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フィーバー!! ⑦

「ただいま。マリン」

 マリンとアンが食堂で遅い昼食を食べていると、そこに外出していたロイルが帰ってきた。

「お帰りなさいませ。ロイル様」

「ただいま。あー、疲れました。俺の昼食は?」

「すぐに用意いたします」

 ロイルはマリンの側に行くと、肩を抱いて頬にキスをした。


 ――――ビュンッ!!


「おっと、危ない」

 振り下ろされたナイフをギリギリで避けて、ロイルは自分の席に着いた。

「俺の可愛い奥さんは、ご機嫌斜めのようですね」

 マリンが悔しげに睨み付ける。

 そこにアンが料理を運んできた。

「ありがとう。いただきます」

「あ、お待ちください。その前に・・・」

 料理を口にしようとしたロイルにアンが一枚の紙を渡す。

「ガラス代の請求書です。お願いいたします」

 ロイルはそこに書いてある数字を見て、手に持っていたナイフを置いた。

「・・・食欲が無くなる額ですね」

「今回は、食堂の窓ガラス、全て割れましたから・・・」

 ロイルはため息を吐いて、その請求書をマリンの前に置いた。

「ほら、見てください。この額。シャレになりませんよ。もうガラスを割るのはやめましょう。うちの家計は火の車です」


 ――――ダンッ!!


「あぁ・・・」

 マリンは請求書にナイフを突き立てた。

「マリン・・・請求書は別に破れても構いませんが、テーブルに傷が・・・」

「そんなことより―――」

「俺の話は無視ですか?」

「―――どうだったの?」

「ん?なにが?」


 ――――ビュンッ!


 ロイルは飛んできた皿を受け止めた。

「本当にもう、やめましょう。『壊れるものは、投げない・割らない・凶器にしない』家訓にしますよ。この皿も高価なんですからね」

 皿をテーブルに置いて、突き刺さっているナイフを抜いてその皿の上に置いた。

「あー・・・、はいはい、ソフィーの件ですね。そんなに睨まないでください。まあ、結論から言うと、まだ助かる可能性があるようですよ」

 その言葉を聞いたマリンは、目を見開いて、それからほっとしたように優しく微笑んだ。

「―――――!!」

 それは万人を魅了する、まさに『聖女の微笑』であった。

 ロイルとアンも、思わず見惚れて動かない、いや、動けなかった。

「・・・・・?」

 ぼうっとしている二人にマリンは不思議そうに首を傾げる。

 ロイルは、ハッと気付いて咳払いをした。

「いや・・・ものすごく久しぶりなので驚きました。そういえば、昔はよくそうして微笑んでくれましたよね。それがいつの間にか・・・。何がいけなかったのでしょうね・・・」

 マリンが眉を寄せる。

「『いつの間にか』・・・何?」

「いえ・・・なんでもありません。―――で、ソフィーのことですけどね」

「そうよ!早く話なさい!」

 マリンがバンバンとテーブルを叩く。

「・・・お金がないので、あまりよい医者に診てもらってなかったようですね。腕のよい医者にカルテを見せたら、まだ間に合いそうだと・・・まあ、実際に診てみないと、はっきりとは言えないようですが・・・ってマリン、どうしました?」

 椅子から立ち上がったマリンにロイルは訝しげに尋ねる。

「―――行くわよ」

「・・・え?今すぐですか?俺はまだ昼食を食べてないのですが?」

 ロイルの言葉を無視してマリンは食堂を出て行く。

「・・・ハア」

 ため息を吐いて、ロイルは立ち上がった。






 小さな庭に、小さなボロ家。壊れた門扉。――――子供達の笑い声。

 風にはためくたくさんの洗濯物の間を、幼い子供達が駆け回る。

「あ!ラウ兄ちゃん!」

「遊ぼー!」

「一緒に遊ぼうよー!」

 ラウは足にまとわりつく子供達の頭を撫でて、微笑んだ。

「ごめんね。今ちょっと忙しいから、また後でね」

「えー!」

 頬を膨らます幼い子の頭をもう一度撫でて、ラウは家の裏手にまわる。

 そこにある井戸から手に持っていた桶に水を汲んだ。

「・・・・・・・・」

 ラウはため息を吐いた。 ソフィーがまた熱を出したのだ。

 助けることが出来ないなら、せめて痛みや苦しみだけでも取ってあげたいが、ラウに出来ることは、残り少ない解熱剤を与えることだけだ。

 ラウは桶を腕に抱え、戯れついてくる子供達を躱して家の中に入った。

 家の一番奥にあるドアを開け、小さな部屋に入る。

 ベッドに眠る痩せこけた少女。

 傍らに座っているティガが、顔を上げた。

「・・・解熱剤が効いたみたいだね。眠ったよ」

「・・・・・・・・」

 ラウはサイドテーブルに桶を置いて、ソフィーの額にある布を水に浸して絞り、またソフィーの額に戻す。

「ラウ、おまえも少し寝た方がいいね。ここは私が見てるから大丈夫だよ」

「・・・うん」

 ラウは素直に頷いて、部屋を出た。

 とても眠れそうにはないが、身体は休めなければならない。自分まで倒れる訳にはいかないのだ。

 ため息を吐いて、いつも皆と一緒に眠っている部屋に向かう。

 その時、玄関のドアが開いて、庭で遊んでいた子供達が顔を覗かせた。

「ラウ兄ちゃん、お客さんだよ」

「・・・お客さん?」


 ――――バッターンッ!!


