悪化
第十騎士団の拠点は昔、地下深くにあったという。
国の内外から情報を集めて保管しているのだから当然だろうと思う一方で合理性に欠けるのではないかという気持ちもあった私のモヤモヤを晴らしたのが、今の天空島だった。
確かに空なら便利だと感心していた私の反応にエドガーは不安を覚えたらしく。
「もしかして僕、マズいことをしてしまいましたか?」
良くも悪くもやらかしが多い彼の問いに、すぐさま首を横に振る。
「すばらしい発想と景色に見惚れていたんだ。よくがんばったな」
「っ……はい!」
すこし変態的かも知れないが、私の反応と一言に一喜一憂するエドガーの様子を見ていると胸の高鳴りに合わせて強く抱きしめたい衝動に駆られてしまう。それがアンジェラに対する感情と同じだと気づき、安堵する一方で汚らわしく感じるのは自分の心が小さいからだろう。
***
天空島の周りを覆いつくしているワイバーンの群れに紛れ、攻撃と侵入を行っている魔族の一団を目にしてカエデ殿が重傷を負った理由に納得した私は、裏切者の存在も確信した。
完成されてから一年弱で改良点はあった天空島に張られていた結界は、魔法石を原動力に島を包むような形で張られているらしく、その出来栄えは専門の者が絶賛するほどで国の方でも起用できないかと少し前から検討されている代物だ。
加減が覚束ないエドガーだけの手でなるものと言うならまだしも、変人の愛称で名高い専門家が関わっている結界が外部からの強襲で破られるとは考え難い。
「内部調査にリリアが協力してくれれば、楽なんだがな」
新たな問題の浮上に加えて、加虐趣味を持つ同僚の顔が浮かんで胃痛を覚える。
けれども眼前の事態を解決する方が先だと切り替えて、伝書鳩の形にしたアクアバレットをエドガーとディートリヒ総長の下へ送り出す。
続けてドラゴンの形で乗ってきた水の船を鎧に変えるが、その際に飛行形態で手間取って落下し続けた結果、天空島と距離が出来てしまう。見つかる可能性もあるが仕方ない、このまま直進しよう。
斜め下から突撃した事が功を奏したのか。向こうが私の存在に気付いたのは内部へ続く入口を、途中で捕らえたワイバーン数体を使って塞いでからだった。
「ひどい有り様だ」
外観から想像していたよりも激しい攻防が内部で繰り広げられていたようで、普段から光で包まれている廊下の惨状と残骸に鎧が溶ける。
「自ら防御を解くとはボケたな英雄ーー」
鎧が溶けると同時に攻撃を仕掛けてきた魔族三体へ向け、粘着性を過分に含ませた水の塊をぶつけて動きづらくさせた隙に距離を詰める。
「和平交渉の妨害と天空島の強奪、どちらが本命だ。-- それとも他に理由があるのか?」
私の質問に三体の内一体が、下卑た笑みを浮かべて応えたので試しに相手の右目を親指で潰したが、悲鳴しか出なかったので腹部に拳を叩きこんで黙らせる。
残っている二体から聞き出そうと目を向ければ、片方が雷魔法を放ってきたため、ちょうどいいところにあった肉盾を投げ込んで防ぐ。なんとも都合よく死角ができたので肉盾に付着していた水を変異させて、黒焦げになった肉盾もろとも二体目を串刺しにする。急所は外しているから大丈夫だろう。
人間とは違い、青緑の液体が流れている魔族は頑丈さも特徴で旅路では苦労したな。
「貴様らの事は嫌いだ。人間と同じ思考回路をしているくせに気づこうともしない様は反吐が出る」
両親を襲った魔犬は近隣の森に住むオーガの飼い犬だった。姉の足を奪ったゴブリンは縄張り争いに敗れた残党だった。義兄を貶めた連中は今も平然と生きている。
他にも例を挙げればキリがなく、和平交渉は多くの者から裏切り行為と認識されているだろう。
実際、十二騎士団の会議で提案した時は退任を要求される事態に発展し、危うく殺されかかったところをエルリア殿に庇われ、ウェルシュ大臣とディートリヒ総長からは精神状態を心配され、ルクリス陛下が珍しく自分から意見を言われるほどに反対された。
アンジェラや団員たちの今後を考えると、今すぐにでも投げ出したい。
