魔法使い事始め……⑦
私が爆発に気付いたその瞬間──直前まで私の聴覚に響いていたはずの爆音が……まるでスイッチを切ったように消えた。
さらに彼の背後から迫る爆炎と爆煙は、何時からそうなのかすら意識出来ないまま……明暗のみを示す白黒の映像に変わってしまった?!
(これは……?!)
私はその現象を無意識のうちに理解した。つまり……私の意識は危機に陥った事を正確に理解し、あらゆる生存の可能性を探す為に現在必要の無い感覚をシャットダウンしその能力を必要な処理に注ぎ込んでいるのだ。
「 ……フ……セ……ロ…… 」
そんな訓練を積んだ事など無いのに……
彼の唇がそう叫んでいるのを感じとる事が出来たのは、圧縮された処理能力のおかげだったのか……
― Gouwwwwn ―
――――――――――
床に身を投げ出した二條に覆い被さった直後……耳の奥を直接殴られた様な衝撃が俺達を襲った。
(グッ……)
爆発の衝撃波によってもたらされた強烈な酩酊感は、意識をその場で手放したくなるほど強烈だったが……
(クソッ……気絶してたまるか!)
二條を無事に連れ帰るまでは絶対に意識を手放す訳にはいかない。
幸い……衝撃波の後に届いた爆風は、ユニットハウスを僅かに揺らし、調度品を薙ぎ倒す程度で済んだ。爆炎もこちらまでは届いていないし、更に幸運な事に……爆風と共に飛散した破片も危険なサイズは殆ど無かった。
「二條……無事か?」
ユニットハウスにパラパラと降りかかる土砂の破片が治まった後、俺は伏せた身体を起こして彼女の無事を確認した。見た目は問題無いが……
「……なんとかね」
彼女はふらふらと身体を起こすと、自分の無事を俺に告げた。そして……何故か天井に向かって視線を向け、
「どういうつもり? 最初から慎太郎の命を狙うのが目的だったの?」
と怒りを隠そうともせず、誰も居ない筈の天井へ大声で問い詰めた。
俺は彼女の視線を追って天井に視線を向け……そこに監視カメラが在る事に気付く。なるほど、あれを使って二條を監視してたのか。
『ふむ、目的としては彼の本気を試す事なのだが……』
室内に響く声。明らかにボイスチェンジャーを使っているので元の声は分からないが……
俺はそいつの言葉に、思わず開きっぱなしのドアから外の様子を一瞥する。爆発した場所に黒煙が立ち登っているのが見えるが……
その場所は、ざっと見積もっても50M〜60Mは離れている。
(つまり……最初から殺すつもりは無かったってことか。だが……随分と勝手な事をほざくじゃないか!)
「おい! お前はいったい何者だ? なんでそんな真似をする?」
カメラの先に居るのは当然犯人だろう……なら俺だって黙っては居られない。答えるとは思えないが……
『……まあ、君達が怒るのも無理からぬ事だな。こちらは“死ぬならそれも致し方なし”と考えているのだから……』
(こいつ……まともじゃねえ!)
どうやらカメラの向こうに居る奴は、こちらの命を端からなんとも思ってないらしい。俺達は思わず顔を見合わせた後……揃ってカメラに険しい視線を向けた。
『納得がいかない様だね。まあ君達からすれば当然だな。だが聞きたまえ……我々はね、君の様な野良の使用者を非常に危険な存在だと知っているんだよ。君がもし人類にとって危険な能力を秘めているなら“ここで始末する事もやむ無し”と考える程度にはね』
(はぁ?? 何で俺の能力の事を……いや、ソレを知らないなら俺をおびき出す様な真似なんかしないか……いったい何処から漏れた?)
俺の脳内に疑問符が浮かびかけるが……俺は即座にその疑問を保留した。今はそんな事を考える意味が無い。とにかく……二條を連れて逃げるのが最優先だ。
「おい! お前が何処のどなた様かは知らんが……勝手な事を抜かすんじゃねえよ! 何を言うかと思えば……下らない妄想で俺達にちょっかい掛けやがって!」
俺は牽制のつもりで悪態を付きながら掌を天井のカメラに向けた。
『おっと……短慮はおすすめ出来んよ。爆発物は一つとは限らんと思わんかね?』
?? こいつ!?
