馴れ初め 2
口を開けば、母の悪口と父や兄の優秀さを聞かせてくる祖母が、話の締めとして見せてくる兄の写真は今でも鮮明な色合いで記憶に残っており、兄が失踪してからも脳裏を過るほどだった。
だから初めて対面した時、あまりに似ているから夢かと思ったんだ。
第十騎士団で働き始めてから一週間。
漫画家を目指し、偉大なる先人たちから学んだ観察眼と幼少期より培ってきた察知能力で「溺愛とヤンデレは紙一重」ということを知った。
きっかけは働き始めて三日目の事。
使えないスキル持ち。出自不明な曰く付きの女。役に立たない魔法属性。などなど、仕事を覚えている最中の新人団員に対して、聞こえるか聞こえないかの声量で発せられた言葉には既視感があり、対人関係で悩むのに異世界とか関係ないんだなぁ、なんて感心していた。
「あの男、いつもいつも厄介な仕事を押し付けてきて……。団長が断らないのを良い事に!」
そんな中で聞こえてきた悪口に、思わず手と足が止まってしまう。
「借金を肩代わりしたんだか知らないけど、団長の事を良いように使い過ぎでしょ。何様なの?」
「今の地位だってタナボタも良いところよね? 所詮は付き人の癖に」
「魔法に関しては尊敬してたけど、魔族との和平交渉なんて……」
「やっぱり言い伝えは本当だったのよ。-- グラニエール家の男子は国を亡ぼすってやつ」
「第三騎士団の団員たち、あんな男の下で働かなきゃいけないなんて可哀そう……」
「本家と領民の方が可哀そうじゃない? 本当、迷惑な奴よね」
止まっていた手足が冷たくなっていく一方で、血液が全部、頭の方へ集まっていく感覚がした。
今すぐにでも、抱えていた資料を放り投げて会話の中へ割り込んで、連中を怒鳴りつけたい気持ちに駆られたが、その資料は副団長であるアリスティアさんが必要としているものだったので放り投げたい気持ちは抑えつつも普通に通り道だったので、そのまま直進する。
「休憩中か知りませんけど、廊下のド真ん中で立ち話とかやめてくれません?」
邪魔だから退け。と持ち前の悪人面に力を入れれば、そそくさと立ち去って行く四人の女性団員。
騎士団員の癖に他愛もない。なんて思いながら、歩き出したら何故か曲がり角で少年団長もとい、上司のエドガルドくんと衝突する。
吹き飛ばしはしなかったし、荷物も無事だったが、拙者の方が尻もちをついてしまった。
小さな紳士である彼が差し出した手に甘え、資料を半分ほど持ってもらって、アリスティアさんのところへ向かう。
「あの、ロマネコンティ団長」
「エドガルドの方で大丈夫ですよ。苗字だとゾワゾワしちゃうので」
ソワソワではないのか、彼もまた苦労が多い家系らしい。
「では、お言葉に甘えて……。エドガルド団長は、グラニエール家の言い伝えって知ってますか?」
「ランプランド王国の言い伝えですね。不本意ですが知っています」
「えっと、グラニエール家の男子が国を亡ぼすって、どういうことですか?」
もしや禁句だっただろうか。戦々恐々になりながらも質問を続ければ「あまり詳しくは知りませんが」と言い、能面のような顔で語りだすエドガルドくん。やっぱり禁句だったのだろうか。
「グラニエール家は代々騎士の家系で、建国より前から王家を支えてきた由緒ある一族なんです。大臣よりも権力を持っていた時期があったくらいで、その当時は国内が荒れに荒れていたそうですよ」
「騎士家系なのに?」
「貴族社会には珍しい女性が当主に就く家柄で、当時の方が相当な野心家だったとか」
なるほど、楊貴妃とかクレオパトラとかの類だったか。騎士団と言っても魔法が使える世界なら男女の別は無いのかな? ちょっと羨ましい。
「その時代から王家の婚約候補から外されるようになったそうです」
「国を荒らしたと考えれば当然でしょうけど、なかなか理不尽ですね」
「事実は知りませんけどね。国王も相当な女好きだったそうですし」
あれ、この子もしかして自分の国が嫌いだったりする? そういえば、ライアンさんが王様の子どもを抱っこしているところに出くわした時、禍々しいモノを放っていたような気がする。
「その一件から次の当主を男性にしたらしいんですが、半年も保たなかったそうです」
「保たなかった。続かなかったではなく?」
呪いの類だろうか? と推察する拙者に「呪いだと思うでしょう?」と、大きな溜め息と共に此方の思考を読み取るエドガルドくん。
「アンジェラ嬢が言うには、女尊男卑が根強いのだそうです」
「そっちかぁ……」
地味に嫌な現実を突き付けてくる世界に、歩みを止めて天を仰ぐ拙者。
「一応、人魚の怒りを買った王家の身代わりでグラニエール家の男子が差し出されたとか。初代の当主が人魚との間に成した男子を殺したとか。あるらしいんですけどね」
拙者の反応を見て、エドガルドくんが付け加えた話の内容に謎の安心感を覚える。
「人魚かぁ、ライアンさん実は人魚だったりしませんかね」
「僕もソレを期待して水槽とか準備したんですけど、水属性の人は泳げないって知って苦い思いをしたことあるんですよね」
そういえば、魔法属性を学んだ時に教えて貰っていたわ。
水属性は泳げない。火属性は暑さに弱い。風と雷の属性は飛行が苦手。土属性は陶芸のセンスが人型で固定。木属性は農作業が不得手。光と闇の属性は互いが弱点とか。-- 意外性があったりなかったりで面白かったのに、会話の衝撃で忘れてしまっていた。
重ねて思い出したけど、全属性を使える上に各属性の弱点を補っている無属性って反則級だな。しかも新しい魔法を作り出すことも可能とか、ちょっと設定を盛り過ぎてない?
