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トウキョウタワー

 狂暴化した魔物や賊どもへの対処。隣国や他国との連携を図るための交渉。騎士団の統率を目的とした団長会議。国民への注意喚起。騎士としての通常業務。異世界人への講義。

 山のように業務はあるが、慣れてしまえば此方の勝ち。―― などと思っていた。


「叔父様、働きすぎですわ!」


 魔法学校から帰省をしていた姪の一言に、胸のあたりと傷口が痛む。

 頭と腕、胸部に巻かれている包帯で動きづらい体を動かし、上体を起こした私はメイドが運んでくれた昼食を口に入れる。

 連日のように行われる団長会議を終えて、五ヶ国語を習得して間もないサクラ殿とカエデ殿に魔法の訓練を受けてもらう為、訓練場へ向かっていた途中の階段で意識を飛ばしてしまい、上段から転げ落ちた私が宮廷医師より「過労」の診断結果を伝えられたのは、昨日の事。

 日頃から世話になっている医師殿の独断で、魔法による全回復ではなく、治療用のポーションを使った自宅療養が強引に決められ、今に至る。

「すまないな。せっかくの帰省を……」

「叔父様、それは言わない御約束でしてよ」

 そんな約束をしただろうか? と首をかしげる私の横で姪のアンジェラ・グラニエールは、慣れた手つきでリンゴの皮を剥き始め、綺麗に螺旋を描く様子に感動した。

「最近、学校の方はどうだ? また騒動に巻き込まれたと手紙に書かれていたが……」

 食事を終え、口元の汚れをナプキンで拭いた私の素朴な質問に「楽しいですわよ」と、リンゴの皮を剥き終えたアンジェラが答える。

「今回の騒動も、叔父様が心配されるほどでは――」

「片目を潰されかけておいて、何を言っているのですか。お嬢様」

 リンゴの一切れを刺したフォークを突き出され、切り身だけを受け取った私の耳に聞き捨てならない密告の内容が入る。

 入口で控えていた専属メイドのジュリアからの密告に、アンジェラの視線がせわしく動く。

「いえ、あの……。前回を教訓に、冷静な対応を心がけたのですが……友人の事を侮辱されて、ついカッとなり、言い返したら相手を怒らせてしまい、その際に放たれた火炎弾が、顔にズドンッと」

「その方は現在、王都の地下牢に拘留中でございます」

「よし、ジュリアは大臣に一報をいれてくれ、その者と面会したいと」

 好都合な情報を得て、ベッドから出ようとする私に椅子から立ち上がったアンジェラが止める。

「ダメです。叔父様は自宅療養を言い渡されていらっしゃるでしょう。ジュリア、余計な負担を叔父様にかけないでくださいまし!」

「申し訳ございません。事態を軽く見ている様子が納得いかず、つい……」

 素直な専属メイドの一言に「そうだな。アンジェラの悪い癖だ」と同調した私に、アンジェラの視線が鋭くなる。

「叔父様には言われたくありませんわ!」

 ハッキリと言われてしまい、ふと昨日の医務室でのことを思い出す。


 ちょうど現場に居合わせた大臣曰く、惨い状態で倒れていたはずの私が唐突に起き上がり、怯えているハルカ殿とカエデ殿に「訓練場は西側の階段でした。戻りましょう」と言って、無理やり立ち上がり、階段を上がろうと踏み外し、強かに頭部を打ち付けた結果、沈黙したと。

「アンデットのような見目でスタスタと歩くから、逆に怖かったぞ」

 それを聞いて、年上の大臣すら怖かったのだから彼女らは、もっと怖かっただろうと思い、訓練を別の者に任せること。なによりも迷惑をかけたことを謝罪。

「そんなの、全然だいじょうぶでず。よかった、いきてて、よがった!」

「ライアンさんは、イノチだいじにして!」

 そう言ってくれる彼女たちの優しさと、大臣と医師殿の気遣いに思わず泣いてしまったのは、今思うと少し恥ずかしい。


 記憶を辿っている間にベッドへ戻され、ジュリアと共闘して抑え込んでくるアンジェラ。

「行かせませんことよ。絶対に!」

 負傷中とはいえ、押し返せないほどの重圧ではないのだが……。

 貴族の令嬢らしからぬ形相で、右側から圧し掛かってくる可愛い姪を無下にもできず、今は療養に専念することを脱力した体と「わかった」の一言で伝える。

「しかし、ただ大人しくしているのもつまらないから、なにか話を聞かせてくれないか? 学校の事でも友人の事でも、―― 前世の事でもいい」

 早々と私が降参したことに疑いの目を向けていたアンジェラだが、話が変わるとなった途端、嬉々とした表情を浮かべる。

「でしたら、とっておきのお話がございますのよ!」

「そうか。楽しみだが、まずは上からどいてくれ、さすがに痛い」

 降参した時点で離れていたジュリアが、空になった食器を下げる中、圧し掛かった状態で語り始めようとするアンジェラを落ち着かせる。

「前世のわたくしが幼いころの話なのですけど、トウキョウタワーというものがあって――」

 椅子に座り直し、前世について話し始めるアンジェラの表情は生き生きとしていて、友人や学校での事を話している時とは違う、活力を感じた。

 正直、不安や心配が尽きない学校や友人関係について、聞きたい気持ちもあるが……。

 今は話す側と聞く側、双方に楽しめる話をした方が良いだろう。と、少しばかり現実逃避しているような気分で、可愛い姪の話に耳を傾けた。

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