魔法使い事始め……③
『ふむ。まだ薬の影響が残る身でありながら返答は聡明……気に入ったよ。今回の作戦目標が君では無いのが残念だ。私からすれば君の出自にもおおいに興味を唆られるのだがね……』
(私の身柄が目的じゃない? まさか……??)
殆ど反射的に脳裏に浮かんだのは、高校生になって初めて出来た友人の姿……だが、
― ブルブル ―
私は不吉な予感を思考から追い出した。彼は能力の事は私以外に誰も知らないと言っていた。万が一同級生の問題児達が誰かに吹聴したとしても……とてもマトモな大人がとりあう様な話では無いはずだ。
(そうよ……変な予断は禁物だわ)
私はもう一度周囲を見回し相手を過小評価する危険を再認識した。
単純に考えても拉致監禁は軽く人生が狂う程の重罪だ。それをこれほど大袈裟な準備をして実行したのだ……
(ここまでの事をする人間が……自分に繋がる証拠なんて残してる筈がないわね。正体を明かさない事と合わせれば、万一私が助け出されても『捜査の手が自分に及ばない様にする為の保険を掛けている』とも解釈出来るけど……)
甘い見通しで動くのは愚か物のする事だ。それに……変に藪をつついて蛇が出て来たら目も当てられない。
(とは言え……)
「いったいどういう意味かしら? 私にも分かる様に説明してくれない? それとも虜囚の身へ落とされた私にはそんな権利も無いのかしら?」
今の時点で情報収集を怠るわけにはいかない。幸い、声の主は私との会話を忌避する様子はない。なら危機感を持たせない程度には会話を続け生還の可能性を上げなければ……
『これはこれは……』
それだけを呟いた男はほんの僅かに沈黙したが……
『いいだろう。君の思惑通り情報を提供しようじゃないか』
(こっちの考えなんかお見通し……か。でも……)
「じゃあ質問一。私や本家が目的では無いなら……私は何故誘拐されたのかしら?」
『ふむ。とっくに察しがついていると思っていたが……まあ良い。我々の目的は君の同級生の彼だよ。なんでも、目撃者の話では炎を自在に操って見せたとか?』
私は表情を取り繕うのに苦労しながら……内心で息を飲んだ。
(まったく止めてほしいわ。なんで嫌な予感ほど良く当たるのかしら……?)
――――――――――
「貴方と彼女が駅で分かれた事は、改札の監視カメラの映像から既に判明しています。私が聞きたいのは……貴方と彼女がどんな話をしていたかなの。端的に言えば彼女が何か問題を抱えている様な素振りは無かったか? 例えば、不審な人間に付き纏われている困っている……とかね」
学校の応接室で俺にそう尋ねたのは刑事を名乗る女性だ。同席した担任教師からは警視庁の人間で不動某だと紹介された。
「……いえ、特に問題を抱えていたとは聞いていません。ただ、僕は多少彼女と会話をする事があるだけのクラスメートに過ぎませんから……」
暗に“特に親しい間柄ではない”というニュアンスで言葉を濁す。まあ本当の二條との会話内容など刑事に話せる様な物じゃないし……
「そう……」
若い女性の刑事は露骨に落胆した様子を見せた。フィクションの世界では刑事というのは大抵二人組で行動するのだが……彼女は一人で聞き込みにやって来たらしい。
これは想像だが……本命の捜査には参加させて貰えず、足取りの確認に回されたのかも知れない。
「えっと……先ほど不動刑事は警視庁の方だと仰いましたが、どうして所轄署の刑事さんではなく警視庁の方が捜査をされているのでしょうか?」
不意に発した俺の質問に……不動刑事はほんの少しだけ逡巡した様に見えた。
「彼女のプライベートな問題なので本当は話すべきでは無いのだけど……」
不動刑事は一瞬言葉を濁したが……俺に聞かせた方が情報を引き出しやすいと判断したのだろう。彼女が行方不明になってからたった半日程度で警視庁の人間が動いている理由を教えてくれた。
「彼女の帰りが遅い事を不審に思ったご家族が通学路を探しに行ったころ……近くの草むらから彼女の通学カバンを発見したのよ。そこには彼女が絶対に手放してはいけない物がそのまま残されていたの……彼女が子供の頃から患う持病の症状を抑える薬がね」
俺は刑事さんの言った言葉に思わず息を呑んで黙り込んだ。持病?? そんな物を患っているなんて初めて聞いた。
いや、それよりも……
「……危ないんですか?」
今は言葉を飾っても仕方ない。俺は単刀直入に状況を確認しながら刑事さんと担任に視線を向けた。
「……状況は非常に切迫しているわ。彼女の持病は常時薬を服用しなければ危ないものではないけれど、一度発作を起こせば薬剤の投与が生死を分けます。私達が出張って来たのは……それが理由よ」
不動刑事は少し躊躇いながらも俺に自分達が動いている理由を話してくれた。本来なら彼女自身が言った様に俺みたいな一クラスメートに語る内容では無い。
ただ……おそらくだが本当に時間的余裕は少ないのだろう。二條の出自を考えれば彼女達が動いた理由はそれだけじゃ無いのかも知れないが……
『俺が動く理由には十分過ぎるな』
俺は声を出さずに呟き……そのまま応接室のソファから立ち上がった。
「先生……残念だけど本当に彼女の事で俺が話せる事はもうありません。もうすぐ従業が始まる時間なので……教室に戻っても良いでしょうか?」
俺の前に座る二人の女性達はそれぞれ別の反応を示した。刑事は若干の不快感、担任は明らかな動揺を見せて不動刑事の反応を確認している。
確かに俺の反応は多少とも親しいクラスメートの拉致を知らされた男としては冷たく映ったかも知れないが……今は彼女達に構っている暇は無い。
「……結構です。時間を取らせてしまってごめんなさい」
俺は不動刑事や担任にそれ以上眼を向ける事も無く応接室から足早に退室し……そのまま校舎から外に飛び出そうとした……のだが……
「よお……何を慌ててるのか知らないが教室は反対方向だぞ」
そこには……当校初日のアレ以来、俺から逃げ隠れしていた三人の内部進学生の一人が立っていた。
「……俺の視界に映るなと警告したはずだがな。もしかして……あれっぽっちのお仕置きじゃ物足らなかったのか? 残念だが……今の俺はドM野郎のおかわりに付き合ってやる気分じゃないぜ」
今の今まで余裕綽々だった野郎の顔がみるみる赤く染まっていく。煽り耐性の無い野郎だな。まったく……いい加減口喧嘩には向いてないって分かれよな。
「へっ……そりゃあ悪かったな。せっかく親切心で呼び止めてやったのによ」
???
「どういう意味だ?」
俺の反応を見た野郎は……みるみるうちに顔色を戻して(器用な野郎だな)俺にこう告げた。
「なに……もうすぐ授業が始まるから声を掛けただけの事さ。お前が急ぎの用事で早退するって事なら止めやしない。ただ学校のルールは知ってるだろう? 体調不良の場合は保健室の校医から早退届けを貰わないと駄目だってよ? まあ、それもこれもお前の自由だが……俺なら一度は上履きに履き替えて保健室に行くがな」
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