そんな考え事をしているとエドガルドくんが呼び出されたので、拙者は自分のスキル【ペンタブ】でマジックハンドを空中に描いて彼が持ってくれていた資料を受け取る。
「ありがとうございます。お礼と言っていいか不明ですが、ライアンさんのイラストと個人的に勧めたいお菓子をお届けしますね」
「竜宮城に招待された気分です。楽しみにしていますね」
深海の圧力ぐらい期待されていると気付いたのは、次の仕事に取り掛かってからだった。
あれ、そういえば言い伝えの具体的な内容を聞けていない気がするぞ。
後日、副団長の用事のついでにランプランド王国へ降り立ち、ライアンさんに紹介された菓子屋でオススメの菓子を購入した拙者が約束の品を揃えてエドガルドくんに贈答したのは、昨日の事。
「ライアンさんは僕にとって世界のすべてなんです」
彼の解釈と趣味を考慮しながら自分なりに描いた「ライアンさん」のイラストは、彼のお眼鏡にかなったようすで恍惚とイラストを眺めていたエドガルドくんが唐突に語り始める。
「誰かから聞き及んでいると思うんですが、僕の実家は祖父が遺した多額の借金と心中事件で荒れていた時期がありまして……。親戚を語る人たちに家を奪われそうになったんですよ」
大人でも口にするには重すぎる単語をポンポン、と出してくる齢十一の天才少年を前にして思わず「うわぁ」と、後ずさりしてしまう拙者。
「本来、家を継ぐはずだった長子の兄は心中事件で殺されていて、まだ十四の次兄が当主をするには後見人が必要だったんですけど、事件の影響か誰も引き受けてくれなくて……。母の実家からも見限られていた時に助けてくれたのが、ライアンさんだったんです。
ご自身も実家が全焼した際にお姉さんを亡くされて、アンジェラ嬢を引き取って間もない中で金貨五千枚もの大金をポンッと出してくれた上に後見人まで引き受けてくれて……」
多い、情報量が多いよ。しかも内容が重たい。コレ、どんな顔で聞けばいいの?
ディートリヒ総長からチラッと聞いて気になったから図書館で調べたりしたけど、ロマネコンティ子爵邸の心中事件って確か八年前に起きたんだよね。不自然なくらい詳しく書かれてなくて、翌年に次兄が跡を継いだって記事が出て以降は何もなくて不気味に感じたな。
それにしてもライアンさんが関わっていたのは初耳だ。記事にも書いてなかったし、借金を肩代わりしたって事もアンジェラ嬢から聞いたのが最初だ。
今でこそ【天才】と【最強】の名を冠している彼といえども、当時は二歳。
出来ない事の方が多くて歯痒い思いをたくさんしてきただろう。嫌な思いもしてきただろう。毎日が不安な日々だったかもしれない。
「今の僕や家族があるのはライアンさんのおかげなんです」
拙者が描いたイラストを抱きしめて、確認するように彼の名を繰り返す様子は宝物を取られまいとしている年相応の子どもに見えた。
とりあえず過去語りは終わったようだし、拙者も仕事があるので正気に戻ってもらおう。
「だからライアンさんの役に立ちたいんです。ライアンさんに恩返ししたいんです。ライアンさんを支えたいんです。ライアンさんが認めてくれればいいんです。ライアンさん以外なんて知らない。ライアンさんを否定する人なんていらない。ライアンさんを悪くいう奴に価値なんてない。ライアンさんを貶める奴も罵倒する人も侮辱する者も見下す輩も許さない。ゆるさない許さない赦さないユルサナイ」
「え、えどがるどだんちょう?」
しかし彼から突然、禍々しい何かを感じて呼びかけようとした声が小さくなる。
「何でライアンさんの事を認めないんだ。誰がライアンさんに無理をさせているんだ。どうしてライアンさんばかり辛い目に遭うんだ」
マズい、ライアンさんがゲシュタルト崩壊している。副団長を呼びたいところだが、こんな状態のエドガルドくんを彼女に見せていいのか迷っている内、禍々しい気配が大きくなっていく。
「ライアンさんは誰よりも努力している。ライアンさんは誰よりも綺麗だ。ライアンさんは誰よりも優しくて素直で思いやりがある。ライアンさんは誰よりもだれよりもダレヨリモ尊敬できる人だ。
第三騎士団の人たちだってライアンさんを想っているのに、タナバさんやジュリアさんや領民の人たちも慕っているのに、アンジェラ嬢だって敬愛しているのに―― なにがかわいそうなんだ」
「いや全くその通りですね。団長の言う通りです。ライアンさんのすごさを理解していただく為にも拙者と団長で職務を全うしていくしかありませんな!」
必死に考えて出した同調、同意、提案の三段で構えた発案は思いの外、エドガルドくんの心に刺さったらしく禍々しい気配は一瞬で消え去る。
「ありがとうございます。カエデさん、ぼく、がんばります!」
不穏な気配から一転、此方の目が眩むほどに眩い光を放っているエドガルドくんの表情から感じるダレかの面影は、自分の見間違いであると思いたい。




