療養の意味を知れ
幼いころからの夢を原動力にやってきた心は、言い方がキツイ担当さんから吐かれた大きな溜め息と言葉を聞いた途端にポッキリと折れた。
もう色々なことが面倒くさくなって、半ばヤケクソ的な感情だった気がする。
拙者の名はカエデ・ヒグラシ。しがないマンガ家である。
三か月ほど前、勇者召喚に巻き込まれた一般人。という立ち位置で、本命と思しき女子高生と一緒に異世界へ来たのだが、トリップあるあるの必需品である言語理解と自動通訳・翻訳の機能を二人とも持っておらず、スキルも戦闘向きではないという理由から『失敗』扱いを受けた。
しかも、召喚した連中は証拠隠滅のために我々を殺そうとしたらしく、宮廷魔術師さんが空間的な魔力の歪みを察知していなかったら……。
「カエデ殿、大丈夫か?」
記憶を辿っている最中に声がかかり、思わず「ひょえぃ」と奇声を上げてしまった拙者は今、恩人である魔術師・エルリアさんの遣いで尋ねた屋敷で、お茶をいただいている。
「すいません、少々考え事を……」
「そうでしたか。どうか、気楽にしていただけると」
ぎこちない笑みを浮かべて、気を遣ってくれる屋敷の主―― ライアンさんに、拙者も笑顔で返す。
宮廷魔術師・エルリアさんに保護されてすぐ、大臣と王様への挨拶もそこそこに紹介された彼は、通訳に関したスキルを持っており、教養面や指導力も実績があるという事で我々の教育係を王命で請け負ってくれた所謂、良い人だ。
そんな彼が自宅療養を言い渡されたのは、つい一週間前の事。
今いるランプランド王国を含めた五ヶ国の言語と、文化を学び終えて、いよいよ次は魔法だと本命の女子高生・サクラ氏と一緒に浮かれていた日。
訓練場へ向かうための階段に差し掛かったところで突然、ライアンさんが前のめりに倒れ、駆け寄る暇もない勢いで階段を転がり落ちていったのだ。その先で見た情景は、マンガのネタとするには少々ハードな上、未だ夢に出る。
救護を手伝ってくれた大臣の話では、この頃まともに寝ていたかも怪しい状態だったらしく。医師を含めた話し合いの結果、我々の教育係は現在、エルリアさんに移動している。
療養中に訓練をしないよう、回復魔法の効果を日常生活で支障が出ない程度で抑えられたライアンさんだったが、本人曰く「三日前から軽い運動ならできるようになった」という。
正直、療養の意味を辞典か何かで学び直してほしい。と思った。
襲撃を受けたという噂も流れていたので、エルリアさんから借りた魔法の絨毯に無理をさせて急がせた先で、平然と剣術の訓練に勤しんでいる姿を見た拙者の気持ちにもなってほしい。
「カエデ殿、本当に大丈夫か?」
「ヒェッ、顔が良い」
「え? あ、ありがとう」
またもや記憶を辿るうちに呆けていた拙者を心配そうに見上げてくる彼の、端正な顔立ちを彩る綺麗な金髪と、どこか魅惑的な紫の瞳に心の声が漏れ出てしまい、困惑させてしまった。
「顔色が優れない様子だが、もしや属性の検査で何かあったのではないか?」
「なぜそれを?!」
「エドガルド団長から聞いた」
鋭い質問内容と発信元に、まだ見ぬ天才少年とのやり取りを想像し、納得した。
この世界には魔法があり、火・水・風・土・雷・木・光・闇と八つの属性がある。
親兄弟とか関係なく、その人だけが持っているスキルとは対照的に。遺伝的な要素が強く反映される魔法は血と同じくらい重要視されている。
例えば、ライアンさんの家は先祖代々水属性で、その洗練された技巧はエルリアさんすらも見惚れるほどだそうだ。頼み込んだら見せてもらえるだろうか。
ちなみに拙者の魔法属性は光。周囲を明るく照らし、その度合いを操れる魔法である。
「光魔法って、回復に特化してると思ってたんですがねぇ」
「回復魔法は最低でも二つの属性、特に水と土、木を取り入れる必要がある専門分野ですからね。夢を壊してしまったようで……」
「いえいえ、むしろ期待に沿えなくて、申し訳ないくらいですよ」
思い出すのは、魔法の訓練を始める前に受けた魔法属性の検査で戦力外通告をされた時の空気と、周りの視線。
人手と魔力、空間を裂くという危険な手間までかけて呼び寄せた異世界人がハズレだったと確定し、希望も期待も裏切られた人々の気持ちは、想像に難く無く。罪悪感と情けない気持ちでいっぱいだった拙者を気遣って今回の用事をくれたエルリアさんには、感謝しかない。
ちなみに本命の女子高生・ハルカ殿は、属性検査の結果が雷だったので、現在は別行動中だ。
「貴女が気に病む必要はない」
「いや本当、とんだハズレくじを引かせてしまって、申し訳ない」
「ハズレを引かせてしまったのは、むしろ我々の方です」
予想していなかった発言に驚きを隠せず、気管に入ってきた紅茶で咳き込む。
「平和に過ごしている貴方達を無理やり呼び寄せ、戦場へ送ろうとしている。その事実が既に情けないというのに、期待していた力が無いからと非難して……。お恥ずかしい限りです」
咳き込んでいる拙者の背中に、触れかけた右手を止め、控えていたメイドに背中をさするよう促しているライアンさんを見て「紳士だぁ」と思う一方で――
彼の責任感に何となく、うっすらと、恐怖を感じてしまう自分がいた。