撃てえぇぇぇぇっ!」
ドドドドドドドン! ドンドンドンッ!!
銃声と砲撃が、陽の落ちたエリア810の戦場に轟く。真っ赤に焼けた弾丸が流星となり、空気を切り裂いて魔女の群れの隙間を通過していく。
「ひ、ヒィッ!」
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「うわあわわわっわわわっ」
魔法王国軍。四聖魔女レナ・ウィックル所属の庶民魔女たちは、自分のすぐ横を通過する銃弾の恐怖とプレッシャーによって、帝国兵の男性と戦争にかこつけて仲良くなりたいと喜び勇んで先頭を切って向かった自分達の愚かさを思い知ることになった。
命中するだけで人間に致命傷を負わす事が出来る『銃』という武器の恐ろしさをまさに目の当たりにして、自分たちが抱いていたお気楽な空気を吹き飛ばす。
そう、それが『戦争』という恐怖。
機先を制された魔女たちはたちまち回れ右をして、ほうほうのていで本隊の方に逃げ帰っていく。元々は志願して戦争に参加した素人さんゆえに、怖さに支配されるとなりふり構っていられなかった。
そんな逃げ惑う魔女たちと入れ代わるように、ふたりのホウキに乗った魔女が帝国兵の前に飛んで来た。部隊のリーダーのレナとアドバイザーのリーンだ。
「だから言ったでしょレナ様! 素人を最前線に突っ込ませるなんて!」
「う……数と勢いで押せると思ったんだが、悪い甘かった」
リーンがレナを叱責する。いくら強力な魔力を持つ四聖魔女といえど、このエリア810で帝国兵と戦い続けて来たリーン達にはさすがに練度の面で差が出る。
そもそもそんな簡単に勢いで押し切れるのなら、とっくにここは魔女の支配下になっていたはずなのだから。
「敵の追撃を押し止めます、恵雨礫を!」
「お、嬉しいねぇ。アタイが生み出した魔法が早速役に立つわけか」
「敵の武器は火器なので、水が有効ってだけです!」
リーンの指示に従い、レナがホウキの上にスッと立ち、その褐色の肌を妖艶に踊らせて呪文を唱える。彼女の踊りはそれだけで魔法の威力を信じられないレベルまで底上げするのだ。
「行くよ! 『恵雨礫』!!」
大きく反り返った後、体を「く」の字に曲げて前方に手を突き出す。そこから放たれた水魔法、いや『雨』は、まるで集中豪雨を横倒しにしたかのように帝国兵に降り注ぐ。
「うわっ、痛だだだだっ!」
「イタザーザか? なんだこのデタラメな威力は!」
「銃を濡らすな、全員戦車の後ろに避難しろっ!」
バババババッ! という轟音を立てて兵士や木々、そして戦車に叩き付けられる水つぶて。何人かの帝国兵は打ち据えられて転倒し、持っていた銃を吹き飛ばされ、水弾に叩かれた箇所はミミズ腫れになっていた。
そして、一番前に居た第二小隊の戦車がその豪雨をまともに受け、傾いていく。
「ヤバい! 横転するぞっ!!」
「第二小隊、戦車から退避、退避いぃぃーっ!」
間一髪、横倒しになる戦車の影に隠れていた兵士は下敷きから逃れ、倒れた後には戦車の中にいた兵士たちが這い出して、他の小隊に合流していく。
「へん、ザマーミロい!」
ホウキの上でガッツポーズを決めるレナ。が、さすがに部下全員が逃げ帰ったこの戦場にいつまでも居るわけにはいかない、リーンに「ほら早く引くわよ」と手を引かれ、しぶしぶ本隊の方に撤退する。とりあえずは一矢報いたといった所か。
本隊まで下がり、女王リネルト・セリカに失態を報告するレナ。先走った部下たちの尻拭いもリーダーとしての義務ではある。
「聖母魔女マミー・ドゥルチ。なにか良い知恵はありますか?」
