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第45話 世界がひび割れる、最初の音

 夕刻。エリア810の森の中のミーティングルームにて。どんよりと重い空気が張り詰める中、上座に陣取る機械帝国の皇太子、ナギア・ガルバンスが言葉を発する。


「とりあえず、何からツッコむべきなのか……教えて欲しいものだな」


 その問いに全員が「あー」と息を吐き目を泳がせる。まずお約束の懸案として、戦場最前線で帝国兵と魔女が仲良く戦争ゴッコをやっている事。魔法の力で心と体が入れ替わった帝国兵(ステア)魔女(カリナ)が、なんと敵国の首都まで見聞を広めに(スパイこういに)行ってた事。魔法王国側から来た若い魔女が突然豹変し、妙な幼い子供とともに姿をくらませてしまった事。


 さらにはここで戦死扱いになった者達が集い、結婚や出産までして街の体を取っているという事実まで明らかにされた。

 それはナギアたち皇族にしてみれば、反乱独立国家の樹立として見過ごすわけにはいかない事案だが、だからといって隠そうとして隠し通せるものでもない、戦死した人間はどうなったかと聞かれると返しようが無いからである。


「ま、とりあえずここの魔女と兵士さんは、皇太子殿下とラドールさんの関係みたいなものよ」

 聖母マミー・ドゥルチの発言にふたりが「うぐ」と言葉を詰まらせる。彼らが乗っていた飛翔機械は、本来帝国で禁じられているはずの魔女の力なのだ。国のトップがこっそりと(・・・・・)ご禁制の魔女の力を使っていたのは、このエリア810で帝国兵と魔女がこっそりと(・・・・・)なかよししているのと状況が似すぎている。もしバレたらお互いに身の破滅まであるのだ。


 次に懸案になったのは、帝国兵士と魔女が心と体を入れ替える事が出来たと言う事だ。

 一見すると単なる未知の魔法現象にすぎないかもしれないが、もしこの魔法がメジャーになると世界の状況は一変する。お互いのスパイ行為が極めて容易になるのみならず、魔女の体を借りれば男性でも魔法が使えるようになる、この事は今の常識を一気にひっくり返すほどの影響をもたらすだろう。


 魔法の使えない男性が、それに対抗するために樹立したのが機械帝国なのだから。


 ま、それはそれとして、ステアとカリナを元に戻すのは前提ではあるが。

「ふんふん、四聖魔女のリリアスちゃんの研究、随分進んでるわね。これなら二人が協力してくれれば、ほどなく一つの魔法として完成を見るわよ」

 聖母様が、ステア(体はカリナ)から預かって来た書類を目で追ってそう言うと、カリナとステアは、ほっと胸をなでおろした。

 お互い体を入れ代えて、実に貴重な体験を続けて来た二人ではあるが、やはりそろそろ元の体に戻りたいのが本音なのだ。


「あ、あのー、いいですか?」

 手を上げて発言するステア(体はカリナ)に、全員がなんだなんだと注目する。

「え、えっと、言っていいのかどうかわかりませんけど……リリアス・メグルさん、実は男性、なんです」


「「えええええええええーーーっ!???」」

 部屋に詰めている魔女たちがその事実に一斉に仰天する。若いというか幼い天才魔女の異名で、王国魔女に走らない者の居ないほどの四聖魔女が、実はオトコ?


「あとー、あの空に消えて行ったハラマさん。彼女も四聖魔女のミール・ロザリアさんの娘さん、ってコトになってます」

「ちょ、ちょっと待って……情報量多くてアタマが追い付いてこないわ」

 ステアの発言に皇太子夫人のラドールが頭を押さえて流れを止める。まぁ無理もないかな、正直二人が持ち帰った情報や連れて来た面々と、それに連なる騒動はあまりにも多くの要素を含んでいて、一度に聞かされても対応に困るのは当然だろう。


「ま、今日は夜までふたりの旅紀行を拝聴するとしようか」

 帝国司令官のイオタの提案に従って、その夜はステアとカリナの旅行話と相成った。

 帝国兵も、王国の魔女も、皇太子夫妻も、そしてステアもカリナの、カリナもステアの見聞きしてきた相手国の事情と、そしてそれを反対の立場の人間から(・・・・・・・・・・)見た感想(・・・・)を聞き、一人一人がお互いの国に想いを馳せていた。


