魔法使い事始め……⑤
ユニットハウスに設置されたモニターの映像は、既に無音のままあの日の出来事の終盤に差し掛かろうとしていた。
画面の端ギリギリとはいえ、そこに映る光景は確かにフェイクを疑われてもおかしく無い様な……リアリティの無い映像だった。
ただ男の言う通り“防犯カメラの画質”なのは間違い無く、この映像から個人の特定を行うには相当な画像解析が必要そうだ。
だが……逆に言えば私を拉致した男はその労力を厭わず──その結果、私や慎太郎にまで辿りついた……という事になる。
「まったくご苦労様ね。だいたい……彼が目的ならどうして私なんか誘拐したのかしら? 確かにこの時、彼は私を助けてくれたけど……別に彼と私は恋人同士ってわけじゃないわよ?」
『ふむ……それは困った。勘違いしてしまったかな? 私には毎日の様に帰宅を共にする君達が、とても仲睦まじい恋人同士に見えたのだがね?』
「なっ……」
男の不意の言葉に……不覚にも顔に赤みがさすのを自覚してしまった。
『まあ君の認識はこの際どうでも良いのだよ。部下の報告では……私の伝言を見た彼は、既に君が居るそこに向かっているそうだ。あとは彼の能力と……いやこれ以上は君には関係ない話だな。つまり我々としては君を拉致した労力は正しく報われたわけだ』
(……気に入らないわね。人の事を都合の良い餌扱いして……後で絶対に吠え面かかせてやるから!)
この時点で私の感情は、この何処か大仰で時代掛かった言葉を話す男に生理的な嫌悪感を示していた。とはいえ、ここでそれを表明しても何の意味も無い。それどころか気分を害せば自分の身に危害が及ぶ可能性も大いにある。
(……今は大人しくチャンスを待つしか無いわ。それに……慎太郎がこちらに向かっているなら……)
私は意を決してもう一度口を開いた。彼が来るまで何としても時間を稼がなければ……
「私を拐った理由は分かったわ。まあ、納得はしてないけどね。でも……とうしてそんな回りくどい事をしたの? どんな理由があっても彼に直接アプローチした方がよほど合理的じゃない? それを……こんなやり方、魔法使いを怒らせて何の得があるというの?」
『ふむ……魔法使い……そうか、一族の中でも傍流である君には伝承されていないのだね』
なんとか会話を続け、幾らかでも情報を引き出しつつ時間稼ぎを──と思っていたのだけれど……男はなんだか別の事に興味を持ったらしい?
「……何の事よ?」
私は出来るかぎり“大切な事を知らないけれど強がっている小娘”の様に質問を返した……つもりだ。
『……彼の能力は、いわゆる魔法などではないという事さ。それに、彼の能力は君の一族と深い関わりがある──と私は考えている』
当初の目的とは違うが男は会話に食い付いてきた。ただ……
「………意味が分からないわ」
私自身彼の能力にはとても興味を引かれているのだけど……突然私の一族と関係があるなんて言われても意味が分からない。
『確かに……何も教えられていない君にとっては意味が分からなくて当然だな。それに……こんな中途半端なところで講義を終わらせるのは私としても気持ちが悪い。そうだな……彼がここに辿り着くまで、差し支えのない範囲で少し昔話をしよう。おっと、その前に……君の祖先を大きく辿ればこの国のロイヤルファミリーに行き着く事は知っているね?』
……いきなり何を言い出すんだこの男は??
「そんなの何時代の話だと思ってるの? 当時ならいざ知らず……今はほぼ他人じゃない」
この問いかけに……特に穿った返答は必要無いと思った私は、普段から思っている事をそのまま口にした。
『まあ、話は最後まで聞きたまえ。今の話の中に出たロイヤルファミリー……その系譜を更に辿ると、この国が発生した時代の記録にまで行き着く。その事は真面目に授業を受けていればこの国の学生なら一度は聞いた事があるはずだが……君はどうかな?』
えっと……それってつまり、
「……まさか古事記の事を言ってる? 呆れた……あなたお伽噺って言葉の意味分かる?」
なんだか“会話の先行き”がどんどん危ない方向に向かっている様に思うのは……気の所為かしら?
『そう……正にそれだよ。その記録の中に現れる古の神、その一柱が君の祖先に当たるわけだが……』
「馬鹿げているわ。もし仮にそれが事実だとしても……そんな人、この国には何十万人と存在している筈よ。それに、彼が魔法を使う事とそれが何の関係があると言うのよ」
つい……男の言う事に過剰に反応してしまった。幸い男は私との会話をさも面白そうに続けているが……もう少し大人しい感じの方がいいわよね?
『ふむ、それでは別の質問をしよう。太古から現在に至るまで──それこそ洋の東西を問わず語られてきたあらゆる神話……神の存在とは何だと思うかね?』
はぁ? これまたざっくりした質問ね……
「科学を知らなかった時代の人間が、荒ぶる自然や偶然に起きた奇跡を擬人化した物……じゃないかしら?」
私は実に無神論者の日本人らしいオーソドックスな返答をした。まぁ、神様の存在を本当に信じている人間が聞いたら激怒しそうな答えだけど……実際にそう思っているのだから仕方ない。
『なるほど、それも間違いでは無いだろうな。だがね……それでは何故彼等はそれをわざわざ人の形をした存在に置き換えたのかね?』
「それは……」
私は男の質問にハッとした。今まではそんな風に神様という存在を深く考えた事など無かったけど……
『我々はね……当時の人間にとって神とは今よりもずっとリアルな存在だったのでは? と考えているんだ。さて……では具体的に存在する神とはなんだと思う? 君の祖先は世界から太陽を消し去って見せたそうだね? それが比喩表現で無かったとしたら? 分厚い雲が陽の光を妨げる光景が一人の人間の能力で引き起こされた現象だとしたら……それは人の目には正に神の御業として映ったのではないかな?』
マズいわね……ちょっと想像しちゃったわ。確かに慎太郎の他にも“不思議な石”を拾って特殊な能力を身に着けた人が居ても不思議じゃない。それが歴史上の人物だというのもあり得ないとは言い切れない。でも……
「ちょっと……それは幾らなんでも論理が飛躍しすぎてるわ。確かに腑に落ちない部分もあるけど、当時の人達が“理解出来ない現象に人格を見出す”事だって否定出来ないじゃない?」
やっぱり……古事記の記述全てをそんな能力で説明するのは不可能だわ。
『なるほど……君はやはり聡明だな。しかし考えても見給え? 古事記の記述を見ても“人が自然や偶然を擬人化した”にしてはあまりにも具体的な記述が多い……いや多すぎるとは思わんかね? そしてそれは古事記の神だけの特徴では無い。大袈裟に言えば……この地球に存在するありとあらゆる宗教、神話、伝説、伝承……それらに伝わる“人を超えた存在”に共通する特徴なのだよ。私はね……その謎の答えこそ彼の様に“スキルキューブ”に適合した人間──いわゆる使用者なのだと考えているんだ』
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