急転
旅を終えて間もなく、姉と友人に結婚したい相手がいると伝えた。
乗り越えなければならない事はあるけれど、添い遂げたい人だ。そう言い切った私に姉と友人は雄たけびを上げて号泣するほど嬉しかったそうな。
あの時は本当に人生で一番、幸せな時期だったと今でも思っている。
魔族との和平交渉は思っていた以上に難儀で、考えていた以上に溝が深く、予想以上に難航した。
まず西の王国で出会った少年もとい魔族の長・ハロルドの話では「魔族側も人間側との共存を望んでいる」という事だったが、それは少数派の話だった。
「何が準備は出来ているだ。半数以上が反発しているじゃないか!」
「それに関してはスマン、少し時間をくれ!」
村の重役たちと共に魔族たちを説得する。と言い、陛下との対談を終わらせたハロルドが国を出立してから間もなく。異世界人を召喚する際のデメリットについての情報が北の王国・トゥエルヴィランドと隣国へ流出したことが発覚した。相手も動揺しているのか、説明を要求する文が私宛に直送されている。
改めてハロルドから話を聞いてから。と考えていたのがアダになったか。
「何で流出してんだ。また第八か?」
「あれ、あそこの副団長って降格されてなかったっけ?」
忙しなく働いてくれている団員たちの会話は、次々送られてくる業務で埋もれていく。
そんな中、妹がアンジェラを引き取りたいと言い出した。
長らくまともに対話がなかった妹から呼び出しを受け、仕送りの催促だろうかと渋々応じた先で散々罵倒され、同じく呼び出されていたアンジェラを引き寄せた妹から何やら決意した表情で「これ以上、あなたの好きにはさせません」と言われて、唖然としてしまった私。
しかし、当のアンジェラが妹の手を叩き落とした事で不穏な空気が一変。
「帰りましょう、叔父様。今夜はオニオンスープが出ますのよ!」
呆然としている妹を押しのけ、颯爽とした足取りで私の傍まで来たアンジェラに手を引かれて立ち去ったまでは良いものの、その日以降から妹のスキルで文が届くようになってしまった。
「暇なんですか、妹さん」
何通目か数えていない文の中身を確認する私に副団長のケルトが呆れた顔で問うてくる。
「すまない……。昔から私の話だけは聞いてくれないんだ」
「何様なんですか、そいつ」
最初こそアンジェラの引き渡しを中心に罵詈雑言で綴られていた文の内容だったが、少し前から罵詈雑言しか書かれていない為、本来の目的を忘れているようだ。しばらくは放置で良いだろう。
「立場を譲ってくれた、やさしい子だよ」
「オニオンスープに負けたのに?」
一息ついたところでケルトから受けた指摘に、私は思わず吹き出してしまう。
「オニオンスープはアンジェラの好物だからな。仕方ない」
一週間前ということもあるが、母屋から立ち去る際に振り返った先で見た妹の呆然とした顔が幼い頃と変わっていなくて大爆笑してしまい、アンジェラたちを随分と心配させてしまったな。
笑いを堪える私が珍しいのか「メインは何でした?」と、話を続けてくるケルト。
「コカトリスのカラアゲだ」
答えた瞬間、ちょっとだけケルトから距離を置かれたような気がした。
「それでトゥエルヴィランドの方はどうしますか?」
切り出された最初の問題にはランプランド王国だけではなく、西の王国の今後もかかっているだろう。
些細なきっかけで戦争が起きかねない程、西と北は相性が悪く。対立の激しさは人間と魔族が抱える因縁より根深い。むしろ、そちらの方が理解しやすいくらいだ。
「あちらの胡散臭さは今に始まった事ではないが、王家を置き去りにしている態度が気になるな」
熟考の末、条件を点けさせてもらう方向で了承の返事を出すと決めた私に何か言いたげな顔をしつつ、了解したケルトが「隣国の方は?」と続ける。
「いつもの無茶苦茶な主張にも見えるが、以前のような傲慢さが無いように思える」
隣国は昔、海を隔てた島国を除いた国々を統治していた大帝国だったのだが、魔獣の狂暴化から弱体化が始まり魔王討伐が終わる頃にはすっかり萎んでしまい、今では最も小さい奇跡の国となっている。
「少し調べた方が良さそうだ。要求については引き伸ばし作戦で行こう」
隣国出身の団員曰く「国王には隠し子がいる」という噂も流れるくらい国内が荒れているのなら、四ヵ月前の停戦交渉も無視される可能性が高い。そうなる前に情報を集めて対策したほうが無難だろう。
「逆ギレしないといいですけどね」
「さすがに無いと思うが……。隣国から対処すべきか?」
「俺の勘が隣国は後回しで吉。と出ています」
やけに文章的な助言だが、それで助かっている日々なので「ケルトは頼もしいな」と素直に伝えれば、なぜか頭を撫で回された。私の方が年上なので倍返しすると引っぱたかれた、何故?
トゥエルヴィランドへの返書と隣国の調査をケルトに任せて他の仕事に手を付けようとした矢先、窓を突き破って何かが飛び込んでくる。
公私ともに初めてではないが、驚く事に変わりはないので一言いわせてもらおうと開いた口が止まる。
「か、えで……どの?」
窓を突き破って飛び込んだ勢いが殺せずに壁と衝突し、床に叩きつけられた状態で倒れている彼女の体から流れる血の量に背筋が凍り、机の中にある回復薬を掴みだして駆け寄る。水魔法による治癒は本人の血液を利用するので迂闊には使えない。
どうして傷だらけなのか。誰にやられたのか。天空島で何かあったのか。次々と質問が積み重なっていく中で、どうしても聞きたいことが一つだけ。
「エドガーは知っているのか?」
意識を取り戻すまで回復したカエデ殿に尋ねれば「だんちょうは別件で、でていて……まぞくが、きょてんに」と苦しそうな息をしながらも答えてくれ、駆けつけてくれた団員に回復薬と彼女を託して執務室の窓から飛び出す。
ホウキの代わりに以前、アクアバレットから作り出したドラゴンの体内に入り、天空島へ向かう。
外を見づらいのが難点だと思いつつ、周囲に浮かんでいる雲を利用して探知範囲を広げて探し当てた天空島の姿に絶句した。
西の王国・エヴィルランド:魔法至上主義、魔族とはバチバチの対立関係
北の王国・トゥエルヴィランド:スキル第一主義、魔族よりも西との対立が激しい
南の王国・ジャグルンランド:魔物と共生している民族が多い
東の王国・セツゴウランド:魔法ともスキルとも違う技術を持つ




