魔法使い事始め……➇
「はっ! 任せとけ。奴が払った時間と労力……全部ただの無駄骨にしてやるよ!」
能力を使う時……大切なのはまずイメージだ。
この能力を身に着けた時の事はよく覚えている。ガキの頃、真っ暗な湖底に沈んだ俺は僅かに光る石に手を伸ばした……そしてその力が自分に宿った瞬間、俺は“能力の使い方”を突然“思い出した”んだ。
「我ながらおかしな表現だけどな……」
「何か言った?」
「いや……なんでもねえよ。さっさと片付けて帰ろう」
俺は二條と共にユニットハウスの外に出て、入り口付近のすぐ前の地面に手を触れた。
「さあ……いくぞ」
――――――――――
『……ついでに首も洗っとけ! このクソ野郎!!』
― プッ ―
青年がカメラに下品なハンドサインをかざしたと同時に……モニタの映像はぷっつりと途絶え、次の瞬間には“no signal”の文字が浮かんだ。
「ふむ……データは?」
隣でタブレット端末を確認していた部下に短く確認する。彼がリアルタイムで能力を振るうのを見るのはこれが初めてだが……映像に残る能力の様子との差異が気になる。
「カメラを設置していた天井付近のセンサに異常な高温を感知しましたが……」
彼女の言葉がそこで止まる。声音は落ち着いたものだったが……せわしなく画面の上を踊る指が彼女の困惑を如実に示している。
「ダメです。圧力、大気成分、電磁波……何一つ異常を検知出来ません。センシングの結果を見る限り……カメラその物が突然高温になったとしか??」
流石に今のアクションだけでは大した成果は得られていない様だ。
「詳細は分からんが……予想以上の力だな」
「マグナス様! 彼らがボックスの外に出てきました」
部下の一人が手元コンソールを操作する。と、シグナルが消えたモニタに新たな映像が浮かぶ。そこには……ボックスの入口から外に出て周囲を伺う二人の様子が映し出されていた。
その時……突然、壁面を埋めるモニターのうちの一つに、背後に執事を従えた車椅子の人物が現れた。
『能力を分析する為に“あらゆるセンサーを満載した解析室”をわざわざ監禁場所に偽装したというのに……相手が小童とは言え、ちと簡単に開放しすぎたのではないかなマグナス君』
小柄だが……隙なくグレーのスリーピースを纏い、深い皺をその顔に刻んだ老人を見た部下が困惑していた。本来なら秘匿されたはずの回線に割り込んで来た老人にただならぬ者の気配を感じたのだろう。
「……どなたですか?」
彼女は、おずおずと短い質問を投げかけて来たが……
「君は知らない方がいい」
私はそう言って彼女をカメラの外に下がらせ……改めて画面の人物に膝を付き深々と頭を下げた。
彼こそヨーロッパ諸国に生き残る貴族の中でも“最古の血筋”に連なる大貴族……コンプトン伯インダール=バランデルその人であり、ユニオンが台頭する以前から存在する能力者達の統括組織“同業者組合”の現マスターだ。更に付け加えるなら……現在の私の雇用主でもある。
『古臭い挨拶は無用だ。で、どうだね。君の見立ては?』
「残念ながら……まだ判断を下すには早計かと。しかしながら、かのボックスが備えるセンサーの数々は外部にも有効に作用する様に設計されております。そして配置した爆薬もただの爆弾ではなくリアルタイムにその状態を自己診断出来るセンサーを兼ねております。それらを駆使すれば……必ずや能力の詳細は明らかとなるでしょう」
私の説明に、深い皺に顔の造作の全てを埋没させた老人が軽く頷いた。
『君が有能である事は疑ってはおらんよ。だが……彼ら“使用者”達の能力は昔から謎だらけなのだ。ましてや……その中でもほんの一握りしか確認されていない神話級の使用者を見つけるなど……もはや夢物語なのかも知れんな』
「マグナス様……彼が!!」
無遠慮な部下の声が私を仕事に引き戻した。私も無礼を承知で反射的にモニターに視線を向ける。そこには……
「コンプトン卿……彼の能力は未だその全てを見せた訳では無い様です」
僅かな時間目を離した隙に、あり得ない光景が出現していた。
そして……“青い血筋”を伝える老貴族もこちらのモニターと同じ物を見ているのだろう。今まで数々の“使用者”を見て来たであろう彼ですら……驚愕に目を見開いていた。
― ビキッビキッ……… ―
彼が手を触れた地面から……信じられないほどの速度で放射状に地面の色が白く変わって行く。
「ドロカワ君! 埋設した爆発物のセンサーは?」
私の目がおかしくなければ……彼の周囲の地面が次々と凍りついている?!
「温度センサがあり得ない低温を示しています! 現在マイナス94℃……機材温度更に低下……あっ!」
彼女がモニタに表示した温度がマイナス140℃を超えた瞬間──爆弾の状態をリアルタイムで送信していたセンサーは、あまりの低温に機能不全を起こした。
だが……驚くべき事にモニターに表示された各種のセンサーの数値は、温度以外に殆ど反応が無い?!
「馬鹿な……またしても反応が無いだと? 物質の温度を直接操っているとでもいうのか? いったいどうやって?!」
私のつぶやきを聞いたドロカワ女史が……
「……まさか……分子振動に直接干渉している?」
あらゆる解析が可能な設備を投入したはずの我々を嘲笑うかの如く……
彼が大地に手を添えてから僅か数分──
彼は周囲半径50メートルの大地をシベリアもかくやという凍土に変えてしまった。
そして、同じくその様子を見ていた老貴族には……狂気の貌が浮かんだ。
『クククッ とうとう……とうとう見つけ…… いや……まだだ。まだそうと決まった訳では無い! マグナス君!』
「はっ……」
『どうもあの小童は君の手に余る様じゃ……儂の子飼いを動かすとしようか』
正直に言えば老貴族の発言は、少なからず私のプライドを刺激した……が、当然そんな事はおくびにも出さない。
仮に──彼の前でそんな事を表明しようものなら……そんな想像をするだけで、私の背中には冷や汗が滝となって流れ落ちた。
「………畏まりました。コンプトン卿」
――――――――――
「ふう……終わったぜ! 帰ろう二條」
なんだよ変な顔して?
「ねぇ、これ……いったい何をしたの?」
おいおい目をまん丸にして……ちょっと息も荒いな? そんなにびっくりさせたか?
「分子ってのはどんな物質でも僅かに……それこそ絶対零度じゃ無い限り絶対に“振動”してるってのは知ってるだろう? 俺は……ただそいつをほんの少しだけ止めてやっただけさ。まあ“完全に停止させた”わけじゃねぇけどな」
そんな事をしたら……下手をすれば原子の配列まで崩壊する可能性があるからな。とりあえずは爆発物が使い物にならなくなる程度で十分だ。
それに……証拠を残しとかないと警察の捜査が入った時に面倒な事になる。
「さあ……帰ろうぜ」