「だが今回の案件は、何が何でも通さなくてはならない」
魔犬を飼うオーガは妻子持ちで、両親は食い殺される前にオーガの子を馬車で轢き殺していた。ゴブリンたちは放浪の末、周りを正しく認識できない程に飢えていた。クズどもは知らん。
ハロルドの村を訪れた際に見た現実と思い出した事実は、私にとって十分な理由になった。
「わかったら目的を教えろ。貴様にも家族はいるのだろう?」
そういえば、ハロルドに伝書鳩を飛ばすのを忘れていたな、聞きだしたら飛ばそう。
廊下に水を撒きながら滑走し、襲われた時は粘着性を含ませた水の塊を叩きつけて動きを封じたまま放置するを繰り返し、毎日変化しているという迷路よりも質が悪い道を進んだ先で開け放たれたままの出入り口を見つける。
そのまま通り抜けると目的地である天空島の中庭が見るも無残な状態になっており、膝から崩れそうになるのを耐えて周りを見渡せば、戦闘中のアリスティア殿たちがいた。
「アリスティア殿!」
五体の魔族に囲まれているアリスティア殿の後ろには魔法学校の生徒二名が立ち尽くしており、掛け声とともに魔族の一体をアクアバレットで貫けば、その場にいる全員から視線を向けられる。
「おやおや、付き人サマが登場とは騎士団の人手不足は深刻なようですね」
そんな中で声を掛けてきたのは、アリスティア殿たちから離れた場所で高みの見物をしている主犯格の魔族で―― 奴が腰かけているゴーレムの手には、姪の友人が捕らわれていた。
まさか今日が職場見学の日だったとは、アンジェラから聞いていたはずなのに忘れていた。
「おやおや、顔色が優れませんね。この娘を取られるのが余程、不都合と見える」
人質は勿論だが、わざとらしい丁寧語にも苛立ちを覚えた私は主犯格の魔族に水の槍を向ける。
「四肢を失いたくなければ、おとなしくその子を返せ」
「おやおや、恐ろしい……魔族よりも魔族らしいのではありませんか?」
口の端を釣り上げる主犯格の魔族は頭上に集めた土の槍をアリスティア殿たちに向けており、槍が放たれる寸前に間へ飛び込み、水の形状を槍から盾に変えて無理やり矛先を変える。
その際、土の槍が近くにいた魔族の一体を貫いたが、たぶん急所は外しているから大丈夫だろう。
「対峙する度に『自分たちは魔法の根源に選ばれた種族だ』と宣っておきながら、常に見下している人間のスキルを欲するとは……。見下げた根性だ」
「おやおや、お喋りな同胞がいたようだ。お仕置きが必要ですね」
悩まし気に息を突く主犯格の仕草が一々癇に障る。
ここから頭を狙えないだろうか? という考えを必死に振り払い、満身創痍のアリスティア殿に回復薬を手渡した私は魔法文字を使い、魔族たちの目的を彼女に伝える。
今回の襲撃は姪の友人・ハンナ殿を狙っての犯行で天空島は落とせなくても構わない事と、協力者が内部にいたため非常に向こうの計画がスムーズに進んでいる事を手短に伝えた私は、悲しさと悔しさが混ざった表情を浮かべるアリスティア殿から目を背け、主犯格と向き合う。
「内緒話は終わりましたか?」
「終わるまで待機してくれるとは、意外とのんびり屋さんなのだな」
「おやおや、痛いところを突いてくる。ですが安心してください、もう終わりますから」
言うや否や主犯格が指を鳴らすと残っていた魔族の三体が同胞を抱えて姿を消す。
何か企んでいるらしい主犯格に向けて水の矢を三本ほど放つが、内一本がゴーレムの右足に刺さった以外は明後日の方向へ飛んで行ったため、矢に仕込んだ細工に気付かれないことを祈るしかない。
そんな中、聞こえてきた咆哮に背筋が凍る。
「アリスティア殿、つかぬ事を聞くが操舵室の状況はどうなっている?」
「ハンナ嬢たちを案内している最中に襲撃を受けたので……。その時にカエデ様とも逸れてしまい」
なるほど、考えていたよりも最悪な状況だな。
ワイバーンの鳴き声が可愛く思えるほど、圧倒的な存在感を放つ咆哮に導かれて視線を向ければ、大小に違いはあれど威厳を感じさせるドラゴンが飛び回っていた。
かっこいい技名が思いつかない……。