女王がレナの失敗を鑑みて、今後の方針をこのエリア810で戦ってきた老魔女に問う。応えてマミー・ドゥルチは手を広げ、にこやかな顔でこう諭した。
「敵は総勢でも百名足らず、こちらは一万。ならば数の利を生かすべきかと」
◇ ◇ ◇
「ふぅ、あれが四聖魔女か。確かにとんでもねーな」
「つか、最初の魔女たちなんか目が血走ってたなぁ。ヨダレたらしてた奴もいたぞ、こえーよ」
「全員、当ててないだろうな」
「大丈夫です、リーンさん達の仕掛けていた位置把握魔法と俺達の隙間打ち魔法で、全弾外してますって」
機械帝国側の面々が敵の最初の襲撃を躱した後、一度密集して次の作戦に備える。
この決戦も彼らにとっては、今までの810の戦闘と同様にあちらの魔女(810所属)の面々と打ち合わせた上でのシナリオに沿って行われている。
ただ今回は敵のほとんどがそれを知らず、この戦争を本気の殺し合いだと思っていることだろう。なので今までとは危険度もプレッシャーも段違いのレベルだ。
その困難な仕事を実現させるため、聖母マミー・ドゥルチ以下の810所属魔女たちには、敵さんのアドバイス要員を装って、こちら側にこっそりイロイロと協力してもらう手はずになっている。
そして聖母様や魔法研究者のリリアスなど、熟練の魔女によってこの戦闘に必用な新魔法をいくつも開発して貰っていて、それも戦いのシナリオに綿密に組み込まれていた。
先の戦闘でリーンが使った位置把握魔法は、魔女の体温を赤く浮かび上がらせてその位置を詳しく知れる魔法だ。ただし見るにはある程度距離を開けねばならず、隣り合う魔女たちはまさか味方のはずのリーンに自分たちの場所を知らされているなど分かろうはずもなかった。
そして帝国兵が使った魔法隙間打ちは、銃弾にスキマを通す能力を兼ね備えたものだ。魔女はもちろん人や動物、そして木々さえひょいひょいよけつつ飛んで、自然落下するまで何にも命中しないという効力を備えていた。
帝国兵との戦闘に慣れた魔女なら、大砲や弾丸の着弾音が一切しないことに気付いたであろうが、これが初めての戦場であるレナの部下たちには気付かれる心配はないだろう。
「さて、第二ステージだ。抜かりなく頼むぞ」
「「アイアイサー!」」
ホウキに乗った魔女の群れが、前後左右上下に等間隔の距離を取って、ひとつの群体となって森に進んでいく。
レナとの部下と、新たに加えられたミール・ロザリアの指揮する魔女たち総勢五千人が、まるで巨大な立方体のようなフォーメーションを組んで進むその様は、まさに魔女で構成された巨大な要塞のようだ。
「全員等間隔に距離を取って。魔女同士の間を詰めると敵の銃に当たりやすくなるわ!」
リーンやワストなど、810勢の指示によって帝国兵の本陣に少しづつ近づいていく。百対五千の圧倒的有利な状況を生かすためには、人数の圧で相手を動揺させるのが一番だ。
そして遠目に帝国の兵たちが固まっているのを視認したのを見て、ミールとレナが全員に指令を下す。
「さぁ、私たちの美しさを見せつけてあげましょう、『夜の月』!」
「「夜の月!」」
その瞬間、魔女全員が体から青白い光を発した。まるで天使か精霊のように。
整然と整列して飛ぶ五千人もの魔女が、夜の闇にて一斉に光を発したのだ。夜空に浮かび上がった巨大な魔女の群体は、下にいる帝国兵を恐怖に陥れるのに十分な『数の暴力』を示すのに十分であった。
「と、とんでもねぇっ!」
「なんて……数だよ」
「ビビるな、銃構え、撃て撃てぇいっ!!」
