第18話 旅路での珍経験
エリア810からほど近いノシヨ川のほとりにて、カリナ・ミタルパ(見た目は帝国兵)は、ここまで運転して来たバギーカーのマニュアルとにらめっこしながら、水上モードへの切り替えを行っていた。
と言っても肉体労働的な事は無く、車内にあるコントロールスイッチを決められた手順で操作していくだけなのだが。
ひとつの操作手順が終わるたびに車の各部分が変形し、20分もすればすっかり水上車へとその姿を変えていた。
「帝国の科学技術って……やっぱ、すごい」
鉄と油で組み合わされるこの機械を、ここまで運転して来ただけでもそのすごさは実感できたが、さすがにこうも生き物のように、姿と用途を変えるのには本当に驚いた。
川を渡り切り、再び車モードに変形して平原の道を進む。さぁ、ここからはいよいよ機械帝国の領内だ。と言っても、首都のドラゲインまでは車でも三日の行程で、各所の町や村に泊まりながらの旅路になる。
あまり人の多くない田舎で帝国の空気に慣れながら、本拠地である首都を目指すのだ。
いくつかの村を素通りして走り続け、夕方に差し掛かった時に到着した町で今日の宿を取ることになる。と言っても出発前に帝国の皆と打ち合わせしていた町ではあるのだけど。
「帝国兵、ステア・リード一等兵。任務によりエリア810から本国に帰参中です」
町の門番にそう言って敬礼すると、相手はかしこまって宿まで案内してくれた。なんでも最前線寄りのこの周辺では、魔女と戦う兵士は頼りにされて有難がられており、宿や食事などはほぼフリーで世話をしてくれるらしい。
(うーん、実は810じゃ戦いなんかしてないし、魔女もそんなに怖い存在じゃないのに、なんか悪いなぁ)
事実、町に入っても軍服を着こんだ自分には、幾人もの人達が「がんばってください」「どうか魔女どもを討伐して」などと頭を下げてお願いされ続けている。
もしエリア810で帝国兵が敗れたら、魔女たちが押し寄せて来て自分たちは皆殺しにあうと信じて、疑がっていないんだろうなぁ。
あと、本当にこっちには男性しかいないから猶更なんだ。大昔の戦争なんかじゃ敵国が雪崩れ込んで来たら、その村々は仕える君主を変えればそれで良かった。
でも今のこの戦争は、王国vs帝国というよりは、女(魔女)vs男という構図になってしまっている。性別の違いがまるで別の生き物のような認識さえ持ってしまっているから、降伏とかすら考えにくいんだ。
実際、私もつい二か月前までそうだったし。
本当に馬鹿馬鹿しい話だなあ。私とステアみたいに、女と男はこんなにも仲良くなれるのに。
宿に落ち着き、食事を済ませて就寝しようとした時、ドアがノックされて「失礼します」との声と共に、数人の男の子が入室して来た。何か用なのかな?
「あ、あの……ここの町長様に、伽のお相手をと命令されまして」
「え……えええええええっ!?」
だって男の子でしょ? 伽って、やっぱアレだよね。男性同士で?
あ、いや魔法王国でも確かに男に縁のない女たちが同性愛に走るケースはそりゃあるけど……無理無理無理! こんな子供相手に、しかもステアの体のままー?
……あ、鼻血が。
めくるめく男の花園展開を丁寧にお断りして、なんとかご退場頂いた。初日からなんて体験させてくれるのよ、この機械帝国はーっ!