「そんなに……空が飛びたいの? 落っこちて死ぬ危険を冒してまで」

「ある意味人類の夢だからな。そこは本当に魔女が羨ましいよ」


「魔女ってやっぱ嫌われてるのね……むこうじゃ」

「怖がられているのは確かにそうさ。武器を持って警戒してなきゃ、いつでも自分を殺せる力の持ち主だからな」



「ひぃぃぃぃ! タマを取られてるって? 俺機械帝国に生まれてて良かったぁー」

「それを培養して子供を作る魔法胎樹、か。男が必要ない世界まっしぐらだな」

「そんな事無い! 聖都レヴィントンでも田舎でも、男性との親しいお付き合いは全女性の憧れよ!」


「男にしか見えない女の子……御伽話の精霊みたいなもんか?」

「『ナーナ』って名前がいかにもだよな」

「ねぇ、本当にハラマさんの肩に乗ってたの? 私達ぜんっぜん見えなかったんだけど」


 こうして話をしていると、両方の国にある()といものが何なのかが、おぼろげながらに見えてくる。


 機械帝国にあるのは、魔法が使えないというコンプレックスと、それを使える魔女に対して、自分が格下の生物(・・・・・)である事への恐怖と嫌悪がまず根付いている。魔女が魔法を使えば、男がやる事は本当に無くなってしまうのだから。


 対して魔法王国は、男性に対する憧れを残しながらも、社会的構築に関しては男を不要と考える意識が強いみたいだ。

 かつて魔法の無い世界では男性が社会を回し、女性は子供を産み、それを育んで家庭を守るという構図があったらしい。なのでそれに反発心を抱いていた女性たちに与えられた『魔法』という力が、王国の社会をそうさせてしまったのだろうか。


 そして長い年月を経て、お互いの国同士がもう修正不可能なほどに相手を否定する社会体制が出来上がってしまっている。帝国は魔法を忌み嫌い、魔法王国は男性に対してアクセサリー以上の価値を見出せない。ここまで軋轢が深いと、もう両国の融和は限りなく難しいだろう。


「「……でも」」


 ステアとカリナ(体は逆)が同時に口を開く。ハモったのを察して二人は少し赤くなり、周囲の皆はニヤニヤして地祇の言葉を待つ。


 ふたりは顔を見合わせ、お互いが同じことを言おうとしているのを察した、呼吸を合わせ「「せーの」」と言葉を重ねてから、二人は世界の未来を語る。


「「きっと仲良くなれます」」


「ここみたいに。お互いがお互いを『好き』と言う事が出来たなら」

「魔法は男女を引き裂きました。だけど、この810じゃ溢れる魔力で、女性が男性を心から求めることが出来るじゃない」


 そう。この810にある隠し村がかつての人間社会のように回っているのは、濃密な魔力によって女性が男性を求めてしまうのが、少なからず影響しているのだから。 


      ◇           ◇           ◇    


 翌朝。とりあえず魔女たちは行方不明のハラマさんの捜索部隊を編成し、日の出と共に彼女を探しに散っていった。帝国兵嫌いの彼女がもし単身レヴィントンに帰って、ここの素性をバラしでもしたら大事になる。間に合うかどうかは分からないが、そのへんに居るなら押さえておきたい所だ。


 ちなみにカリナとステアは聖母マミー・ドゥルチの実験体被験者として、しばらく魔樹の館に泊まり込んで付き合うことになっている。まぁ入れ替わった当事者なんだから当然なんだけど……


 帝国兵は野営地に戻って今後の話し合いをする。ナギア皇太子も立場上ここの事をスルーするわけにはいかないが、かと言って完全否定するわけにもいかない。うまい妥協点を探り出し、彼が帝位に着いたところで両国の融和を進めるかどうか、結論を出さざるを得ない。国のトップと言うのは例え専制国家であっても、国民感情を無視して独断で動くわけにはいかないのだ。



 だけど……そんな先の事を検証する時間は、もう、無かったのだった。


「おおおーーーーいっ!」

 森の向こうから、二人の人物がホウキに乗って彼らの元に向かって来る。そして、そのうちの一人は、まるで御伽話の妖精のように、()の傍らにふわふわ浮いている。


「なんかなー、オレ、魔法が使えるようになっちまったあぁぁぁーッ!」


 その姿を見て、声を聞いて、帝国兵全員が硬直し、息を飲む。


 まるで魔女のようにホウキに乗ってかっ飛んで来たのは、かつてステアが810に就任した日の戦闘で戦死扱いとなり、隠し村に引っ込んで妻や娘との生活を営んでいたはずの、元帝国兵士……ドラッシャだったのだ。



 その傍らに、魔力の名を持つ少女、ナーナを従えて――


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