ドンドンドン、パパパパーン
銃を乱射する帝国兵だが、魔女たちはまだ遥か上空、遥か向こうだ。射程外で放たれた銃弾が届くことは無く、ただ弾薬を無駄にしたのみだった。
しかしそれも無理からぬ事、夜空に輝く魔女たちの大軍は、一人一人が広く間隔を取って、しかも個々に光り輝いているせいでより多く、そして大きく見える。
その人数の圧は、実数以上に帝国兵たちにとってのプレッシャーになる。
「も、もう、ダメだ、逃げろーっ!」
誰かがそう発した時には、すでに下士官たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ始めていた。無理もない、彼らにはもうとても敵わないという印象があったのだから。
「こ、こら! 逃げるな、踏みとどまれっ!」
最初はそう怒鳴っていた各隊の隊長たちも、魔女の群れが迫り来るにつれてひとり、またひとり悲鳴を上げて逃げ出していった。
もはや戦車の上に残っていたのは、総司令官のイオタただ一人になっていた。彼は逃げる兵たちに最後まで怒号を飛ばし続けていた。
「貴様ら! それでも誇り高き機械帝国の精鋭かっ! 兵士としての矜持はどうしたあぁぁぁぁっ!!」
かくして総崩れとなる帝国軍を眼下に眺めて、魔女たちは勝利と嘲笑の笑みに包まれたいた。さっきまでの恐怖はどこへやら、自分たちの優位と敵の無様に、優越感と勝者の余裕が彼女たちの感情を支配しつつあった。
「見えたわ、帝国軍司令官イオタ・サブラ! アイツを捕らえたらこの戦いは勝ったも同然よ!」
「りょーかい。んじゃ逃がさないように包囲しないとね。みんな、逃げ道を塞いで♪」
リーンが帝国の司令官を発見し、ミールの部隊がその上空を通過して逃げ道を塞ぎ、後詰のレナの部隊と合わせてリングのようにイオタを取り囲む。
「攻撃しちゃ駄目よ。アイツには喋ってもらう事が山ほどあるんだから」
リーンがより確実な勝利のために念を押す。長年このエリア810で機械帝国の司令官を務めてきた名将、イオタ・サブラを捕らえて敵の情報を吐かせることが出来たなら、もうこの地は魔法王国の手に堕ちたも同然だ。
地上も、頭上も、まるで羽虫の群れのように埋め尽くして、五千の大群でイオタ一人を取り囲む。もはや彼の命運は風前の灯火かと思われた。
が、当のイオタは何故か余裕の表情で周囲を見回し、手を腰に当てたまま軽口を叩く。
「いやー、誰かが言ってたけど、大勢の魔女に隙間なく取り囲まれるってのはなんか男冥利に尽きるなぁ。ホントこれで不能じゃなきゃねぇ」
やがて彼の前にレナ、ミール、そしてリーンが降り立つ。レナが一歩前に出て、最初にしてやられたお返しとばかりに、ニヤリと笑みを見せて告げる。
「さぁ、観念しな司令官さん。これからゆっくりと可愛がり……もとい、尋問してあげるからさぁ」
その言葉に周りの魔女たちが一斉に色めき立つ。終生男日照りな平民魔女たちにとって、思いの外カッコイイ帝国司令官にこれからアンナコトやコンナコトをするかと思うと、どーしてもカオがユルんでしまう。
「なぁ、アンタら。何か忘れてないか?」
「あん? 何をだよ」
未だ余裕のイオタの発言にレナが首を傾げる。この事態にあって何を余裕こいてるんだ……?
その答えを、イオタは魔法の詠唱で示して見せた!
「水鏡の門!」
「……え!?」
「な、なんで!」
「ウソ……って、そういえば! 帝国兵が魔法を使えるようになった、って?」
イオタの足元にあった不自然な水たまりが光を放つ。二つの地点を水鏡で繋ぎ、瞬時に転移する高等魔法!