「ステア君は……こういうこと、やってない、よね、たぶん」
◇ ◇ ◇
ステア・リード(姿は魔女)が810を出発してからほぼ半日。そろそろ日も傾きかけた時間帯。馬車は未だに山道を、ざっぱざっぱとのどかに歩き続けている。
810から魔法王国方面へは、まずエリエット山脈の端っこにあるギルツ山を越えて行く事になる。一日がかりで越える行程なので今日は山中で野宿の予定だ。
「しかし……この馬車もある意味凄いな」
馬は普通なのだが、馬車は木造りで出来ていて、全体に魔力を備えたいわば木人形の一種だ。僕からの微弱な魔力を得て、両方の車輪の前後にある細い足でコトコトと歩き、馬の補助をして進み続けているのだ。
仮にホウキに乗って飛ぶなら、ほんの1kmほども進まないうちに僕の魔力は尽きてしまうだろう。でもこのゴレムなら、自然回復する魔力とほぼ同じだけしか消費しないので、馬の体力が尽きない限り何日でも進み続けることが出来る。
ちなみに、魔女の使う魔法は『魔力の容量』と『魔法の属性』のふたつで才能や適応が決められるとの事だ。肉体に例えるなら『スタミナ』と『センス』とでも言うべきか。
この体の持ち主であるカリナは、魔力量は普通だが属性は炎など攻撃性の高い能力に偏っていて、それで学校を卒業してすぐ最前線に送り込まれてきたらしい。
「エリート、なんだな」
愛しの彼女に想いを馳せる。何でも国で優遇される実力者、魔法学校のトップ10に、わずか3位差で及ばなかったらしい。もしあと少し違っていれば、僕がカリナに会う事もなく、こうして体を入れ代えて旅をする事も無かっただろう。
「上位10人の魔女たちに感謝だなぁ」
山の頂上を少し超えた所で陽が落ちたので、そこで野営する事にした。馬を繋いでカイバを与え、馬車に少し強めの魔法をかけて根を地面に這わせ、水平を取って地面に固定して簡易ハウスにする。
食事は魔法王国の習慣に慣れる為にも、魔女さん達に教えてもらった調達法で得ることにしている。周囲の木や草に魔法をかけて木の実や根野菜をさくっと育て、木の皮を少し剥いでから『お肉』をイメージして魔法をかける。
「大地から生まれ、そそり立つ樹よ。その身の一部を私の育みとされますよう、魔力への感謝と共に」
詠唱と共にかけた魔法を受けて、木の皮がしなりと柔らかくなり、まるで動物の肉のようにつややかな赤身を見せる。
810の隠し村でも味わったアブチャのゴレムステーキ。その印象が強かったのが幸いして、この魔法はわりとあっさり会得できた。ちなみにこの体の持ち主のカリナはこのテの魔法が大の苦手だったみたいで、僕が成功した時は「むー」とスネられてしまったのだが……この体を返したら使えなくなるんだし、今だけ今だけ。
食事を終え、就寝の準備をしている時だった。
突然空気がざわめき、馬が不機嫌そうに興奮し出す。これは……猛獣か何かが近くにでもいるのか?
本来の体なら銃を手にして警戒に当たる所だが、今はカリナの魔女の体だ。ホウキを掴んでまたがり、いつでも飛べるよう準備をする。
と、ザザッ、というせせらぎと共に木々が揺れた。上を見上げると、星空を切り裂くように幾つもの影が螺旋を巻いていた……あれは、魔女!?
そのまま竜巻のように隊列を組んで降りてくる魔女たち。全員で十名ほどになるか、自分を取り囲んでホウキから降りると、各々が不敵な笑みを見せてこちらに迫って来る。
「何用……ですか?」
思わず「何用か!」などと言いかけたのを寸前で押さえて、女性らしい態度で彼女たちにそう問う。しかし彼女たちはどう見ても友好的な感じではなく、女性でありながら、どこか盗賊的なイメージすら醸し出していた。
「いい馬にゴレム持ってるじゃねーか、アタイらに寄こしな、正規の魔女さん」
青い魔女服を着たリーダーらしき女が自分の前に出て、左手に氷魔法を灯しつつ、右手でクレクレのポーズを取る。
あー、本当に盗賊なんだ、魔法王国にもいるんだなぁ……女の人なのに。
「あれはチームリーダーからお預かりした大切な馬とゴレムです、差し上げるわけにはいきません」
「気取ってる割になんにもしてねーな、多分エリア810の魔女だからって、アタイらをなめてんのかい?」
なんいもしてない、というのは攻撃魔法の準備をしてないという事なんだろうけど……なんていうか、大勢の女の人に囲まれてもなんかテレるだけで、特に怖いと思わないなー。
「いい気になってるねー、エリートさんがどの程度か知らないけど、やっちゃいましょうや」
「そうよねぇ、身ぐるみ剥いで下の町にでも晒しちゃおうか、ケケケケケッ」
周囲の連中の物言いに、ぴりっ、と緊張が走る。ああ、やっぱりこういう輩は女性でもいるもんなんだなー。
じゃ、しょうがないか。この体はカリナから預かってる大事なものだし、万が一にもキズモノにするわけにも、名誉を傷つけるわけにもいかない。
あ、僕自身がキズモノにしちゃってるけど。
周囲の魔女たちも手に魔法を灯しながら包囲の輪を詰めてくる。やれやれ仕方ないなとひとつ息をつくと、そのまま正面のリーダーらしき女にすたすたと歩いて近づいていく。
「お、観念したかい? んじゃ、私のクツを舐めな」
すっぱあぁぁぁぁぁん!
