馴れ初め・3
推しを感電死させかけるというファンにあるまじき、非常識が過ぎる行いによってラスボスとチートキャラの殺意を買ってしまった俺ことサクラは現在、医療を担当する第十二騎士団で働いている。
確かに原作ゲームのサクラも入団したし、スキル関連にしても納得のいく人事なのだが、原作と違い人を殺しかけた自分でいいのかという疑問が沸いたので、配属の当日に母の推しである第一騎士団の団長で十二騎士団の総長であるディートリヒさんに「アタシが入って良いんでしょうか?」と尋ねた。
「良いも何も、キミを第十二騎士団へ入れてほしいと言ったのはライアンくんだからね」
「ライアンさんが?」
思わず聞き返した俺の顔が珍妙だったのか。小さく吹き出したディートリヒ総長は咳払いの後に「薬に関する知識が秀でていると彼から熱弁されてね」と、その時の事を語り始める。
要約すると遠征や戦闘が多い第四か第七で意見が割れている中、ライアンさんのゴリ押しで第十二に決定したのだという。強制力によるものか、彼のスキルによるものかは判別できないが、どちらにしても恐ろしいな。
「回復薬のグレードアップも可能とまで言われては、乗っからないわけにはいかないでしょ?」
「が、がんばります!」
ディートリヒ総長の言うように、原作のサクラがグレードアップさせた回復薬は第一作を含めたシリーズ全編で多くのプレイヤーを助けている。逆に過去編である作品では大いに苦戦を強いられるのだが、それは置いておく。
気がかりなのは、ライアンさんの立場が悪くなっている事だ。
ディートリヒ総長と後日、見舞いへ行った際に仲良くなったライアンさんの姪で同じ憑依者であるアンジェラさんからも励まされたけど、俺の一件も含めて彼が追い詰められているのは事実だ。
再び狂暴化した魔物。秘密裏に召喚された異世界人。当主でありながら未だに収まりがつかない本家の問題。突然の出立と帰国後に持ち出した魔族との和平交渉案などなど。もう不穏しかない状況の中で流れる噂の内容は酷いモノばかり。
真実を知る気もない癖に口だけは達者な連中は多い。特に敵わない相手を貶める為なら、無邪気に悪意を垂れ流す。-- それで傷つく人と、怒り狂う人がいる事も気づかない。
ゲームで対峙したエドガルドは「こんな世界でも、生まれてきて良かったと言っていた」と死の間際に語り出し「それでもぼくは、ゆるせなかったんだ」そう言い残して、こと切れた。
シリーズの中で最強と評される彼が残した言葉の意味を思い知ったのは、最終作で家族全員が打ちひしがれている所へ発売された『BUNKITEN 秘薬と聖女の物語』 -- 今いる世界を通してである。おわかりいただけただろうか、この絶望。
さらなる絶望に打ちひしがれる中、ある種の現実逃避で出した一つの希望。
「エドライが尊い」
ほら考えてみてくれ、後に全人類どころか魔族も屈服させるほどの凶悪にして最強のラスボスが闇落ちするほどに愛した相手は世界の為に戦った勇者の一人で、誰よりも何よりも自分の将来を慮って奔走してくれた人なんだよ? すれ違いで涙が止まらねぇよ。
しかも肝心の相手からは、守る対象としてしか見てもらえない上に公式が語った裏設定が酷い。
前国王がロマネコンティ家の娘に襲わせて生まれた勇者・ヨウイチの子。という時点でもう目も当てられないのに畳みかけるような内容の数々は昼ドラも真っ青なものばかり……。
そこへ前日譚のラストでサクラが見つけたライアンさんの日記に書かれた一文。
「それでも私は、あの子のことを愛している」
この一文を出すまで、どれほどの葛藤と覚悟があったのだろうか。
それを想うほどに涙が止まらず、意味合いも含めて行き違い過ぎている彼らの互いへ対する愛情で呼吸もままならず、初恋が実る事はないけれど一人の人間として愛してくれる人がいるという事実は最終作の悲劇を忘れさせるほどの感激をくれた。
「以上の事から、ライアンさんは俺の推しになったのです」
「さすが叔父様ですわ。マリアナ海溝を思わせる愛情深さで、ワタクシも圧殺されそうです」
西の王国から帰国して原作通りに魔族と人間の和平交渉へ向けて駆け回るライアンさん。
ただでさえ苦労の多い第三騎士団の通常業務に加え、領主の仕事もある中で前代未聞の計画を打ち出して疲弊していく彼をアンジェラさんが心配しないはずがなく。ついでにエドガルドくんの事で聞きたいことがあると言われ、ライアンさんが推しになった経緯も含めて語った俺。
「つかぬ事を伺いますが、乙女ゲームで裏設定はありますか?」
「我が家の暗部に触れるので詳しくは言えませんが……お母様と叔父様は、おば様と両親が別です」
聞き捨てならないが知るのも怖い事実を前に怖気づいた俺は「この話やめましょうか!」と、半ば強引に話を終わらせて今後の事へ切り替える。
「まず、このまま進むとライアンさんが殺されちゃうので時間稼ぎとして北の王国に情報を流します」
流出させる内容は、魔物が狂暴化する原因は異世界人を召喚した余波で起きている事実のみ。エヴィルランドと北の王国・トゥエルランドは昔からの因縁も込みで険悪な為、召喚していた異世界人を秘匿していた件で既にギスギスしている状況でコレは効くだろう。
そこに隣国のアスクランドが便乗してくれば、時間稼ぎには十分なハズ。
「時間があれば上手くいっていた。とのことでしたが、それは本当ですの?」
「それは確かです。
今現在がんばっているライアンさんには酷かもしれませんが、最終作でも解決できないレベルで根深い問題を残り三週間で何とかできるわけないでしょ。それこそチートでもない限り……」
推しを悪く言いたくないが、今のライアンさんは色々と重なりすぎて視野が狭まっている状態だ。そんな有り様で、いつもと同じ仕事ができるわけがない。そう確信している俺に「でしたら、時間を稼ぐ行為も無意味になるのでは?」と、アンジェラさんが不安そうに問うてくる。
「和平交渉については今後も出てくるんです。基盤が整う直前で、おじゃんになりますが……」
吸血鬼の子と友人になった主人公が共存を目指して奔走する第三作目や、オーガである先輩を一途に想う主人公の純愛を描いた第五作目を筆頭に『BUNKITEN』の未来編では毎回、希望を挫かれている。
「そして後に出てくる過去編で理由をじっくりと教えられる」
推しの過去を知る事となる第四作目の内容を思い出し、号泣する俺に「新手のイジメでは?」といいながらハンカチを差し出してくれるアンジェラさん。
「正直、ライアンさんのスキルと第二騎士団の団長が揃っている今だからこそ成立するんですよね」
考えれば考える程にライアンさんの存在がタイトル通り分岐点だったんだな。似たスキルを持つ子はいたけれど、彼ほどに私情を捨てる人は終ぞいなかった。
「叔父様のスキルって、そんなに貴重なものでしたの?」
しみじみと推しを尊く思っているところへ投げられた質問で、自身の迂闊さに愕然とした。




