第29話 脱出、そして反撃開始!
夜も更けた頃ではあるが、ここ機械帝国の帝都ドラゲインは今宵、眠ることは無い。本日執り行われた飛翔大会成功の祝賀会、そして優勝者のナギア・ガルバンス皇太子を称えるカーニバルが夜を徹して行われるからである。
すでに皇帝陛下の訓示や関係者のスピーチも終わり、要塞島側では貴族や上級軍人が、本土側では庶民や下級兵士が、ふるまいの酒や料理に舌鼓を打っている。
「機械帝国、ばんさーいっ!」
「魔女なにするものぞー、かんぱーいっ!」
貴人も、民衆も、乾杯の音頭を高らかに上げながら、祝いの宴を楽しんでいた。
と、そこに、ドーンド-ンと太鼓の音が響き渡る。続いて城側からのアナウンスが、今宵のメインイベントを告げる。
――それではこれよりー、本日の優勝者、ナギア皇太子による優勝パレードです――
おおおおおっ! と両岸から歓声が上がる。同時に城側の橋先に現れたのは、ナギア王子とその妻、ラドール第一夫人だった。
それに続いて幾人もの楽団騎兵とともに出て来たのは、飛翔大会の優勝機、ブルー・シャーク・ナギア号。
手を振って先頭を進む皇太子夫妻の後をフォブス大臣とラバン大臣が続き、さらに後ろから台車に乗った飛翔機械が楽団の列に挟まれて歩を進めて行くと、会場のボルテージは最高潮に達した。
「次期皇帝陛下ばんざーい!」
「機械帝国の飛翔王! 魔女打倒の象徴たる英雄だー!」
「天空の支配者、悪しき魔法を薙ぎ払いたまえー!!」
「ラドール様ー、聡明な御子をお待ちしておりますぞー」
ナギア皇太子。実は王族、庶民に関係なく国民の人気者である。
顔こそ美男子という感じではなく、オレンジ色のおかっぱヘアーにジト目のしかめっ面は、いかにも金持ちのボンボンというイメージがあり、他の皇太子たちと比べてもあまりぱっとしない感じがする。
だが、その何事にも積極的な姿勢、イベントの開催や福利厚生の充実にも積極的で、己自らそういった事に関わろうとする行動力は、今回の飛翔大会でも存分にアピールされたばかりだ。
加えて側近の大臣二人が、かのラフォン社をパトロンとして、のし上がって来た庶民の出という事も大きい。かつての貴族出身の大臣があのアトン大将軍によって不正を暴かれ、左遷された後に重職に収まったのが彼らだったのだ。
ナギア皇太子はそんな彼らの手腕によって、次期国王の地位を確固たるものにしてきた。
そして何より彼が国民の支持を得ているのは、ラドール夫人以外の妻を娶っていない点に尽きた。王族や貴族、そして成金なら大抵は複数の妻を囲い込み、ただでさえ少ない女性を独占しているのが現状で、おかげで庶民は結婚どころか女性に手を触れる機会さえなく、その存在を写真や遠目から見て自らを慰めるしかない。
なので次期国王の誉れも高い彼が、たったひとりの女性で満足している姿は庶民にとっても誠実さと真摯さを印象付けているのだ。
……まぁ実際には、ラドール夫人の魔法によって、夜な夜な搾り取られている為に、他の女に目が行く余裕がないだけなのだが。
――ドン、パァン、パリパリパリ――
夜空に大輪の花が咲く。両岸から花火が次々と打ち上げられ、夜空と城と街と人をカラフルに彩り続けた。
◇ ◇ ◇
「え、え? 何コレ……あの機械亀の砲撃?」
海側の塔の中。私カリナ(体はステア)は、突然の炸裂音と光の洪水に思わずびくっ! と身を縮めた。音と光の炸裂は鳴りやまず、窓の外の景色を様々に染めて行く。
「ま、まさか……ここを壊す気?」
さっき来たラドール夫人とやらの魔法が失敗したからって、まさかこの塔ごと私を殺そうとしてるの?
「……じゃ、ないみたい」
確かに音と光は凄いけど、振動や衝撃は全然来ないし、そもそもこっちには全然飛んでこない。代わりに大勢の人の喜んだような声が、轟音に交じって聞こえている。どうやらコレ、帝国のお祝い事を彩る演出みたいだ。
「ハデだなぁ……さすがというか」
そう嘆いた時だった。轟音や歓声に交じって何か、羽音のようなものが聞こえて来た……あれ、この音どこかで、何だっけ?
その音はどんどんこの塔に近づいてきたかと思うと、私のいる高さを超えて窓の所までせり上がって行った。
羽音はそこで停止する。そして誰かが窓の外に降り立ったような靴音の後、がちゃりと窓が開けられた……そこにいたのは!