「いったい……何が望みだ?」
『なに……さっきも言ったが、我々の一番の目的は君の能力を見極める事だよ。こう言ってはなんだが、君の能力が少々の炎を振り回す程度なら何も問題は無い。ただ……我々は君がそれ以上の力を持っているならそれを確かめたいと考えている。だからこそ手間暇を掛けて紫嬢に御足労願ったのだ……』
(おいおい、うすうすそうじゃねぇかと思っちゃいたが……二條が拐われたのはまったくのとばっちりて事じゃねえか!!)
俺の心に猛烈な怒りと……二條に対する申し訳なさが同時に湧き上がってくる。俺は……カメラから二條を遮る様に立ち上がった。
(見てろよ……絶対にこのままでは済まさないからな!)
「ふん……こっちにはそんなものに付き合ってやる義理なんざこれっぽっちねぇんだよ。二條は返してもらう。ついでに……テメェは必ず探し出して落とし前をつけさせてやる。テメェがナニモンだろうと関係ねぇ! ボコボコにぶん殴って、吠え面かかせてから……相応の慰謝料と追加でバイクの修理代も取り立ててやる! 覚悟しとくんだな!」
『……クククッ──なるほど、血気盛んで結構な事だ。まあ、頑張りたまえ。そうだな……もしそこから無事に帰る事が出来たなら……修理費を用意して君を待つ事としよう』
「……ついでに首も洗っとけ! このクソ野郎!!」
― Jyubow…… ―
俺は奴が見ているカメラに中指を立ててから……監視カメラをドロドロに溶かしてやった。
「ちょっと……あんまり徴発しない方がいいんじゃない?」
うん? どうした二條……俺がカメラをぶっ潰したから心配なのか?
「大丈夫だ。どうせカメラだって一つって事はねえよ。なんせ奴は……俺が能力を使って二條を助け出せるかどうかを知りたいらしいからな。なら、いきなり“ボンッ!”って事にはならねぇさ。それに……」
俺は二條の前で拳を握って虚空を一発……見えない誰かを殴って見せた。
「二條は頭に来ねぇのか? あいにく俺はな……やられっぱなしで終わらすつもりはねぇんだよ!」
おいおい……そんな嬉しそうな顔するんじゃねぇよ。お前は拐われたんだからな?
「ハハッ、当然……スカッとしたわよ! あんなのに良いようにされてたまるもんですか!」
うん……それでこそ二條だ。見たところ発作らしい様子もねぇし……とりあえずは元気そうで良かったぜ。
「よし……じゃぁちょっとばかし気合い入れて帰る事にしようか」
「うん……でも、アイツは爆弾がまだ在るみたいな口振りだったけど? どうすんの?? 慎太郎の炎を操る力は爆弾と相性悪そうだけど……」
「まぁ……心配すんな。見とけよ?」
俺は……いつもの様に能力を使って周囲の検索を始めた。
「二條には言って無かったけどな……俺の能力は別に“炎を操る”事じゃないんだ。俺の能力は……世間的に言うなら、ただの念動力……いわゆるサイコキネシスってやつだ。しかも……出力は死ぬほど弱い。何なら髪の毛を浮かせる事も出来ないほどだ。ただな……一度に影響を与える事ができる範囲は爆風が届く範囲程度じゃねぇぜ? ……おっとやっぱりな」
俺を自分を中心にして周囲を検索したら……この建物の周りに馬鹿みたいな量の爆発物らしい物が埋まってやがる。
「さっきのアイツ……ここを中心に半径50メートルに爆発物を仕込んでやがる。こんな量の爆発物を埋めるなんて……どんだけねちっこいんだよあの野郎!」
こんだけの爆発物……何処か一箇所でも爆発したら誘爆は避けられねぇだろう。それに……もし全部の爆弾が一斉に爆発したら?
「それでどうするの? 慎太郎の事だから……当然なんとか出来るわよね?」
爆弾が無数に埋まってる事実を知った二條は……流石に少し顔色を悪くしている。が……
「はっ! 任せとけ。奴が払った時間と労力……全部ただの無駄骨にしてやるよ!」