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第36話 リリアス君の不思議な生い立ち

 魔法王国の頂点ともいえる四聖魔女(しせいまじょ)、『夜の安らぎの黒』リリアス・メグル。

 ()の生い立ちは、この魔法王国にあって、あまりに特異な物だった。


 14年前、この国の平民であったネバダ・メグルに卵子を提供され生を受けた()は事実上、魔法胎樹から生まれた初の男児だったのだ。

 だが、この魔法胎樹から産み落とされる時、立ち合える人間は限られていた。子を育てる気が無いならば教育機関の者たちが立会人となるが、もし卵子提供者の母親が子供を育てる気があるなら、彼女のみが出産に立ち会える事になっている。


 ネバダの家は貧しく、働き手が必要なために子供を成したのだが、それがまさかの奇跡の男児であった事にまず驚き、そして次の瞬間に彼女は邪な野心を抱いた。


(貴重な男……この子を秘密に育てて、上位魔女に嫁がせれば、一生が安泰じゃない)


 かくして彼、リリアスは母の田舎でひっそりと育てられた。表向きは普通の女性として周囲にばれないようにし、男性としての特徴が出てきたら国の上位魔女に売り込むつもりでいた。


 しかし、コトはネバダの思うようには運ばなかった。


 リリアスが八歳の時、彼は畑の片隅で不思議な少女と出会う。ホウキも使わずにふわふわ浮き漂うその栗毛髪の少女は、自分をナーナと名乗った。

 そして、彼女は自分以外には見えないどころか、認識すらされていなかった。ナーナが野菜の収穫を手伝ってくれても、母ネバダは「今日はずいぶん頑張るねぇ」などとリリアスの働きを褒める始末である。目の前にいるナーナに気付きもせずに。


 彼女と出会って数日たった時だった。彼はなんだか自分の体が変調したような気分になっていた。何とは言わないが、体から力が湧き出て来るような感覚に囚われていたのだ。


 ただしそれは、ナーナがそばにいる時だけ。


 母がトイレに行っている間、リリアスはなんとなく立てかけられている母のホウキを手に取り、母がやっているようにそれにまたがって力を込めた。


 ぶわぁっ!!


 周囲に風が巻き起こり、自分の体がホウキごとふわりと浮かんだ。その肩にナーナが乗っかって来て、「いこう」と天を指差した。

 それに習って、意識を空に向けた瞬間だった。リリアスとナーナを乗せたホウキは凄まじい勢いで飛び上がり、あっという間に雲を突き抜けて遥か上空に舞い上がっていた。


 そう、彼は男性であるにもかかわらず、魔法が使えるようになったのだ。ナーナがそばにいる時だけ、ではあるが。


 困惑したのは母ネバダだ。虎の子として育てた貴重な男児は、魔法が使える事によってこの国の危険人物にすら成りかねないのだから。


 魔法王国は世界に魔力が溢れ、それが女性にのみ魔法として超常の力を授かった事から成立した国家だ。もし男性が魔法を使えるとなれば、この国の根本からして揺らいでしまう。

 その事実が発覚して世に広まりリリアスのような男性が増え、やがて男が魔法を使えるようにでもなったら、この女性の楽園は崩壊してしまうだろう。ダフネにもそのくらいの事は分かっている。


 そしてもうひとつ。リリアスは十歳になっても精通が来なかったのだ。海綿体(もっこり)も全く反応する事が無く、ただ付いてるだけの女性(・・・・・・・・・)と変わらなかった。


 つまり、リリアスには男としての価値(・・・・・・・)が無かったのである。


 だがその代わりとでも言うように、リリアスにはずば抜けた魔力があった。まるで彼女のすぐ側に魔力を生み出す『何か』があるかのように、高出力や高純度の魔法を次々と発動させ続けたのだ。


