魔法使い事始め……④
― ダンッ ―
一足飛びに奴の前に踊り出た俺は……カラんで来た問題児の顔目掛けて上段蹴りを放った。
「なっ?!!」
俺の行動がよほど予想外だったのだろう。
さして虚を突く様な動きでもなかったのに、コイツは蹴りが顔のすぐ横を通り過ぎるまで何の反応も出来なかった。
(さっきの口振り……コイツは間違い無く二條の事件の何かを知ってる。ハッ、高みの見物をしていればいいのによ……よほど俺を怒らせたいらしいな)
「馬鹿が……校内なら手出し出来ないとでも思ったか?」
俺の行動があまりにも率直すぎたのか……ヤツは“理解出来ない”とでも言いたげな顔で蹴りが掠めた辺りに手を触れた。
― ヌルッ ―
指先から伝わる感触とそこに着いた血を見たヤツは、面白いほど極端に顔色を変えて見せたが……
「おっお前……俺にこんな真似をして……ただで済むと……」
と、まだ辛うじて強がって見せた。この期に及んでその態度はいっそ大したものとも言えるが、
(見て分かるほど震えながらじゃぁ説得力がないだろうよ。あっ……もしかしてコイツ──二條の身柄を人質にするつもりか?)
一瞬このバカ共に拉致される二條を思い浮かべたが……俺の理性が即座にその妄想を否定する。大体コイツら程度のガキに、あの二條が大人しくとっ捕まるなんて……想像の中ですら難しい。
そもそもコイツが直接出向いていては自分が捕まるリスクが高すぎる。そんな事になれば……奴らにとって二條の人質としての価値はたちまち下落してしまうだろう。
勿論、俺にとって二條とこのバカの価値は比べるのもバカバカしいほど違うが……それでもコイツがリスクをとってまで俺の前に出て来る意味が無い。それに……
「なんだ? 俺にイジメられたとでも言いふらすか? そいつは好都合だ。丁度、今から始めるつもりだったからな!」
「ヒィッ」
こんな口だけ野郎に“拉致事件”を起こす様な度胸は無いだろう。
このタイミングで俺に絡んできたのだから何らかの形で事件には関わっているのだろうが……まず間違い無く誰かに利用されているだけだろう。
― ブチブチブチッ ―
俺は蹴りの一発で縫製がイカれちまったヤワな靴を無理矢理ロッカーから引き抜いた。
奴め……ボロボロに引きちぎれた靴に啞然としてやがる。
(ふんっ……こんなマヌケ野郎に二條が捕まった? やっぱりあり得ねぇな)
俺は逃げ出す事も出来ずに口をパクパクしている野郎のネクタイを掴み……辛うじて息が出来る程度に締め上げた。
「ぐぇッ!? いっ……いいのか? みんな……お前のことを見て……」
ちっ……もうすぐホームルームが始まるとはいえ生徒の目が皆無……ってわけじゃない。騒ぎが教師に伝わる前にカタを付けなきゃまずいな。
「おい……もし俺が気の長いタチだと思ってるなら今すぐ考えを改めろ」
「がっ?!」
そのままロッカーに顔を押し付けられた同級生は、そこに発生した深さ3センチばかりの足型を見て目を白黒させながら……
「こっ……このバケモノヤローが」
それでもまだ悪態をつくとは……俺が言うのもなんだが、危機感が足りな過ぎるんじゃないか?
「はんっ この程度の蹴りで何をほざいてる? いいか? バケモノってのはな……」
俺は奴を締め上げている学校指定ネクタイ(確かそこそこ有名なブランドの品)を奴の目の前に持ち上げた。
その瞬間、ほぼノータイムで俺の掴んでいる生地から白い煙が吹き出したかと思うと……
― ブチッ ―
学生には不相応なシルク100%の高級ネクタイは、まるで白熱した鉄に触れたかの様に焼け崩れてしまった。
「このくらいの芸当を見てから口にするもんだぜ?」
「ヒィッ?!」
俺は炭クズになったネクタイを掌から払い落とし、今度は奴の細い首を直接握ってその耳元に口を近づけた。
「お前は何を知ってる? 良いか? よ〜く考えて口を開けよ? 今後も自分の顎で飯が食いたいならな?」
奴の顔色が……今度はみるみる真っ青になって行く。まったく……本当に器用な奴だ。
「やめろ!! 俺はただお前のロッカーに封筒を残せと言われただけだ!! そうすりゃお前が困った事になるって言われて……本当にそれだけなんだ!!」
この取り乱し方……本当の事を言ってるのか?
いや……こいつにとっちゃ今が瀬戸際ってやつだ。もしも閻魔の前で嘘がバレそうになったなら……どんな間抜けだって死ぬ気で演技力を絞り出すだろうさ。
「随分と都合の良い話だな? たまたま会った見知らぬ人間がお前の恨んでる人間へのメッセンジャーを頼んできただと? ──お前はそんなヨタ話を本気で信じてもらえると思ったのか?」
俺は奴を掴んでいる掌にほんの少し力を込めてやった。
「うわぁっ! よせっ……やめて下さい!! ホントなんだよ。今朝の通学路で急に話しかけてきたオッサンがお前のロッカーに封筒一枚入れたら五万払うって言ってきたんだ……確かに胡散臭いオッサンだったけど……本当にそれだけなんだ!!」
――――――――――
「──なんの事を言ってるのかしら? 意味が分からないわ」
私は、出来うるかぎりの平静さを装って不自然にならないギリギリで返事を返した。
『ふむ……なかなかの胆力だと言っておこうか。だが無駄な労力を払うのは関心しないな』
― Bun ―
正体不明の男は……何処か愉しげにそう言うと、突然設置してあったモニターに映像が映しだされた。
その映像は──どうやら何処かの防犯カメラのものらしくアングルが固定された町中の道路と……橋の上の様子が映し出されていた。見たところでは特になんてことの無い映像……でも私はその場所に見覚えがあった。
(なんで? どうしてこんな所をわざわざ??)
『この映像は、たまたま近くの民家の人間が防犯カメラで撮影していた物だよ。どうも自宅の前に粗相を残して行く不届きなペットと飼い主を警戒していたらしいのだがね……想定外の被写体が偶然映っていたのに驚いて動画配信サイトにアップロードしたらしい』
私の動揺を他所に映像は進み……その映像の端っこには、あの日私と慎太郎がクラスメートのバカ達にちょっかいをかけられた様子が……
『驚いたかな? まぁ安心したまえ。画質が荒かった事が幸いしたのか、動画サイトではネタ扱いでさほど話題にはならなかったそうだ。とはいえこんな映像は私にとっても、それ以外の者にとっても不都合なのでね。アップロードされた映像は既に処理してある』
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