まずは思いっきりビンタを食らわせてやった。カリナの腕力だからちょっと弱いけど、それでもまともに頬に直撃したのもあって、彼女はそのまま吹っ飛んで崩れ倒れる。
「ひっ!?」
「な、何……コイツ」
なんていうか、魔法に頼り過ぎなんだよなぁ彼女たち。今も魔法を片手に灯しているせいで、体術としては完全に無防備な状態になっちゃってるし。
しかも飛び道具の魔法を僕を囲んだ状態で用意してるせいで、外したら対面の相手に当たる状態なのに気付いているのだろうか……多分僕を威圧するつもりでそうしてるんだろうけど、帝国の格闘戦技の授業からしたら、僕を囲んで無防備に突っ立ってるだけだし。
もちろんエリア810の魔女さん達は全然レベルが違う。僕たちの銃や格闘戦の怖さを十分に理解して、常に動きを止めずに戦っていた。
まぁあそこでやってるのは演技なんだけど、それでも今ここにいる彼女たちとのガチ戦闘よりもレベルは遥かに上だろうな。
呆然としている彼女たちを横目に、はっ倒したリーダーのもとにずんずん歩いていき、そのまま彼女を後ろから羽交い絞めにして立たせると、首に腕を食いこませたまま力を込め、彼女を盾にして連中に凄みを効かせる。
「首を絞めて落とすけど、活を入れて助けられる人いる……の?」
おっと危ない。また男言葉が出る所だった。
でも効果は充分だったようで、魔女たちはおろおろしながら顔を見合わせ、魔法を消して一か所に寄り添い集まる。どうやらこのリーダーさん以外は彼女に乗せられて悪事に引っ張られてるみたいだ。
「わ、分かったわ、降参する。なのでマチュー姉さんを助けて!」
正面にいた副リーダーらしきヒトがそう懇願する。確かに顔立ちも似ているし、このリーダーさんの妹さんか何かなんだろうな。
結局、全員があっさり降参したので許してあげたら、彼女らの隠れ家へと招待された。なんかいつの間にか『姉さん』なんて呼ばれてるし……全員明らかに僕やカリナより年上でしょ?
「私ら、何とかオトコを手に入れたくて、この山で盗賊やってるんです」
彼女たち曰く、首都の上級魔女たちが国の男性を独占している現状が気に食わなくて、エリア810にほど近いこの場所で、例え偶然にでも男を確保できないかと張っているらしい。
「戦場でとらえたオトコを連行するケースや、逆に帝国が制圧して本国に攻めてくる時に、一人でもかっ攫えないかなぁ、って」
うーん、機械帝国じゃ魔女に対しては欲情するより恐れている人の方が多くて、こんな戦場近くまで女性をゲットしようとやって来る輩なんて居なかったけど……女性は男よりも、異性に対する執着が強いのかな?
「言っておきますけど、男って肉弾戦じゃ強いですよ。魔法に頼りっぱなしで攫おうとしても逆に組み伏せられて、押し倒されるのがオチです」
そう、魔法で男と戦うなら、飛ぶなりなんなりして、もっと距離を……
「押し倒される……男に!? 夢のシチュエーション♪」
「ああん、なんか感じてきちゃった」
「辛抱たまんねぇッス……あふぅ」
あー、やっぱ女性は性に対しての欲望強いわ。カリナが魔法衣を脱いで暴走した時を思い出すなぁ……
「んじゃ、今夜は楽しむか!」
「「おーーーーっ♪」」
マチューさんの音頭に全員が右手を挙げて唱和し、部屋の一角にある箱から何かを各々ひとつずつ取り出す。
「はい、姉さんもどうぞ♪」
手渡されたのは、どうみても男のアレを模した木の棒だった。なるほど、コレに魔法をかけて肉の感じを出すのか。今夜作って食べた、あのゴレムステーキみたい、に……
おえええええええ!
もう二度とゴレムステーキは食うもんかあぁぁぁぁぁ!!