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旅支度の経緯

 平和な家庭と環境で育ったにもかかわらず、大学を卒業後に入社した黒すぎる会社で溜めたストレスが原因で死んだ自分が、マンガや小説みたいな展開を迎えていると知りたくなかった今日この頃。

 性根がビビりな事もあって他者への警戒心が過剰になる自分に、あの人だけが向き合ってくれた。


 乙女ゲーム『マジックラバーズ』の悪役令嬢・アンジェラに転生してから十年余り、魔法学校へ通うようになったアタシが気付いたことは、叔父の魔法やスキルに対する姿勢が異常に丁寧である事だ。

 同い年は勿論、上級生にも教師陣にも、特別講師にさえ、叔父以上の使い手はいないと断言できる。

 身内贔屓と言われるかもしれないが、それくらい叔父の水魔法は美しく洗練されていて無駄な所作が一切、感じられないのだから仕方がない。

 それが家庭環境から生じる一種の強迫観念から来ているのだと気づいたのは、最近の事。

「叔父様が殺されるとは、どういうことですの?」

 きっかけは、この世界に勇者として召喚されたサクラ・コガラシさんとの会話。

 自身の魔法が原因で倒れ、二度目の療養から叔父が復帰する前日に訪問してきた彼女は、驚いたことにアタシと同じく登場人物に憑依した異世界人である事が判明。

 叔父が鍛錬に出ていた事と自分が聞きたい事もあって、無理を言って引き留めたのだ。


 ジュリアの茶菓子で懐柔して彼女から聞きだしたのは、この世界の末路。

 破滅エンド回避を一応は成功させたアタシにとって、寝耳に水な内容ばかりで、嘘だろ。と思わず口に出してしまったほどの衝撃だった。

 ついでに彼女と自分が所謂、並行世界の住人的な存在であることも判明したが、それは置く。


 世界の末路を聞いて最初に気になったのは、叔父の事。

 カエデさん達を筆頭に聞き馴染のある名前が出てくるのに、と思っていた所へ「あんなに懐いている姿を見ていると、ライアンさんが殺された時の激情っぷりにも納得ですよ」と、聞き捨てならない内容を耳にして思わず、彼女の両肩を掴んで詰め寄っていた。

 アタシの悪役顔の気迫に押されたらしい彼女から「具体的な名前は言えませんよ?」と確認され、悔しく思いながらも頷く。

「まず、俺がやってたゲーム『BUNKITEN』は転移者と転生者が立場や役割、互いの価値観を衝突させることに重点を置いた作品だというのは説明しましたよね?」

「聞きましたわ。それでカエデ様とエロガキーー エドガルド様が衝突すると……」

 過労で倒れた叔父の下へ見舞いに来てくれた二人を思い出し、片や穏やかな訪問。片や襲撃と相違の無い訪問。-- あのガキはホンマに加減てものを知れや。

「カエデ様が移動を終えてしまいましたけど、大丈夫なんですの?」

「それは大丈夫。まぁ、二人が対立する理由はライアンさんなので、今のところはですが……」

 苛立ちを抑えて投げた疑問の返事に一瞬、カエデさんと叔父の密会現場にエロガキが居合わせるという昼ドラ的な内容が脳裏を駆け巡る。

 いや問題ないとは思うよ? 再婚するって聞いて祝いの品を贈る余裕があるんだもの、問題ないとは思うのだけど、なぜだか血みどろの現場とカニパリズム的な場面を想像している自分がいて、それは彼が叔父に向ける矢印の重さを知っているからで、あのカバン、大丈夫だよね?


