好奇心
転生先が祖父の借金と心中未遂に加え、悪辣なオジ一家に占拠されかけている子爵の家。という事実に絶望した。
それ以上に絶望したのは、状況を打破する力が自分には皆無であったという事。
長らく関わっていなかった伯爵家から、あの人が来てくれなかったら、そして手を差し伸べてくれていなかったら、自分は今頃何をしていたのだろう。
国外の情報を収集するという大義名分の下、前世を思い出したことにより増大した子どもながらの欲求と衝動は、自分が思っていた以上にコントロールが効かなくて……。
職権乱用の末に積み重なった山は、まるで僕の罪を体現しているようだった。
「ちがうんです。コレは決して、やましい感情があるわけではなく! あくまで観賞用と保存用に複数を購入した結果であって、決して、僕の自作ではなくて、あくまで買う側と言いますか。入手する側というか。狩人が獲物を手にするときの感情といいますか――」
「わかった。わかったから一度、落ち着きなさい」
深々と頭を下げ、必死に言い募る僕を宥める憧れの人・ライアンさん。その後ろでは、僕が集めた品々を興味深そうに眺めているカエデさんと此方の様子を見守っている副団長のアリスティアさんが、お茶会を開いている。
「エドガルドくん、この人形は着せ替えタイプみたいですけど、衣装は何着あるんですか?」
焦りのまま収納しようとして失敗し、床に散らばった品々をテーブルの上で並べてくれたカエデさんからの質問に「合わせて二十八種類あります!」と、素直に答える僕。
ライアンさんの呼吸が一瞬、止まったような音が聞こえた気がしたけど、流した。
「関節を動かせるものまで……。製作者の熱意を感じる逸品ですな」
「わかってくれるんですか、その作品の良さを?!」
アリスティアさんを含め、他の団員さんたちには気味悪がられた一体を、感心した様子で眺めるカエデさんに詰め寄る。
「離婚する前の両親にねだって、買ってもらった品が丁度、こんな感じでしたよ」
さりげなく重たい話題が出てきて、思わず言葉に詰まった僕の背後で「ご両親は健在なのでは?」と、驚いているライアンさん。
「父の方は知りませんが、母は元気ですよ」
「失礼ながら、離婚理由について伺っても……?」
あっけらかんとしているカエデさんに尋ねるライアンさんの様子が、いつもと違った気がした。
普段なら「そうでしたか」とだけ言って、切り替えているだろう話題を続けるのは、やっぱりカエデさんが異世界人だからだろうか。
「アタシが七歳になる前かな? 七つ上の兄貴が行方不明になって、父方の実家が騒いだのをきっかけに今までのストレスもあって、母がアタシを連れて出ていく形で離婚になりました」
「お兄さんが?」
「はい、―― 母を自殺寸前まで追い込んだクソガキです」
手に持っていた人形を置いて、聖母のような微笑みを浮かべているカエデさんが放った一言で、室内の空気が急降下する。
「さて、入団テストとかあったりしますか?」
「自ら室内気温を下げておいて……。さては、今までの話は、っ!?」
静まり返った室内で手拍子を一つして、話題を変えるカエデさんに一瞬、希望を抱いた僕だったけれども「残念ながら、事実です」という無情な一言に、再び項垂れる。
「ウソであってほしかった!」
心からの叫びに苦笑するカエデさんと、額を抑えているアリスティアさん。
「カエデ殿、一つ尋ねたいことが……」
気持ちを切り替えて、机の上に並べられた宝物たちを自作のマジックポーチへ収納していると、黙り込んでいたライアンさんが口を開く。
名指しされ、緊張した空気を察して「なんでしょう?」と、背筋を伸ばすカエデさん。
けれども、数秒の沈黙を破った後に「なんでもありません」と、申し訳なさそうに眉尻を下げるライアンさんの一言で思わず脱力する。
ようやく始まった入団の手続きは、書類の提出と誓約の儀が中心なので三十分ほどで終了した。
終了後、アリスティアさんにカエデさんの事をお願いして、一息ついていた僕にライアンさんが差し出してきたのは【召喚の儀】の事が記載されている書物。
以前、カエデさんたちの事を聞いた際、いくつか浮かんだ疑問を調べたいといったのを覚えていてくれたんだろう。そういうところ、ほんとうにカッコいい。
「いいんですか? こんなに貴重なものまで……」
「必要なアイテムが喪失しているのに、資料だけがあっても無意味だろう」
虚ろな表情で言い切り、腹の底から吐き出されたライアンさんの息が顔にかかる。
柑橘系の爽やかな匂いがして、全力で吸収しそうになるのをぐっと堪えて「勇者は、どんな人だったんですか?」と、問いかける。
勇者-- ヨウイチ・ギンジョウの事を知らない者は、数えるほどしかいない。
魔獣の狂暴化を収めた件もそうだが、彼の功績は各所で挙げられており、ある日パタリと姿を消した事から天の遣いだったのではないか。という噂が立つほど。
そして何より、ライアンさんが「友として傍にありたい」と望むほどの人が、どんな人物かが気になった。
「面倒くさい男ですよ。思わず、殺意が沸いてしまうくらいに」
予想外の返答に思わず「へ?」と、素で呆けてしまったのは、致し方ないと思う。




