あこがれの人
俺の人生は、第一志望の大学で試験を受けた帰り、がんばった自分を労うために推しキャラが表紙のマンガとプリンをコンビニで買った直後に、終了した。
推しのメイン回だったのに。と悔しい気持ちでいっぱいだったことを、今でも覚えている。
今の世界に転生してから十年。
俺、エドガルド・ロマネコンティが暮らしている王国・ランプランドには、十二の騎士団がある。
それぞれの団ごとに研究や調査を主にしている所や、治療と結界に特化している所があり、さらに王都の内と外で担当を分けていたりと少々面倒な所もあったりする。ちなみに俺の団は王都の外で調査を担当していて、今回は魔獣の狂暴化を報告している。
報告を上げる前は、他国との外交や共同研究などが主で会議に全員が集まる機会も少なかったが、今では連日のように会議が連日で行われていて、なんだか――
「エドガルド団長は、親しくする人を選んだほうが良い」
一人分の席が空いている円卓での会議を終えて、配られていた資料をまとめながら考えに耽っていた俺に突然、そんな話が振られる。
「どういう意味でしょうか? ジルド団長」
総団長も残っている中、不穏な空気が漂う会議室で声をかけてきた同僚の「言葉の通りです」という返答に苛立ちを覚えた。
「ご心配なさらずとも、ちゃんと選んでいますよ。ちゃんとね」
「そうですかねぇ? 貴殿は幼いですから、口の巧い輩に誑かされないか。わたくしは心配で――」
「僕、これから用事があるので失礼しますね!」
身長差的に仕方ないかもしれないが、見下してくる同僚のウザったい顔面へパンチを食らわせてしまう前に話を切り上げ、会議室を後にする。
この国には【先王派】と【新王派】と呼ばれている二つの勢力がある。まぁ文字通り、先代の王様と現在の王・ルクリス様の派閥だ。
ルクリス様は所謂、革新派と呼ばれるタイプで。底なしの好奇心と知識欲から時々トラブルを起こすが、国政に関しては意外と慎重派で民からの人気もある。
一方、先代の王は保守派と呼ばれるタイプで。ルクリス様と同じくらい能力が高かったそうだが、相当な好色家で国政に影響が出るほど贔屓が酷く、それでいて外面が良いことから民からの人気は高く。泣き寝入りする被害者が多かったらしい。
そんな人物が突然、取り巻きたちの意見も聞かずに数多くいる息子や他の弟妹を通り越して、今まで毛嫌いしていた腹違いの弟に玉座を明け渡したのが、七年前。
王族出身の副団長曰く、死人が出てもおかしくない程の修羅場だった。とのこと。
話しかけてきた同僚は、おそらく寵愛を受けていたのだろう。王都内の警備を担当する騎士団の長なのだが、実力が伴っていない。と総団長も頭を抱えていた。
今の世界に転生してから十年。
不幸が重なった家族のため、持てる力と前世の知識も生かして尽力し【最年少で騎士団入りと団長に就任した天才】と、周りに評されるようになった俺、エドガルド・ロマネコンティには憧れている人がいる。
同じ団長で、同じ貴族で、浮いている俺を周りと同じように扱ってくれる人で、祖父が遺した借金を肩代わりしてくれた恩人――
ライアン・グラニエールさん。今の俺がもっとも尊敬している人生の先輩だ。
その恩人が過労で倒れてから三日目。ようやく見舞いに行く機会を得た俺は、陛下と大臣に挨拶と報告を終えた後、アイテムボックスにある見舞いの品を確認してから恩人が治める領地へと直行。
しかし、三日ぶりの邂逅という事実にテンションが上がり、飛行魔法で向かっていた俺は逸る気持ちを抑えられず、風魔法で速度を上げている内に加減が効かなくなり、勢いを抑えられぬまま屋敷の窓。それも、当人がいる寝室の窓を突き破ってしまうという失態を犯す。
「もうしわけございません」
窓だけでなく壁まで破壊し、その場で土下座する俺に「ケガは無いのか?」とライアンさん。
「ぼくは全然! 丈夫さが取り柄なので」
「それなら、まぁ問題ないだろう。そこは後で修復魔法をかければ良い」
「ヒぇ、良い人がすぎる……っ」
本当に凄いできた人で、聖人君子とか聖母という言葉では足らないくらい素晴らしい人格者で、もう一周回って、凄くできた人で説明が終わる。
あまりにも申し訳ないので、償いも込めて修復の魔法を壁にかけていた時だ。
「叔父様、ご無事ですの!?」
騒がしい足音が聞こえたと思ったら、勢いよく扉が開け放たれ、出来立ての壁と頑丈な扉に挟まれた俺が痛みに悶絶する後ろで「ちゃんとノックをしなさい」と、訪問者に注意してるライアンさん。
「大丈夫か? エドガー殿」
「ライアン殿が、エド、と呼んでくれたら、ダイジョウブかと……」
脈略もない俺の懇願に一瞬、戸惑って小首を傾げるライアンさん。
「エド、大丈夫か?」
たどたどしい感じが堪らなくて、つい「ありがとうございます!」と心に留めておくはずだった感謝を吐き出してしまい「本当に大丈夫か?!」と、心配させてしまった。
このやり取りを見ていた訪問者が、すごい形相で俺を睨んでいたけど、気にしないでおく。