おいしくいただきました
魔物が狂暴化したという報告をきっかけに、隣国との停戦交渉が前進した直後に起きた異世界人召喚のトラブルから二週間ほどが過ぎ、お互いに慣れが出てきた時のこと。
「ライアン殿が再婚すると聞いて、祝いの品を持ってきました」
純粋無垢そのものであろう満面の笑みを浮かべ、一見すると一般的な革製のカバンを二対で差し出してくれている年下の同僚が、昨日まで他国との交流会に出ていたことを思い出す。
「そんな予定は全くないぞ。エドガー殿」
久しぶりに十二騎士団が揃った会議を終えた矢先だったため、軽い混乱状態になった私が、はっきりと否定すると今度は、年下の同僚が困惑する。
しかし、再び混乱した私とは違い、瞬時に事実を見抜いた同僚は後ろを振り返ると一言。
「リリアーネさん!」
「そう怒るな、かわいい顔が台無しだぞ」
さすが最年少で団長になった天才と言われるだけあって、頭の回転が速い。などと謎の感心をしていた私に対し、同僚―― エドガルド・ロマネコンティが深々と頭を下げてくる。
「失礼いたしました!」
幼気な少年を困らせて何が楽しいのか。
少し後ろの方で、元凶である加虐趣味の同僚が下品な笑みで此方を眺めていたため、殺気も含ませて睨みつけたが軽く流されてしまい、苛立ちが増す。
一言いいたいところだが、肝心の当事者を放置するわけにはいかない為、まずは頭を上げてもらおう。
「気にすることは無い。むしろ祝いの品を無駄にさせてしまったな」
「ヒェェ、良い人が過ぎる」
なぜか悲鳴を上げさせてしまったが、伝えたいことは伝わっていると思う。
そこで私は、エドガー殿に彼女たちのことで説明をしていなかったことに気付く。
当日、居合わせた加虐趣味の同僚を含めた七人の団長には陛下が。翌日に任務から戻ってきた二人には大臣が説明しており、療養中だった一人には見舞いも兼ねて伝えておいた。と魔術師殿から報告があった。
見舞いのついでに伝えられる内容なら、情報伝達の魔法を使ってくれてもいいと思うのだが……。
頭の隅に沸いた【魔術師殿は大人げない疑惑】を部屋の隅に追いやり、同僚へ詰め寄ろうとしているエドガー殿を呼び止める。
「エドガー殿、諸々の説明も兼ねて一緒に食事をしないか?」
「いいんですか!?」
一瞬、首を真逆にひねられたのではないかと心配になるほど、大げさな反応を見せる彼の年相応な可愛らしさに緩んでしまった口元を隠す。
けれども、加虐趣味の同僚に気付かれ「グラニエール卿は守備範囲も寛大なのだな」などと面倒くさいことを言われた為、うっかり「貴女は範囲外ですので、ご安心を」と口を滑らせてしまい、室内が殺気で充満する前にエドガー殿を抱えて、その場を後にした。
城内の食堂では追い回される可能性があったため、城下町にある個室付きの食事処へ入店した。
「帰ってきて早々、災難であったな」
「いえ、そもそも確認を怠った僕の責任です。とんだ失礼を……」
「その事なら、悪いのはリリアーネだ。貴殿に非は無い」
今頃、怒り狂っているか。仕事で発散しているか。私への不満を団員にこぼしているか。どれかであろう人物の事は適当な所へ追いやり、項垂れるエドガー殿にメニュー表を差し出す。
「まずは食べよう。ここは肉料理もオススメだぞ」
「ありがとうございます。では………………【野菜炒め】を」
「わかった。では【ハンバーグ定食】を二人分に【野菜炒め】と【ショートケーキ】を頼む」
ちょうど飲み水を持ってきてくれた店員に注文した私が向き直ると、エドガー殿が目を丸くしており、少し面白かったので吹き出してしまう。
「今日は貴殿の誕生日であろう。日頃の労いも兼ねて、祝いをさせてほし……っあ、もしや甘いものは苦手であったか?」
子どもは甘いものが好きだという考えで、注文をしてしまったが、失敗だっただろうか。
そんな心配をしていた私を他所に、エドガー殿が「だいじょうぶです」と声を震わせて答えてくれたが、突拍子もない行動は控えた方がよさそうだ。