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第47話 感染拡大

 ドラッシャさんの一件は僕たちを、そしてエリア810のみんなを騒然とさせた。


 男性が、魔法を使える。

 妖精のようにふわふわと空を飛ぶ少女”ナーナ”に憑りつかれた時から、その男性は魔法を使う事が出来た。

 引き換えに、男性としての生殖能力を失う。つまり不能(AD)になる――


「どう考えたもんかなぁ……魔法は使いたいけど、男としての立つモンが無くなっちまうとなると」

「っていうかホントにそんな女の子いるの? まーったく見えないんですけどー!」


 リーンさんの意見に魔女全員がうんうんと頷く、ただ二人の例外を除いて。

 そう、僕ステア(体はカリナ)とカリナ(体はステア)の二人。心と体で男女を入れ代えている僕たちは、共にナーナの姿が見えていた。


 ちなみにドラッシャさんは隠し村の奥さんを呼んで事情を説明するも、奥さんにもナーナが見えなかった事で、単に旦那が不能になってしまったと思い込んでたいそう嘆いていた……まぁあの隠し村の住人なんだし、夜な夜なさぞハッスルしてただろうから無理もないなぁ。

 ナーナが見えたら見えたでロリコン扱いされてたかもしれないけど。


「で、ステア君。そのナーナっていう娘は、いま三人だけなのよね」

 聖母マミー・ドゥルチ様の質問に頷いて答える。僕が知っているナーナは、魔法王国に出発してすぐ知り合った金緑色の髪の娘と、四聖魔女(実は男)リリアス君の側にいた栗毛色の髪の娘、そして今日見たばかりのピンク髪のドラッシャさんに憑いていた娘さんの三人だけだ。


 そして、最初僕に憑いていたナーナは、あの時ハラマさんと一緒に姿を消してしまった。そして、その彼女が別れ際に言った言葉が今も引っかかっていた。

「あのナーナが出会った時に行ったんです。彼女にはやらなきゃいけないことがある、って。そして先日に追いかけた時、それを思い出した(・・・・・)って言ってました」


「それが仲間を増やす(・・・・・・)って事?」

「それは……分かりませんけど」


 ナーナが何者なのかすらそもそも分からない。彼女はどうして女性には見えないのか、何故男性に憑りついたらその男性が魔法を使え、かつ不能になるのか。どうしてハラマさんを連れて行ったのか。

 そして、どうして体を入れ替えた僕とカリナには見えるのか。そんな僕に憑りついても何も変わらないのか。


「と、とにかく……由々しき事態である事に変わりは無いわ」

 魔女ワストさんがそう声を上げる。彼女たち魔女にとって愛しの男性が不能になってしまったんじゃドラッシャさんの奥さんの二の舞だ。なので愛しの彼がナーナに憑かれるのは何としても阻止したいんだけど……姿が見えないんじゃ阻止しようがない。


「ま、まぁまだ三人だけだし、ドラッシャさん見ててもナーナ一人で二人以上の男に影響を与えることはなさそうだし、そんな大事になる事はないんじゃないかな?」

「だよなぁ。だったら憑りついたナーナを引きはがす方法を見つけたら万事解決じゃね?」

「だーかーらー! 私たち魔女には見えないのに、どーやって引き離すって言うのよ!」

 うーん、そりゃそうだ。ナーナはどう見ても『魔法の申し子』っぽいし、帝国兵が機械や工具で引き離すような存在じゃなさそうだ。


 とはいえそもそも世界でたった三人しかいない希少な存在なら、それ以上被害が拡大する事もないだろうし、それよりも……

「まずはハラマさんですよ。ナーナと一緒に行っちゃった彼女を早く保護しないと!」

「でもねぇ、昨日から魔女総出で探してるんだけど、見つからないのよ」

「まさか、とは思うけど……隠し村の奥の方の森に行っちゃってる可能性があるのよねぇ」


 そう、昨日ドラッシャさんがナーナと出会った森は、この810でも特に魔力が濃い区画だ。普通の魔女が立ち入れない(立ち入ると魔力を過剰に受けて発情(サカ)ってしまう)あそこに、ハラマさんを連れ去ったナーナがいる可能性は大きい。


「んじゃ、俺達帝国兵が探しに行こうか?」

 イオタ司令官の言葉に、彼女であるリーンさんが腕にすがってそれを止める。

「駄目! もし他にもそのナーナってのがいて、あんたまで不能になったらどーすんのよ!!」

「そうよそうよ」

「せっかくよろしくやれてんのに、不能になんかなって欲しくないわ」

 多くの魔女たちがそれに追随して抗議の声を上げる。まぁ魔女さん達の主張も分からないでもない。せっかくここエリア810では男と女が仲良く出来てるのに、それを壊される事に対する恐れもあるだろう、そして……


「魔法を男性が使えたら、世界のバランスが崩れるからな」


 そう発したのは機械帝国ナギア皇太子だった。続いてラドール夫人がため息交じりに言葉を紡ぐ。

「かつて世界は男性が回していたわ。でも魔法が生まれてからは女性の社会になり、男は機械を生み出してそれに対抗してきた……でももし、男が魔法を使えるようになったら、どうなって?」


 しん、と沈黙が訪れる。そう、魔女たちにとって恐れるべきは、男性が魔法を使えるという(・・・・・・・・・)誘惑(・・)に負けて、ナーナを受け入れてしまう事なのだ。

 ここの810の魔女さん達も本当に何より恐れるのは、意中の男性がその魅力に負けて、パートナーを捨ててでも魔法使いになり、その超常の力に溺れてしまうことなのだ。

 『空を飛ぶ』という、魔女にとっては当たり前(・・・・)の事すら、帝国の男性にとっては命がけで挑む夢の能力(・・・・)なのだから。


「ま、とにかくしばらくは様子を見ましょ。ひょっとしたらドラッシャに憑りついてるナーナとやらも離れるかもしれないし、不能も何らかのきっかけで直るかもだしね」

 聖母様の言葉を最後に一度解散となった。ハラマさんの捜索もあるし、僕とカリナの入れ替わりの魔法の研究も進めなければいけない。加えて帝国から来ている皇太子夫妻と、今後の事も協議していかなければいけないのだから。



 だけど、僕達……いや、この世界には、そんな余裕も暇もなかったんだ。


      ◇           ◇           ◇    


 翌日の朝、隠し村から大勢の男女が、帝国の駐屯地や魔女の館に殺到したのだ。


「大変よぉ~、ウチの旦那が、旦那が……勃たなくなっちゃったのよぉ~」

「見ろよコレぇ! 魔女の魔法で雷撃呪文(イヨミクル)ってんだろ? 俺一人でも撃てるんだぜ、スゲーだろ」

「ウチの子が……ホウキに乗って空を飛んだのよ、男の子のはずなのに!?」

「にしてもなんなんだろうなぁこの幼女、昨日から俺の肩に乗っかっちゃって……まぁおかげで魔法使える見たいだけども」


 総勢30人以上の男性に、それぞれ髪の毛の色が違うナーナが、憑りついていた(・・・・・・・)んだ。


 ――世界のバランスが今、大きな音を立てて崩れ去ろうとしていた――


 でも、まだ僕たちは、その事態の本当の深刻さ(・・・・・・)に気付いてはいなかったんだ。


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