急転・2
旅の道中で魔法の属性と因子を学び直した際、治癒魔法が各属性で傷の種類と患部によって得手不得手もしくは使用不可な場合がある事を思い出した当時の私は、後先考えずに医学や薬学の専門書を本屋で購入して彼女を含めた同行者たちに呆れられてしまった。
専門書も途中で武器としてつかってしまい、勿体ない事をしたと後悔している。
そんな思い出すら今では茶番劇にしか思えなくなった自分は、もうダメかもしれない。
姪の友人・ハンナ殿を攫うため、ランプランド王国の第一王子・ヴァイアスと結託して天空島を襲撃した犯行グループの主犯格である魔族は黒い槍に貫かれて白目をむいている。
「ライアンさん!」
もしや致命傷になっていないか? そんな不安を抱く私の傍にに天空島の主で、第十騎士団の団長・エドガーが今にも泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「エドガー、助けてくれてありがとう。アリスティア副団長たちは?」
口の中に詰められた土を吐き出した私は、助けてくれた礼とアリスティア殿たちの事を尋ねる。
避難させる際に彼女たちの悲鳴は聞こえていたが、構う余裕も無かったから怪我をしていないか心配だったが「ハロルドさんが身を挺して受け止めました」というエドガーの答えに一安心する。
「ごめんなさい、ぼくが不在だったせいでこんな……っ……らいあんさんの手足がっ!」
ついに耐え切れなくなった彼の嗚咽と涙を前にして、自身の不甲斐なさを痛感する。
回復薬を飲ませたからとカエデ殿の事も団員に丸投げして一人で飛び出した結果、油断して死にかけた挙句あんな場面を子どもに見られて、サクラ殿の一件から何を学んだのだ私は。
「落ち着きなさい。まだ危機が去ったわけでは無いんだぞ」
泣きじゃくるエドガーを抱きしめて宥めていると、不意を突くような唸り声に背筋が凍る。
視線を向けてみれば複数のドラゴンがコチラを睨んでおり思わず、愛想笑いを返してしまった。今のところ攻撃してくる様子はないが下手な事をすれば島ごと堕とされるだろうし、何も悪くないドラゴンたちを傷つけたくない。
アリスティア殿たちが操舵室へ到着する方が先か。ドラゴンたちの我慢に限界が来る方が先か。どっちにしても主犯格たちは回収しておかねば、和平交渉にも支障が出かねない。
「エドガー、私は魔族を回収するからキミは向こうで干からびている方を――」
断末魔を聞いて以降、放置していた第一王子の回収をエドガーに頼もうと視線を戻す。
戻した先には焦点の定まらない青い瞳と真っ赤な顔、荒い呼吸を繰り返しているエドガーが鼻から大量の血を噴出していた。胸筋から腹部にかけて急に生暖かくなってきた理由が判明し、納得する一方で「どうした!?」と予想外の事態に声を荒げてしまう。
「な、なんでもありませ、おもっていたより破壊力が……胸筋やべぇ」
なぜか幸せそうな顔をしているエドガーに私が戸惑っていたら「やべぇのはオマエさんの鼻血だよ」と呆れた様子で魔族の長・ハロルドが言い放った。
「さて、あそこにいる魔族の汚点は俺に任せてくれるか?」
両足の骨折をハロルドの土魔法で治してもらい、続けてローブを手渡された私は彼から感じる冷たい圧力に屈しそうな自分を励まして待ったをかける。
「こちらも聞きたいことがある。共同捜査ということでどうだ?」
「そりゃ願っても無い。あそこで倒れてる人間についても気になってたところだ」
「継承権は失くされているが一応、わが国の第一王子だ。手荒な事は出来ないぞ?」
彼が指さす方向には倒れ伏している第一王子がおり、情報共有も含めた忠告をすると「え、嘘だろ?」と言いたげな表情を向けられる。
「第一王子って―― アンジェラ嬢を見初めたとか言って、彼女の婚約者である異母弟のパラディア殿下を精神的に追い詰め、ハンナ嬢たちまで巻き込んだ偽の婚約破棄騒動を起こして、ウェルシュ大臣をブチギレさせたという第一王子・ヴァイアス殿下ですか?!」
