平凡な幸せ 6
マリンとアンは居間でお茶を飲んでいた。
「やっと落ち着きましたわね。マリン様」
ホッと息を吐きながら言うアンに、マリンが苦笑する。
今朝早くエリアスの使いの者が来て、ロイルに至急城に来るようにと伝えたのだが、ロイルはマリンと離れる事を嫌がり、悶着を起こしたのだった。
「子供のように駄々をこねられて、困ったものですわ」
結局、怒ったアンがロイルを追い出したのだ。
アンの文句を聞きながら、マリンは一口お茶を飲んだ。
「本当に、マリン様にベッタリで、書斎は書類が山積みになっておりますのよ。仕事をしろと、言って下さいませ」
「・・・・・」
カップを手に持ったまま俯くマリンに、アンが眉を寄せる。
「マリン様、疲れましたか?」
マリンは首を振った。
何か考えている様子のマリンに、アンも口を閉じる。
暫く二人は静かにお茶を飲んでいたが、やがてマリンが小さな声でアンに問いかけた。
「『好きだ』って、『愛してる』って・・・本当かしら?」
マリンがカップを握りしめる。
アンはそっと溜息を吐いた。
昨日アンが買い物から帰ると、厨房でロイルがマリンを抱きしめて、何度も愛を告白していた。
床に転がる酒瓶に、何があったのかは想像がついたが・・・。
「私との子供なら、十人でも二十人でも欲しいって・・・」
アンは苦笑する。
「極端ですわね」
「一からやり直したいって・・・。信じていいの?」
「そうですわね。今更そんな事言われても、信用出来なくて当然ですわ」
アンはカップをテーブルに置き、指を組んだ。
「・・・不器用な人なのですわ。ロイル様は」
顔をあげたマリンに、アンが微笑む。
「子供の頃は、厳しく育てられたようです。・・・お祖父様に」
「お祖父様・・・?」
「息子であるトルカナ様は、お祖父様の期待に応えられなかったのです。ところが生まれた孫達は、才能に溢れていた。お祖父様は宰相の仕事はトルカナ様に譲り、孫の教育に没頭した。特に類い稀なる剣の才能があるロイル様を、それは厳しく指導されたらしいですわ」
アンが立ち上がり、マリンの手から落ちそうになっていたカップを取り上げ、テーブルに置いた。
「遊ぶ事も出来ず、勉強と鍛練の毎日で、感情を出すのが下手な子になってしまったと、シア様が嘆いておられました」
「お義母様が・・・」
アンは笑う。
「まあその分、大きくなってから、色々遊びを覚えてしまわれたようですが」
「・・・・・」
「自分自身の気持ちにさえ、気付いていなかったのでしょうね」
アンがマリンの隣に座り、マリンの手を握りしめた。
「わたくし、強くなりますわ。ロイル様がマリン様を泣かすような事がもう無いように、守りますから。だから・・・、少しだけ、信じてあげて下さい」
「アン・・・」
マリンは俯き、唇を噛みしめた。
「・・・まだ、間に合うかしら」
「もちろんです」
アンの力強い言葉と手の温もりに、マリンの瞳が潤む。
「アン・・・、お願いがあるの」
マリンが顔を上げる。
その表情は、晴れ晴れとしたものだった。