魔法使い事始め……⑥
俺は真っ青になって膝を震わせる同級生をその場に放り出し、ロッカーに残したという封筒の確認に走った。
奴の言った通り──中には隙間から押し込んだらしい封筒が一通。
「はん……色気の無いラブレターだな」
指紋の事が一瞬頭をよぎったが……すぐに“これだけの事をやらかす奴らがそんな物を残すはずが無い”と気付き、素手のまま端を破り捨てた。
中にはありふれたA4のプリント用紙が一枚……内容は、
「ちっ……“警察に知らせるな”のセリフすら無しか」
東経と北緯を示す座標だけが記されていた。
おそらく……このメモとあの同級生を警察に突き出したとしても、即座に“二條の事件と関係がある”とは判断してくれないだろう。もし判断してくれたとしても、まずは現場へ確認の人員が数人赴く……ってとこか?
(駄目だな。そんな事をすれば奴らはとっとと逃げ出して終わりだ。二條だってどうなるか分かんねぇ)
俺はスマートフォンでマップアプリを立ち上げ、メモの数値を入力した。
今や殆どのスマートフォンに標準装備されたマップアプリは、俺の入力した数値を即座に関東地方の某所だと解読して見せた。
「……廃業した採石場の跡地か」
俺はロッカーから体育の授業用に用意しているバッシュを引っ張り出し、ズタボロになった靴と履き替える。
(駅前でタクシーを拾って……いや、こんな所まで乗り付けるほどの小遣いは無いか。それに運転手を危険に巻き込むわけにもいかねぇし……)
瞬間──俺はさっきの馬鹿が言ってた事を思い出し、大急ぎで奴が腰を抜かしている場所に戻った。ラッキーな事に……奴はまだ腰を抜かしたままそこに座り込んでいる。
「テメェ、さっきのオッサンからせしめたっつう金……全部俺に寄越せ!」
俺の要求によほど面食らったのか、腰を抜かしたままの同級生は……“心底疲れた”って顔で頭を抱えた。
「お前……マジかよ? 俺の自尊心をボキボキにへし折っておいて……更にカツアゲまでかますつもりか? お前には人の心がねぇのかよ?」
ちっ……お前が良心の有無を語るんじゃねぇよ! 俺は更に説教をかましてやりたくなったが……今は時間が惜しい。
「おっと勘違いすんなよ? お前は昨日から二條が行方不明になってる事を知ってんのか?」
その同級生は……二條が行方不明になっているという話自体を知らなかったようだ。その証拠に……奴の顔から血の気って奴が完全に失せてしまっていた。
「良く聞けよ。お前──このままじゃ誘拐の片棒を担いだ共犯にされるんだぞ?……悪い事はいわねぇ、俺がその金を突っ返して来てやるから大人しく俺に寄越せ! さあ、時間がねぇぞ。つーか……サッサと出せやコラ!」
「分かった! 分かったからちょっと待て!!」
その時……引っ張り出した封筒と共にポケットからあるモノがこぼれ落ちた。
(おいおい……マジかよ!)
それは何の変哲もないキーホルダーだったが……束ねられたいくつかのキーの中に“今の俺にとって値千金の一本”が光っていた。
俺はそのキーホルダーがまだ空中に在るうちに掻っ攫い、そのうちの一本を奴に突きつけた。
「よお、お前……随分と良いものを持ってるじゃねぇか?」
俺の指先に挟まれたその鍵には……大きく〈 K 〉の刻印が刻まれていた。
――――――――――
彼が応接室から退出してしばらく──私は彼らの担任教師に二條紫の交友関係を聴取し……そのまま車へと戻った。
「戻ったわよ。大人しくしてたでしょうね?」
〚……〛
今日乗ってきた車両は、学校というデリケートな場所への配慮でパトカーではなく私物のセダンなのだが……捜査中の刑事の乗ってきた車なのは間違いない。
確かに間違いないのだが──後部座席に陣取っているのは、我が家の居候……兼、番犬(?)であるポチだった。
彼はやっと戻って来た私の事をチラッと見ただけで……無言のままふて寝を続けようとする。
「ゴメンってば……散歩だって言って連れて来たのは悪かったわ。今度アンタの好きなおやつ買ってあげるから機嫌直しなさいよ」
〚……おい、そこら辺の犬と同じ様な扱いをするなよ。僕は誇り高いシベリアオオカミだぞ〛
確かに身体は成犬(成狼?)に近い体格になっているが……私の頭に直接響くその声や喋り方(?)はどうひいき目に聴いても小学生がいいところだ。その証拠に……
「偉そうな事言ってるけど……尻尾がブンブンしてるわよ。ほら、彼の触ったノブを直接拭ったからサンプルとしては問題無いと思うけど……どう? 彼女の拉致現場の“痕跡”と一致する匂いはある?」
私はポケットから取り出したハンカチをポチの鼻先に置いた。
〚ふんっ……無添加の鹿肉ジャーキー1kgなら手をうってやっても良いぞ〛
「生意気言うんじゃないわよ。毎日誰がブラッシングしてあげてると思ってんのよ?」
まったく、裕也が甘やかすから……すっかり食っちゃ寝好きの駄犬になっちゃって!!