「ギャラン君!」
「ステアにーちゃん、たすけにきたよー」
何とあの飛翔大会で思わぬ活躍をしたギャラン君がそこにいた。彼の後ろで羽音を立てていたのは、大会で橋の上まで浮かび上がっていたあの白鳥号……によく似た飛び方をする機械だった。
「どうしたの!? こんな所に」
「あとんさんっていうえらいひとが、ここにいるからたすけにいけってー」
「え……アトン大将軍が?」
詳しい事はわからないけど、アトン大将軍は私がここに捕まっている事を察して、ギャラン君の飛翔機械を使って助け出しに来てくれたみたい。助かったけど、子供に無茶させるなぁ。
それならとにかく長居は無用だ。窓までよじ登って彼に感謝のハグをした後、その先でロープの先のフックで固定されていた機械の運転席に座り、ヒザの上にギャラン君を乗っける。
「そうじゅうはまかせて!」
そう言って左右の操縦桿を握ると、フックを切り離してふわり、と浮かび上がる私たち。うん、すごいすごい!
機械をよく見れば確かにあの白鳥号だ。でも要所要所が改良されているためにほとんど別物になってる、プロペラはより大きくなり、胴体についていた翼は取っ払われてる。イスも機械が上を向いた状態で座るようになっていて、元々の横向きの状態で前に進む機械から、完全にこの上を向いた状態で浮き上がるためのものに改良されていた……この短時間で、ここまでの改良を?
「はるさんってひとたちが、いろいろやってくれたんだー、すごいでしょー」
あ、そうか。アトン大将軍の肝入りなら、技術開発部のハルさん達のメンバーが手を貸してくれたってパターンはあるかも。
「うわ……キレイ」
飛びながら夜空を眺めると、空のあちこちで火種の花が咲いている。ドン、ドンという音が響く度に花開き、夜空と夜の海を色とりどりに染め上げる。
「このはなび、あとんさんっていうひとがうちあげてるんだ。この『へりこぷたぁ』のおとをけすために、だって」
「へりこぷたぁ?」
「うん、このきかい。はるさんがなまえつけてくれたんだ」
そうか。私を助ける為に飛んできたと言っても、この機械の音がしたら要塞島の兵士に見つかっちゃう。それを防ぐためにこの「はなび」っていうのを打ち上げてくれてるんだ。
なんか、じんわりと……幸せが心の底から滲み出てるような気がした。
危険を顧みずに助けに来てくれたギャラン君、魔女の力に負けないようにと機械を作り上げたジャッコさん、その偶然の飛び方を見て、短時間で実用的な機械に改良し、ついには自由に空を飛ぶ機械を作ったハルさん達。そして私を助ける為にこの大仕掛けを仕組んでくれたアトン大将軍。
帝国の象徴である要塞島の上空を、はなびの光に彩られながら、私、魔女のカリナがステア君の体に入って今、機械で空を飛んでいる。
なんて素敵な光景。その真ん中に、私たちは今、いるんだ――
◇ ◇ ◇
「おお、これはアトン大将軍。任務ご苦労」
パレードも終盤、本土側の橋のたもとに差し掛かった時、進路の先に仁王立ちしていたアトンに、ナギア皇太子が上機嫌で声をかける。
「は。この度は飛翔大会の優勝と成功、誠にめでたき事に御座います」
ヒザをついて皇太子夫妻に礼をつくすアトン。それを見たラドール夫人や後ろのフォブス・ラバン両大臣はドヤ顔でご満悦の様子である。
「この花火は大将軍の仕掛けでありますな。なかなか粋ではありませぬか」
「まぁまぁ、それは嬉しいですわねぇ。かのアトン様に祝福されるなんて」
元々派閥が別であるアトンに歓迎の仕掛けを送られて、立場的に優位に立った気分でそう返す大臣とラドール夫人。
だが、このアトンという人物、そんな生易しいタイプではない。伏せた顔を上げるとニヤリと口角を吊り上げ、皮肉タップリにこう返す。
「そこで、是非皇太子殿下には、この花火の空を飛翔して頂きたいのです。この機体、ブルー・シャーク・ナギア号で!」
その言葉に皇太子以下の全員が「ぎょっ」とした表情になる。だがアトンの後ろの衛兵や、その向こうの野次馬達はそのアイデアにヤンヤの声援を送る。
「それはいい! パレードの締めに相応しい演出ではないか」
「また飛ぶ所が見られるのね、素敵っ!」
色めき立つ観衆とは対照的に、青ざめた表情になる皇太子ご一行。
「ざ、残念ではございますが、今はこの機械はメンテナンス中でして、その……」
「そうそう。飛ぶためのエンジンを外しておりますれば、今はガワだけ。飛ぶ事は叶いませんのじゃ」
ふたりの大臣がもっともらしい言い訳を並べる。後ろ観衆たちも「ちぇー」「じゃあ、しょうがないかぁ」などと諦めの溜め息を吐くが……
立ち上がったアトンが笑みを浮かべたまま、ラドール夫人の目の前にずいっ! と詰め寄ると、アゴに手を当てながら笑顔でこう発した。
「エンジンなら、ここにあるではないか。のうラドール皇太子妃殿下!」