ラッキーアイテム ①
王都競馬場――――。
大人気、障害レースの観客の中に、親父達に混じり、酒瓶片手に声援を送る美少女がいた。
「行けぇぇー!跳べぇー!ヤッてしまえぇぇー!!」
「マリン様、ヤッてしまっては反則ですわ」
「あ、あ、あぁー!!」
マリンは前に居た見知らぬ親父の襟首を掴み、力一杯振りまわした。
「マリン様、このままだと、そちらの男性をヤッてしまいますわ」
「あぁー・・・もう・・・」
マリンはガックリと肩を落として、掴んでいた親父の襟首から手を離した。
「またダメだった・・・」
親父が咳き込みながら、這うように逃げていく。
「ああ!なんで当たらないのかしら?何故?どうして?教えてアン!」
「それは、大穴しか狙わないからではないでしょうか」
「よし、気持ちを切り替えて、もう一勝負しましょう!」
「マリン様、そろそろ帰りませんか?あまり遅くなると、ロイル様に叱られますわ」
マリンはアンの言葉を無視して、馬券売場に向かって歩きだした。
「それにしても、最近ツキから見放されてるわね。何だかよくない事ばかり起きてるような気がするわ」
「そうでしょうか?」
アンが応えた時、マリンの腕がグイと引かれた。
「ん?何?おじさん」
背が低く、小太りの男がマリンの腕を掴んで、目を見開いている。
男はマリンの腕から手を離すと、全身をガタガタと震えさせ、両手を祈りを捧げる時のように組んだ。
「・・・・・?」
マリンとアンは顔を見合せると、首を傾げた。
「ただいまー!」
書斎で仕事をしていたロイルは、ドアを開けて勢いよく入ってきた妻の姿を見て、持っていたペンを置いた。
「お帰りなさい、マリン。何かいいことがあったのですか?」
「んー、ふふふ」
マリンは含み笑いをすると、椅子に座っているロイルの近くまで行き、その首に腕を絡ませた。
「おやおや、珍しいですね」
ロイルはマリンを膝の上に乗せて、頬にキスをした。
「ねえ、聞いて!凄いことが分かったの!」
「ん?なんですか?」
マリンはロイルと視線を合わせると、輝く笑顔で告げた。
「私ね、悪霊が憑いていたの!」
「・・・・・・・・」
ロイルは椅子に座り直すと、マリンをしっかりと抱えた。
「悪霊・・・ですか?」
「そうよ!」
ロイルは、マリンと共に書斎に入ってきていたアンをチラリと見る。
アンは困ったような顔をして、軽く頭を下げた。
「・・・それは困りましたね」
「おかしいなって思ってたのよね。最近ツイてないし、何だか悪い事ばかり起こるし、肩も重かったのよね」
「・・・へえ・・・」
「でもね、もう大丈夫なのよ!」
マリンは服の中に手を入れると、胸の谷間から何かを取り出した。
「ジャーン!見て!」
それは五センチ程の高さの小さな木彫りの人形だった。
そしてその人形は、驚く程雑に作られていた。かろうじて顔らしきものが分かるといった感じである。
「これを持ってると、悪霊から身を守ってくれるんですって!」
「・・・・・・・・」
ロイルはマリンの手から人形を摘みあげると、目の前でよく見て、またマリンの手に戻した。
「・・・これ、どこで手に入れたんですか?」
「競馬場でね、おじさんがくれたの」
「どこのおじさんですか?」
「ん?知らないわ」
「・・・・・・・・」
マリンは人形を胸の谷間に戻した。
「そのおじさんね、霊が見えるんですって。私に悪霊が憑いてるの見て、これくれたの。肌身離さず持っていれば、いいことが沢山あるって」
「そうですか・・・良かったですね・・・」
ロイルは力なく、マリンの頭を撫でた。
「おじさん、そんな凄いものなのに、たった五万インで譲ってくれたのよ。優しいわよね」
ロイルの動きがピタリと止まる。
「・・・五万?」
「ええ、そうよ」
「・・・・・・・・」
「本当はね、百万インするんですって。でも私が五万インしか持ってないって言ったら、特別に安くしてあげるって言われたの」
マリンはロイルの膝から飛び降りると、右手の平をロイルに差し出した。
「だからね、もうお金が無いの。お小遣いちょうだい、今からカジノ行くから。悪霊がいなくなったから、当たりまくりのツキまくりよ!」
「・・・・・・・・」
ロイルはため息を吐くと、ポケットから財布を取り出して、マリンの右手に千イン札を置いた。
「え・・・これだけ?」
不服そうに眉を寄せるマリンから視線を外して、ロイルは目頭を揉んだ。
「あー、疲れました。昨夜からずっと書類整理してましたからね。早く終わらせて寝たいですよ」
「ねえ、これだけ?」
「急に沢山の仕事を持って来られても困りますよね。自分で何とかすればいいのに・・・」
――――バキッ!
「ねえ!これだけなの!?」
「マリン・・・徹夜で仕事をする夫に対し、この仕打ちですか?」
ロイルは殴られた頬を押さえて肩を落とした。
「なんで千イン?子供の小遣いじゃないのよ!」
「そんなこと言われても、無いものは無いんです。うちの家計は今、本当に苦しいんですよ。原因が何か分かりますか?」
「ロイルが安月給だから!?」
「・・・怒りますよ」
ロイルは軽くマリンを睨んだ。
「あのねぇ、マリン。俺だって、我々三人が普通に生活していけるだけの給料は、ちゃんと貰ってるんですよ。それに、結婚する時にはこの家も貰ったでしょう?これ以上何か求めたら、父も兄もさすがに怒りますよ」
結婚と同時に騎士をやめたロイルは、現在は父親と兄の仕事の手伝いをして、毎月給料を貰っているのだ。
「『当たりまくりのツキまくり』だったら、千インあれば充分です」
マリンはハッと目を見開いた。
「そうよね!ここから増やせばいいのよね!」
千イン札を握りしめ、マリンはアンを見た。
「行くわよ、アン!いざ、カジノへ!!」
お金を握った手をブンブンと振りまわし、元気よく部屋から出ていくマリンに、アンは戸惑いながらも、着いていく。
「・・・・・・・・」
ロイルはため息を吐くと、ペンを手に取り、仕事を再開させた。