西の王国
コトワザなるもので、好奇心で猫が殺される。という物騒な内容を初めて聞いた時は、単純な恐怖心しか沸かずに実感自体は無かった。
それが的を射た言葉遊びだったのだな。と気づいたのは、自分の腕が吹き飛んだ時だった。
第十騎士団の拠点である天空島にカエデ殿を送り、入団の手続きを見届けた後に私用も済ませた私がエドガーと共に出入り口で鉢合わせたアリスティア副団長から「グラニエール団長がいらっしゃる前日に大臣から『働きすぎだから西にでも旅行しなさい。と伝えてほしい』と言われまして……」と。
この状況で!? という気持ちが表情に出ていたのか、アリスティア殿を困らせてしまった。
その後「挨拶くらいさせてほしい」と怒り顔のカエデ殿や「一泊どうですか」と期待しているエドガーに謝罪し、天空島から領地へ戻った私は西の王国・エヴィルランドへ向かう事にした。
「西の王国でしたら、詳しい方がいらっしゃいますわ。案内して貰っては如何でしょう?」
急ぎのモノから片づけつつ、私が身支度と荷物をまとめている傍らでダンスの復習をしていた姪・アンジェラが提案してくる。
常日頃からダンスに苦手意識を持っている彼女の、上達している様子に感動と寂しさから目頭が熱くなったのを誤魔化すために「学友か?」と、話の続きを促す。
「はい、エミリオさんという方で以前、誘拐された時に助けてくださった方ですわ」
専属のメイドであるジュリアに渡された布で額を拭い、満面の笑みで答えてくれたアンジェラ。
しかし、彼女の言う「誘拐された時」が「いつの時」なのかがわからなったため、私は正直に「どの誘拐事件だ?」と尋ねる。
「文化祭の時ですわ。ほら、叔父様がくそばば―― 叔母様の盾替わりを強制されて死にかけた時、回復薬をくださった青い髪の方ですわ」
「おお、あの時の彼がエミリオというのか。そういえば、礼も言えぬままだったな」
顔も名前も不明で、せめて卒業式の前に見つけたいとは思っていたが、まさか半年の間に再開できる機会を得られるとは思わなんだ。
だが、いきなり誘いを入れられては相手も困るだろう。と、私が遠回しに断るつもりでいた事を知ってか知らずか、いつの間にか姿を消していたアンジェラが次の瞬間、外出用のドレスで現れ「ご本人から現地集合の返事が届きましたわ」という結果を告げてきた。
「時間の操作でもしたのか?」
「ライアン様、お嬢様、お荷物と馬車の用意ができました」
仕事の速さに対して、感心よりも恐怖心を抱いたのは初めての経験だった。
領民への挨拶を兼ねた見回りを済ませ、残った仕事は執事長のタナバンさんに引き継いでもらい、ランプランド王国・グラニエール領を出発してから数時間ほど。
愛馬のマタタビに牽いてもらった馬車は、何のトラブルもなく西の王国・正門へ到着。
アンジェラ曰く、件の学友・エミリオくんが正門まで迎えに来てくれるそうなので、待機している間に水魔法で戯れる事にした私。救助で使う水のクッション・バブルの形をネコやイヌに変え、空中で浮遊させていくとアンジェラは勿論、ジュリアも目を輝かせてくれる。
それが嬉しくて、夢中になっていると馬車の外からノックされたので我に返り、待ち人が来たことを教えてくれた門番の後ろにいる人物を見た私は、馬車から転がり出る。
「えっと一応、初めまして、かな?
エヴィルランド王国、第十八王子のエミリオ・マルガレーテ・エヴィルランドです」
「これは、とんだご無礼を、アンジェラの叔父のライアン・グラニエールと申します!」
転がり出た際に付いた泥を落とすため、もたついている間に【アンジェラの学友】であるエミリオ王子が自己紹介を終えてしまい、急ぎ自己紹介で返す。
「アンジェラ嬢より、我が国を案内して欲しいとの事でしたので僭越ながら、この僕が案内を――」
「あ、その前に少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
先ほどから無礼ばかりを重ねている私に対して「いいですよ」と、朗らかに返してくれるエミリオ王子を見ていて、思わず自国の王子たちと比べてしまう。
比較は良くない。ないものねだりは無益な労力。ルクリス陛下の王子たちに至っては未だ幼児。
そんな呪文を脳内で繰り返していた私が、エミリオ王子を凝視した状態で硬直しているアンジェラに詰め寄ると「フルネームを知ったのは、今日が初めてなんです」などと弁明がされる。
そんなわけないだろう。と言いたかったが、エヴィルランド王国が抱える歴史的な問題を鑑みれば、なくはないか。と冷静に考えいたり、確認を怠った自分にも非があると思い直す。
「その辺については私にも非はある。それは、認めるが―― 一国の王子に案内役をさせるとか正気の沙汰じゃないぞ?」
努めて冷静に指摘した内容は、日頃から危なっかしい対人対応をする彼女にも刺さったようで、うめきながら頭を抱えてしまう。
幼少期、婚約者のパラディア殿下を含めた幼馴染の令息たちに失礼三昧だったアンジェラが、ここまで意識を変えてくれた事実に泣きたいところだが、いつまでも他国の王子を放置していては問題が起きかねない為、びしょ濡れの馬車内を乾かしながら腹をくくった私。
「大変お待たせいたしました。馬車の中の掃除が終わりましたので――」
馬車の中でやる戯れではなかったと、今更ながら思い返した私が振り向くと、眼前にエミリオ王子が迫ってきた。
「今、風魔法と火魔法を同時に使いましたよね!
水属性の方は火魔法を使えないと習っていたのですが、どうやったんですか? あと、先ほど馬車の中に透明なネコが見えたんですけど、水魔法で生み出したんですか? さきほど話をしている時にメイドの方が持ち出していたので触ってみたらゼリーみたいな感触がしたんですけど、アレが噂に聞く【触れても壊れない水の球体】ですか? ひょっとして【跳ね返る結界】にも関係があったり――」
「エミリオ殿下、落ち着いてください!」
ビックリした。いや、度々詰められることも囲まれる事もなくはなかったが、ビックリした。
控えていた門番の騎士が止めてくれなかったら、驚きのあまり奇声を上げていただろう。後ずさりをするだけに留めていた自分を褒めたい。




