第1話 転移?
急に高い所から落ちる夢を見たことはあるだろうか?授業中にやると大きな音を立てて起きるから教師にバレるし、皆から笑われるあれだ。今の俺も盛大な声を上げて起き上がった。普段と違うのは注意する者も笑う者もいない事と、何故か背の高い草が生えた大きな公園みたいな所に横たわっていた所だろう。
「…… は?… え?ちょっ… 。はい?」
混乱する頭と裏腹に冷たい風が肌を撫で、尻や脚に当たる草の感覚と草波の音、そして土臭さが鼻を刺す。
(匂い… ?匂い!?)
「そんな馬鹿な!」
ラグナロクサーガオンラインじゃ匂いの実装はされていないのだ。
「しかも、俺が寝落ちしたのってアナグラだよな?どうなってんだ!?」
アナグラと命名したマイルームは洞窟を改装した武器庫兼秘密基地をコンセプトに作られている。苔は生えていても青々とした草など生えている訳がない。
「寝惚けて歩いたとしても、こんな原っぱに出るステージじゃ無いし… 」
考えようにも頭が理解を拒み思考がまとまらない。それなのになぜか耳は音を拾う。それは醜悪な声だ。明らかにまともな人間が出す声ではなく、喉を潰されたような嗄れた締め付けられたような声が、息遣いが聞こえてくる。
「…… !?」
驚きは声にならず、しかし身体は起き上がり中腰に。VRゲームの癖なのか動く身体に感謝しながら後ずさる。刺激をしないように、急に動かないようにゆっくりと。しかし、音の主は気が長い方ではないようだった。けたたましい声を上げ、草を掻き分け向かってくる。
「う、そ… ちょっ」
頭が働かない。叫びにビビって尻餅をつく。
身体が動かない。視界が白く狭くなっていく。
何か来る… 。何か別の声が聞こえる気がする… 。
地面に手をついた時、指先に何かが当たった。
無意識なのか縋るためなのか、それに手を当てると慣れ親しんだ感覚が神経を通して脳に送られる。
ナニかは草のせいで見えないが、来る。タイミングも分かる。足音、草をわける音、鼻息。頭が回らなくても良い。「コレ」は自分に応えてくれる。それだけで良い。
次の瞬間ソレは飛び出し姿を現した。緑の肌、小さな体躯、涎を垂らし臭い息を吐く口、鋭く下卑た目、そして手に持った血の染み込んだ棍棒。現実にこんな怪物がいる訳がない。頭はやはり理解を拒むが、手はグリップに手をかけ引き金には指が掛かり照準は怪物の頭に合わせられ弾丸は発射された。意図しない『クイックショット』は正確に脳天をカチ割り、鮮血を吐き出させた。
反動は肘で吸収させれた。撃った感覚は珍しいものではなかった。だがそれはゲームの話であって現実ではない。自分は銃を撃つどころかあまり運動をしないせいで色白で細い。サバゲーをすることも無いし、遊ぶのは専らゲームだけ。だが銃口から上がる微かな煙は、煙草や焚き火で嗅ぐ匂いとは違う、プラズマというか微かに静電気で痺れるような感覚があり、また現実とは乖離した今を脳に突きつけてくる。
「おーい!無事か!」
怪物とは違う人間の声が聞こえる。
「に、ん、げん?」
声は震えていたが自分の声だ。それに…
「生きてるぞ!ダンはゴブ共を引き付けろ!サーシャはカバー!リリアは俺と救助を!」
「「はい!」」
「おう!」
明らかに人間の声だ。その事に安堵をし、自分の体を見回す。ゲームで装備していたものばかりが色白の身体を覆っている。それに手には愛銃「五七式・改」。そして股間部分にあるシミ。
「…… !?」
またも声にならない悲鳴をあげ、急いで股を閉じる。そして気配を感じ顔を上げると、精悍な顔つきの青年と、海外映画で出てくるような整った顔立ちの少女が目の前で屈んでいた。
「腰が抜けただけで大丈夫そうだな。リリア、念の為に『ヒール』と精神強化を」
「分かりました。大丈夫なんで動かないでくださいね。『癒しあれ』」
少女がそう唱えると淡い緑の光が自分を包み、暖かい感覚と共にサウナを出た時のような整う感覚。なるほど、コレが回復する感覚かと回らない頭で考えていると少女がもう一つ魔法を唱えた。
「『獅子の心を」』
途端に湧き上がる勇気とそれに引っ張られるように頭が回り、コレがゲームではなく現実である事、俺が銃を撃ち敵を殺した事、そしてここは俺が知る現実でもゲームでもない別の世界であることを理解した。