 ダフネは最初の目論見とは違った形で、その野心を満たす事になる。ちょうどその時期、この国の魔女の頂点『四聖魔女』の一角、聖母マミー・ドゥルチが引退したのだ。

 後継者を決める為に行われたオーディションで、リリアスはその実力をいかんなく発揮し、十一歳にしてついに国の四強の一角に収まったのである。


 それからというもの、ダフネは国の一等地であるレヴィントンの大樹の上に立派な豪邸を立て、リリアスの力と若さをアピールして「これからこの国をリードしていくのはこのリリアスよ」と喧伝し、それをネタに大勢の男を囲い続けていた。

 まぁそれで連日連夜オタノシミを続けた結果、ダフネは張り切り過ぎたショックで心臓停止してしまい、なんとか蘇生を果たした後はすっかり男性恐怖症になってしまって、もといた田舎に引っ込んでしまった。


 そして屋敷に残された十人の愛人男性に、リリアスは自分が本当は男である事を打ち明けた。女性に飼われる(・・・・)事に嫌気がさしていた男たちは、喜んでリリアスの家付きの執事や家政夫として仕えて行く事となったのだ。


      ◇           ◇           ◇    


「そんな、事が……」


 僕、ステア・リード(体はカリナ)は、リリアスに身の上を話して貰って、ただただ驚くばかりだった。あの魔法胎樹から男性が生まれたのもそうだけど、さらに魔法が使えるなんて……彼女のナーナ(・・・・・・)が居るとき限定って事は、やっぱり魔力(ナーナ)の名を持つ少女が関係してるんだろうか。


「でも、魔力は私の中から出ている(・・・・・・・・・)のは間違いないの。ナーナはどちらかと言うと、キッカケっていうか……発動条件に近いかも」

「そう、だね。僕もこっちのナーナと一緒に旅して来たけど、別段魔力が強くなった気もしないし、それに……」


 そこまで行って、僕ステアは目を反らしてぽりぽりと頬を掻いた。

「えーと、その……『(サカ)る』コトも特にないし」


 あのエリア810で経験した事。この体の持ち主であるカリナが810の強烈な魔力に当てられ、発情して僕に襲いかかって来たあの現象は、ナーナといても特に起こることは無かった……まぁ僕の場合は事情が特殊だけど。


「そう、それ! まさか魔力で心と体が入れ替わるなんて、新発見、大発見だよ!」

 既に僕の事情を話していたので、リリアスも食い気味にそう返して来る。


 無理もなかった。この国では新たな魔法の発見は最優先事項であり、四聖魔女としてもそれの研究は至上命題なのである。

 東の魔女『希望を灯す黄金の(あかつき)』、レナ・ウィックルは主に戦闘や攻撃系の魔法に長けており、西の魔女『暖かな夕餉(ゆうげ)(しゅ)』、ルルー・ホワンヌは生活魔法の研究者だ。あの『天輝く陽の魔女』、ミール・ロザリアさんは建築や農業などの発展魔法に従事している。


 それらに比して、このリリアスだけは今一つ、その魔法の使いどころがはっきりしていないらしい。だから心と体が入れ替わるという特殊な状況にある僕は、まさに彼女の研究の絶好のサンプルだった。


 今、この国で一番求められる魔法。それは取りも直さず『男性を生み出す』魔法。つまり人体に関する魔法の研究なのだ。それを担えるならリリアスにとってはまさに願ったり叶ったりだろう。


 一方で僕としても、その魔法を研究してほしいと願っていた。そもそもいつまでもカリナの体に入ってるわけにはいかない、元に戻す方法を調べてもらえるなら協力は惜しまないつもりでいた。


 ちなみに僕とカリナが入れ替わっている事は明かしたけど、あのエリア810で実は王国と帝国が仲良くしてる事実は話していない。僕とカリナの逢瀬は、あくまで『戦場に咲いた一輪の恋の花』というタテマエで伝えている。


 まぁ、こればっかりは絶対にバレちゃいけないコトだし仕方ない。


「私たちそれぞれにナーナが居るのも、何か意味があるのかしら」

「うーん……僕はあくまで魔法王国に入ってから知り合ったんだけど」


 なんかすっかり仲良くなった二人のナーナが、そこらを飛び回りながら追っかけっこしてはしゃいでいる。ホントになんなんだろうねぇ、この子達は。


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