「大丈夫なのか、ランプランド王国?」
「不安を抱いているのが自分だけだと思うなよ?」
黒い槍に貫かれたままの魔族を引きずって、こちらに戻ってきたエドガーの丁寧な説明を聞いたハロルドから不安げな表情を向けられ、当時の事を思い出した私は思わず本音を零してしまう。
「ゴメンな、本当にゴメンな、すごい重圧かけた上に迷惑までかけてゴメン!」
「謝罪より色の良い報告が聞きたい。そして早く事態を収拾したい」
まだ鈍い痛みが残っている両足で立ち上がり、周囲から聞こえてくる威圧的な羽ばたきに頭まで痛くなってきた私に「その通りだよね。よし、まずは早く危険地帯を抜けよう!」と、同意したハロルドが干からびた第一王子を引きずってくる。
「幸いにもドラゴンたちは様子を伺ってくるだけで攻撃してくる様子はない。副団長さんが生き残りの団員に学生を任せて操舵室へ向かっているらしいけど、どこにあるんだ?」
第一王子と主犯格を拘束したハロルドに聞かれ、鼻の詰め物を取り外したエドガーが黙り込む。
「ライアンさん、つかぬ事を伺いますが突入する際に入口を塞いだりしてないですか?」
唐突な質問をされて戸惑うも素直に「ワイバーン数体で塞いだ」と答えるが、少々説明不足だったらしく首を傾げてしまったエドガーとハロルドに突入時の事を説明する。
「道順を変える時に内外の魔力を取り換えているので出入り口は勿論、窓も塞がないようにしているんです。って以前お話しませんでしたっけ?」
「塞ぐとどうなるんだ?」
そういえば完成した当初に聞いたような気がする。中庭があるのも日の光に含まれている魔素を取り込むためと説明を受けたような? おぼろげな記憶を私が辿っている間に何気なく続きを促すハロルド。
「異常事態を察知して、その区域だけ切り離されます」
「団長、切り離された区域に操舵室が!」
まるで図っていたかのように絶妙なタイミングで事態の悪化を伝えてくれるアリスティア殿は本当に素晴らしい人材だ。さすが第十騎士団の良心、見習う事が多い。
「ドラゴンたちが天空島を押していってくれないだろうか? それこそ、ランプランドまで……」
対して第三騎士団の団長でありながら大失敗をした私は、あまりの申し訳なさで起きるはずのない奇跡を求めてしまい「九割でオマエさんは悪くないから気をしっかり持て」と、ハロルドに励まされる。
「任せてください、こんな時の為に僕が新しく作った風と雷に火を組み合わせた爆破魔法で!」
「絶対に危ないやつだからヤメロ! ここは俺のスキルを最大限に活用した分身バタ足で!」
「お二人とも落ち着いてください、っえ――?」
混迷していく場が突然の振動と気圧で静まり返る。
何事かと驚愕したまま固まっているアリスティア殿につられて島の外郭へ目を向けると、ドラゴンが天空島に体を寄せて飛んでいたのだ。それこそ「押す」ように、一体や二体ではなく複数体で。
「えっと、ドラゴンたちも穏便に済ませたいみたい、ですね?」
「そ、そのようですね……?」
エドガーとアリスティア殿から促されるように現実を受け止め始めていた私は、疲労と魔力不足に加えて放置していた脇腹と右手からの出血で限界が来たらしく、次の揺れで意識が飛んだ。
治癒魔法に関する属性ごとの得意・不得意
火:表皮など外側からの傷はすぐに治せる。内部からの傷は時間が必要。骨折は治療不可
風:細菌を含めた外部からの傷は治せる。気管系以外の内部は不可。骨折も不可
水:内臓や無毒化など内部の損傷は癒せる。骨折も時間は掛かるが治せる。外部の傷はものによる
雷:神経と気管系の損傷は治せる。消化器官や五感を除いて外側・内臓・骨折は不可。
土:外側の傷と骨折は治せる。内部の傷はものによる。
木:神経と骨折、器官系統は治せる。外側の傷は時間がかかる。内部は不可。
光:精神状態を平常で維持できる。五感の異常を治せる。
闇:精神状態の異常を平常に戻せる。五感を一定の状態で維持できる。
長々と失礼しました。