「ぶっちゃけて言うと、ライアンさんが付き人をした勇者はカエデさんの兄です」


 そんな妄想と不安に溺れるアタシを現実へ引き戻すのは、サクラさんが暴露した内容だ。

「アンジェラさんは、友人と恩師が危機的状況に陥っていたら、どっちを助けたいですか?」

 詳しく話を聞きたいと思っていた所へ、投げられた質問に戸惑いながらも自身の記憶を振り返り、最終的に浮かんだ師匠の顔が浮かぶ。

「状況にもよりますが、ワタクシなら恩師を選びますわね」

「なら、自分の人生を良い意味で変えてくれた友人と悪い意味で変えた恩師なら?」

 続く質問の意味を何となく察しつつ「友人の方を、取りますわね」と、素直に答えれば、渋い顔をしていたらしいアタシにサクラさんは「俺も同じです」と、苦笑する。

「じゃぁ、それを前提にした友人の身内と恩師の身内なら?」


 何となく、が確信に変わった瞬間だった。


「友人の身内は自分と似たような境遇で、恩師の身内は友人と似たような性質です」

 自分は今、叔父の置かれている状況と与えられた役割、そして人生の一部を、疑似体験しているんだと気づいた途端に思考回路が上手く動かなくなってしまう。

「叔父様は、どういった状況で殺されますの……?」

 鈍くなった思考回路で、ようやく出した言葉にサクラさんも決意したらしく、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干し「西の王国で」と、語りだす。

「西の王国でライアンさんは、転生者である魔族の長と出会います。

 彼から異世界人召喚で起きる本当のメリットとデメリットを聞き、正式な扉が魔族の村にある事を知ったライアンさんは、扉を使用する条件で【魔族と人の和解】を目指すことになります」

 悪役や主人公もいるのだから、人外もいるだろうとは思っていたけども……。叔父様、記憶持ち転生者とのエンカウント率が高すぎませんこと? というか【魔族と人の和解】って、難易度が高すぎませんこと? というか、勇者の付き人をした英雄に対して失礼極まりないのでは?

 ツッコミどころは満載ですが、一先ず話を最後まで聞きましょう。

「ルクリス陛下にさえも反対された条件ですが、友人との約束とカエデさん達の為に各国の王と魔族の長が交渉できる機会を得たライアンさんは、前日に、グラニエール家の使用人に殺されます」

 ヒュッと吸い込んだまま、呼吸が一瞬だけ止まる。

 勇者の付き人。ランプランド王国の英雄。最高の魔法剣士。騎士の鑑。などなど賞賛される一方で叔父は、クソババアーー 叔母と取り巻きの使用人に毛嫌いされている。

 理由は「男子だから」という、すごく意味不明なのだがグラニエール家では割と重要な案件だ。

 それについても知っているのだろう、話を続けるサクラさんの表情は暗い気がした。

「使用人が行った偽装工作で、犯人にされた魔族をエドガルドくんが殺そうとしたのをカエデさんが止めて、そこから二人は衝突するようになります。

 最終的にはカエデさんの一言がエドガルドくんの逆鱗に触れ、彼女は殺されて、それに俺ことサクラがキレて、今度はエドガルドくんとサクラが殺し合うことになり、最後は使用人もろともグラニエール家を潰したエドガルドくんが闇落ちして……。エピソードゼロは終わります」

「エピソードゼロ……え、一作目の内容じゃないんですの?!」

 主人公に転生したと言っていたから、てっきり一作品目の内容かと思っていたのに。というアタシの戸惑いに対して「はい」と、簡潔に返答するサクラさん。

「一作目は王国に残ったサクラさんの息子が主人公で、エドガルドくんと対峙する展開です」

「それ、プレイヤーの心を抉るタイプやないですか……!」

 サクラさん視点だから、それで済んでいるのだろうと察したアタシは、ふいに叔父と談笑するエロガキの年相応な表情を思い出す。

 つらいなぁ、と頭を抱えるアタシの胸中を知ってか知らずか。

「大丈夫。-- エドガルドくんを超える背景の人が三作目で出てきますから!」

 力いっぱいに立てられた親指を、そのまま逆方向へ曲げたくなった。

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