第16話 エリア810、希望のふたり
一か月ほど前のこと。
「ねぇ、このままで、いいのかなぁ」
エリア810の地下密会場のベッドの上で、肌を合わせた男に寄り添いながらそうこぼしたのは、魔女第三チームのリーダー、リーン・リッチェラだ。
「何が?」
事後の一服をつけていた男、帝国兵司令官のイオタ・サブラが彼女に対してそう問い返す。
まぁ確かに最前線のここで、帝国の司令官と敵の魔女のチームリーダーがイチャついてるなんて問題も問題、大問題なのだが、もう30年以上もここではこんな状態が続いているのだから今更ではある。
「だから……私達が大手を振ってイチャイチャできる日は来ないのかなぁ、って」
「俺達で兵士・魔女同盟を結成して、機械帝国と魔法王国を占領でもすりゃいいってか?」
埒も無い事だが、現実的には本当にそんな手立てしか無いのも事実だ。なにしろ魔法王国の女王様と機械帝国の皇帝陛下は、お互いを心底忌み嫌い、決して融和などせぬと代々宣言し続けている。
そのせいで両国国民も、相手国の兵士・魔女を蛇蝎のように恐れ、嫌悪し、敵国打倒すべしの意志で固められてしまっているのだ。
事実、リーンもイオタも、ここに来るまではそうだったのだから。
「少しでも両国に交流があったら、なにか変わるのかなぁ」
「交流、か……難しいだろうな。そもそも相手国に行こうって奴がいたら自殺志願者かって思われるのが関の山だしな」
両国は国交はもちろんのこと、密貿易すら行われていない。魔力を自然の恵みと考える魔法王国にとって、科学で自然を破壊する機械帝国は世界の敵として認識され、機械やそれを使って生産された作物や衣類など、汚れものと見られてしまうからだ。
逆に機械帝国にとって、魔法は人間を男と女で差別する悪しき力であり、それを科学の力で研究克服するのを旨としている。魔力などと言う得体のしれない物を、自分たちの努力で超える事を美学としている以上、魔法王国との和解などあり得ぬのだ。
「ね、イオタが女装して、魔法王国に潜入してみない?」
リーンのとんでもない提案に、顔を引きつらせて「無理無理」と平手を向けて振るイオタ。
「無茶言うなよ、俺が女装なんかしても即バレバレだろうが」
「でもさ、『まず思い寄せねば如何にも届かず』って言うじゃない、誰か一人でも異性が相手国に行って、そこの空気を知れば何かが変わるかも」
「俺らの国じゃ『千里の道も一歩から』ってヤツだな。確かにそんな事が出来れば、なにかのキッカケにはなるだろうけど……」
まぁその前にバレて逮捕、拘禁されるのは目に見えている。お互いの国が男女比に偏りがあって、少数の側はほぼ囲われているような状態なんだから。
女性であふれる魔法王国に男が潜入などすれば、三歩進むまでに大騒ぎになり、十歩進む前に好奇と警戒と、そして欲情した女たちに囲まれてしまうだろう。無論機械帝国でも逆の事態になるのは必至だ。
「性別を変える魔法とかあればいいのにねぇ」
「……なるほど、そりゃいいな!」
もしそんな魔法が発明されたなら、このエリア810は勿論のこと、帝国国民や王国国民をお互いの国にこっそり派遣して、その内情を見せる事が出来る。
そうなればお互いの国が悪しきものではないのに気付くだろう、そしてその流れが広まれば、いつかは帝国と王国の融和が実現するかもしれない。
何せ帝国は男が、王国は女が余りに余っているのだから。
「ま、そんな魔法が実現したら教えてくれや。それより今日のブリーフィングで決めた作戦、抜かりなく頼むぜ。お前とギアの隊だろ? 今度の新人は」
「ええ。魔法学校で十位以内に入り損ねた子、カリナ・ミタルパちゃんと……」
「帝国兵学校の中じゃ平凡な成績だった、えーっと、ステア、だったかな」
三日後の満月の戦闘には、奇しくも両サイドに新人が派遣されて来ることになっている。なので彼らを味方に引き入れる為に、派手な戦闘で大芝居を打つことになってるのだ。
だが、二人ともこの時は、その新人二人がまさか自分たちの妄想を実現するカギになるなんて、思ってもみなかった――
◇ ◇ ◇
ダァーン!
「ひゃっ!」
銃を構えて発射したその男が、まるで初めて銃を扱った少女のようにおっかなびっくり悲鳴を上げる。いや、実は本当に初めて銃を使う少女なんだけど……見た目が男性兵士なだけで。
「カリナちゃーん、リラックスリラックス」
「左手でしっかり固定して、引き金は指全体で静かに握るように」
「そそそそんなこといわれたってー、なんか重いし火薬が飛び散って目に入りそうだしー」
カリナ・ミタルパは今、恋人のステアと体を入れ替えてしまっており、それ幸いにとステアに化けて機械帝国に潜入するようになってしまって、様々な訓練を受けている最中だ。
とはいえ魔法の国で生きてきた彼女にとって、魔法が使えなければただの女の子に過ぎない。肉体の強さはステアのそれとはいえ、意志や体の動かし方がそれに追いついてこないのだ。
せめて帝国軍人として最低限の技量を身につけないと、とても彼女を派遣する事など出来ないだろう。
◇ ◇ ◇
「う、うわぁっ……っとっとっと! て、わぁっ!」
どしゃっ
魔女衣装を着た魔女……に見える実は帝国兵が、ホウキで飛ぶ訓練を続けてはいるのだが、魔力のコントロールの難しさと、元に自分の体とは違うが故にバランスが取れず、少し浮かんではコケるをもう何度も繰り返していた。
「これは……先が思いやられるわねー」
「せめて飛べるようにならないと、向こうでも思いっきり怪しまれるわよ、ステア君」
魔女たちに囲まれてホウキ飛行の訓練を受けているのは、魔女カリナ・ミタルパの体に乗り移ったステア・リードだ。
彼女と交わったあの日以来、なんと体と心が入れ替わってしまったのだ。
困惑する彼と彼女を尻目に、上役であるイオタ司令官とリーン第三チームリーダーが嬉々として、ふたりを両国に派遣する事を提案した。
帝国国民と王国国民に、お互いに対する偏見の是正を促し、いつか両国の和解と戦争の終結を実現する、その一歩にしたいというアイデアに、魔女聖母マミー・ドゥルチ様が大賛成したのだ。
「両国が仲良くなれば、世界中がここエリア810の隠し村みたいになるかもしれない……夢のような提案だわ」
その彼女の言葉に、周囲の皆も大いに沸き立った。もしそうなれば長年のこの馬鹿馬鹿しい戦争は終わりを迎えるし、自分達も隠し村の人たちも、こそこそと隠し事をしながら生きて行く必要もなくなるのだ、絶賛するのも無理も無い事である。
ただ二人、当の本人たちは「「無理無理無理無理!!」」と首を横に振るばかりなのだが……結局全員の圧に押し切られ、こうして慣れない性別転換修行を毎日やっているというわけだ。
バンッ
「ひゃん! 火薬のカスが目に入ったーっ!」
「うわわわったったった・・・・・あああああ、コケるコケる~~~」
どてっ
ただ、この調子だと派遣が実現するのは、いつになるやら……