「そーゆーコト。な、ナーナ」
「なー、いおたー」
彼の傍らに浮く銀髪の精霊とそう頷き合った後、イオタたちはひょいとその水鏡に飛び込む。
「ま、待てっ!」
レナが駆け寄るがもう遅い。水鏡の門は術者のイオタを飲み込むと同時に消失し、そこはただの水たまりに戻っていた。
「転移する先はそんなに遠くないわよ。みんなー、周囲をチェックしてねぇ~」
ミールが特に慌てずに指令を出す。あの呪文は転移距離がせいぜい1km未満で、しかも転移する先の水鏡も同様に光り輝く。なら周囲のどこかに出口の光が灯るはずだ。
「上っ、真上ですぅ~!!」
魔女の一人がはるか上に開いた水鏡の門の出口を指し示す。そこから現れたイオタは、その傍らをホウキに乗って飛ぶ兵士から、自分用のホウキを受け取って、それに乗る。
「って、帝国兵もみんな上にいます!」
「逃げたんじゃ無かったの?」
「はるか上空に広く展開してる……まさか、ハメられたのか!?」
レナの嘆きに、周囲の面々が背中に冷や水をかけられたように動揺する。
そうだ、もし帝国兵が自らの総司令官をオトリにして、私たちを一か所に集めたんだとしたら!
……まぁ「ハメられた」のセリフに、別の意味で顔を赤くしてる魔女も多いんだが。
「ケッ、たかが百人で何が出来る! 全員突撃してとっ捕まえろっ!」
レナに続いて大勢の魔女たちが次々と上に向かって飛んでいく。確かに敵一人に対してこっちは50人がかりなのだ。しかも空の上にいる兵たちは銃を持っていない、だったら飛んで行けば楽勝じゃないか!
でも、彼女たちには見えていない。銃以上に恐ろしい武器ともいえる、魔法伝道師の精霊ナーナが、彼らひとりひとりに憑りついているのが。
「じゃ、頼むぜギア」
「イエッサー!!」
もちろん帝国兵たちは策も無しに魔女の上を取ったわけではない。これから使う魔法もまたマミー・ドゥルチやリリアス達がこの戦いのために編み出した重要な魔法だ。
あの雷撃魔法と同様、大勢の魔法使いが力を合わせて初めて成せる広範囲の強力な魔法!
音頭を取るギア隊長の合図の元、空に浮かぶ全員の帝国兵魔法使いがその呪文を唱和する。
「「「共鳴魔法!!!」」」
呪文と共に夜の空に巨大な魔法陣が展開される。この魔法は次に発した魔法を、任意の者達がシンクロして同じ魔法を発動させるという大技だ。つまり今誰か一人が魔法を使えば、ここにいる全員が同じ魔法を……
「んじゃ行きますか。穴だらけの天網!!」
イオタが下の魔女たちに向けて放った魔法、木のツルで編まれた小さな網は、やがて10m四方ほどの大きな投網となり……
共鳴魔法によってシンクロした上空に浮かぶ百人の帝国兵全員が、同じ魔法を眼下に向けて放ったのだ。
かくしてそれは一辺1kmほどの巨大な投網となり、やっきになって上昇してきた魔女たちを次々と捕えていく。
「ちょ、ま、待って……ヘンなとこに絡んだぁー」
「あたしたちは魚かぁっ!」
「やだ、動かないでよぉ、引っ張ってる引っ張ってる!」
魔法によって繋げられたその網、かかるのが一人二人ならそう混乱するものではない。落ち着いて網の絡みを外すなり、魔法で網を切るなりすればいい。
だが、数千人が一斉にかかるとそうはいかない。隣の魔女が絡んで網を引っ張れば、当然その近所の魔女も網に巻かれる、もがけばもがくほど大勢が網に囚われていくのだ。
結局、飛んで来た大勢の魔女たちは根こそぎ網にかかり、ゆっくりと森まで落下していった。
「おーぼーえーてーろー!」
「ちょ、あなた飛んでよ。なに網にしがみ付いてんのよ」
「ホウキ落としちゃったんだからしょうがないでしょ、キーッ!」
「ああん、なんか絡みつく網の感触がキモチイイ……」
「いつまで色ボケしとんねん!」
悲喜こもごものセリフを吐きながら森へと降りていく魔女大漁の投網を見下ろしながら、イオタはぽりぽりと頬を掻いて感慨深く嘆いた。
「天網恢恢疎にして漏らさず、か。ご愁傷様」
魔法王国と機械帝国の一大決戦。序盤は帝国側が戦いを優勢に進めていた。
まぁ、実は810の魔女やリリアス、おまけにミールまでひそかにこちら側なのが大きいのだが。
そして戦いは、さらに続いていく。