〚……仕方ないな。でもオヤツは絶対だぞ〛
やっとその気になったポチは、目の前に置かれたハンカチの匂いを嗅ぐと……即座に首を横に振った。
〚違うね……少なくとも現場に残ってたいくつかの匂いとは似ても似つかないよ〛
「やっぱりか〜 まあ本気で彼の事を疑ってたわけじゃないけどね」
確かにさっきの少年は“同級生が行方不明になった”と聞いたわりに妙に落ち着いた態度だったが……こんな犯罪に手を染める様な子には見えなかった。
〚けど……〛
ポチが……珍しく鼻面にシワを寄せて何かを悩んでいる。
「って……ちょっと待ちなさい。“けど”って何よ??」
〚……この匂い……間違いない。さっきこの車の外を走って行った奴の匂いだ。こいつ僕や裕也と似た匂いだったから覚えてる……でも裕理は一体コイツに何を言ったんだ? 僕の前を通り過ぎた時のコイツの匂い……とんでもなく激怒してる奴の匂いだったぞ?〛
???
「なんてこと……ポチ、彼はどっちに向かって走って行った?」
ポチは──無言のまま視線を校門の外に向けた。それを見た私は……今更ながら彼のポーカーフェイスを甘く見てしまった事を悟った。
「彼、何かを知ってたか……それとも何かに気付いたのかしら? どっちにしてもかなりマズいわね……シリウス!」
『はいお嬢様。お呼びでしょうか?』
私の呼び掛けで端末管理AIが即座に起動する。本当は執事タイプは恥ずかしいんだけど──裕也が私の為に用意してくれた物なのでまだ言い出せないでいる。
「……至急裕也にコールして」
『畏まりましたお嬢様』
――――――――――
(スキルキューブ? コンシューマー??)
新たな情報を引き出そうとは思ってたけど……急に想定外の方向に話が転がってしまった。
「途方もない話ね。でも……もし彼が神様みたいな力を持ってるとしたら、どうしてわざわざ怒らせる様な真似をしたのよ?」
そこが分からない。この男はどうやら慎太郎に宿る能力をある程度把握しているらしい。
だが、どう考えてもこんな誘拐騒ぎを起こす意味が分からない……こんな手段は最初から彼の反感を買う様な物だ。
『我々はスキルキューブに関する情報を常に求めている。スキルキューブその物は言うに及ばず“発見した場所”や“その状況”も重要な情報だ。そして……そのスキルキューブが人と適合したなら発現した能力とその適合条件も……だがね、実はもっと大切なポイントがあるんだ』
男の声に……どんどん邪悪な物が混じっていくのを感じる。もし、仮に─“最初から彼の反感を買う為にこんな手段をとっている”としたら……そして彼の“反感を買っても構わない”と考えているなら?
(なんで私を使って慎太郎をおびき出す様な真似をしたのか……もっと考えるべきだった!)
「あなた──まさか?」
『想像してみたまえ。彼等は大抵の場合人の社会に紛れて暮らしている。だが彼らが一度でも怒りに任せてその力を振るえば……人はその力に抗う事は出来ないだろう。当然だ、彼らは昔日の世では“荒ぶる神”と崇められていた存在なのだよ。誰かがその力を…… 来たな!』
男がスピーカー越しに語るのを唐突に止めるのと……
― バババッバッバッ…… ―
建物の外からエンジン音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
『ああ……君との会話はとても楽しかったよ。だが、残念ながらお迎えが来てしまった様だね』
― ギャギャギャッ ―
たぶんオートバイ……外の状況は分からないがこのユニットハウスの前に停まったのは間違い無い。
(駄目……彼がここに来てしまったら!)
「二條!!! 無事か??」
慎太郎の声を聞いた私は……とっさにベッドから飛び降りてドアに駆け寄った。
……ドアには鍵が掛かって居なかったらしくノブが乱暴に回され……ドアは大きく開け放たれた。
「駄目! 逃げて慎太……」
瞬間──
ドアの外から……猛烈な光と爆音が響き渡った。