 派手な音がして、ドアが大きく開いた。


「―――お邪魔しますわ!」


 目を見開き、驚きで動けないラウの前に、口端を上げ、挑戦的に笑う美少女が現れた。






「ラウ、何だい?今の音は」

 大きな音に、ソフィーの傍らに居たティガが、部屋から出てきて、そして固まった。

 動けない二人を気にする様子も無く、マリンは無遠慮に家の中に入ってきた。

「あー、すみません。お邪魔します」

 マリンの後ろから大きなカバンを二つ持ったロイルも家に入ってくる。

 そして小さな子供達に笑顔をみせた。

「子供達、美味しいお菓子をいっぱい持って来ましたよ。ほら」

 持っていたカバンの一つを開けて見せる。中にはぎっしりと、子供達が今まで見たこともない、高級なお菓子が入っていた。

 目を輝かせて歓声をあげる子供達。

「さあ、これは君たちにあげますからね。全部食べていいのですよ。お庭で食べましょうね」

 ロイルは菓子と子供達を外に追いやる。

「あっちの方で食べなさい。いいですか、お兄さん達は大事なお話がありますから・・・」

 ニッコリと笑う。

「・・・決して中を覗いてはいけませんよ」


 ――――バタ・・・ン


 閉めたドアの向こうから聞こえる子供達の歓声が、段々遠ざかる。

 マリンはゆっくりとラウに近付いた。

「こんにちは、ラウ。ご機嫌いかが?」

 ラウは戸惑うように瞳を揺らす。

 マリンがラウの膝を蹴りあげた。

「―――――!!」

 思わず跪くラウを、マリンが蔑んだ目で見る。

「返事も出来ませんの?」

 マリンの暴挙を目の当たりにして金縛りの解けたティガが、慌ててラウに駆け寄り、ロイルを縋るように見る。

「ロイル!」

「・・・あー、はいはい。すいません、ティガさん」

「ロイル様・・・!」

 ロイルはティガをラウから無理矢理引き剥がし、後ろに下がった。

 マリンはラウの髪を鷲掴みにして視線を合わせる。

「ラウ・・・よくも私のお金を盗んでくれたわね。私はね、やられたことは倍返ししないと気が済まないのよ!」

 マリンが拳を振り上げる。

「歯を食い縛りなさい!!」


 ―――――バキッ!!


 衝撃でラウが倒れる。

 ティガが悲鳴をあげて、拘束を振りほどき、ラウに駆け寄った。

「ラウ、ラウ、しっかりして!」

 ティガが涙を浮かべてラウを揺する。

「うっ・・・、母さん・・・」

 ラウがその手を握った。

「・・・・・・・・」

 マリンがプイと視線を逸らす。

「―――ロイル!!」

「はいはい、分かりました」

 マリンはそのままドアに向かい、一瞬だけ振り向いて寄り添う二人を見ると、外へと出ていった。

 残されたロイルは、大きなカバンを持って、二人に近付くと、片膝をついた。

「・・・この度は、妻の暴行で怪我をさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 ロイルはその言葉に驚く二人の前に、カバンを置いた。

「これは慰謝料です。お受け取り下さい」

 見覚えのあるカバンに、二人が動揺する。

「その代わり、今回のことは一切口にしないでください。ウェルター家の者が暴行事件を起こしたなど、世間に知られたくありませんからね。―――それと」

 ロイルは内ポケットから封筒を取り出した。

「これも差し上げましょう。ここに書かれている医者を訪ねなさい。ソフィーの治療をしてくれます」

 二人が驚きに目を見開く。

 ロイルは微笑んだ。

「まだ、間に合いますよ」





 ―――――帰り道。

 ロイルは少し歩いたところで、先に孤児院を出たマリンに追い付いた。

「渡してきましたよ。お金」

「・・・そう」

 マリンはロイルの方を見ることもしない。

「素直に寄付すればよかったのに、まったく意地っ張りなんですから」

「・・・なんのこと?私は泥棒したラウが気に入らないから殴っただけよ。お金はあなたが勝手に置いてきたのでしょう?」

 ロイルは苦笑した。

「そうですね。すみませんでした」

「―――そうよ」

 ロイルの手の平に、細い指が触れる。

 二人の指が絡まった。

「あー、お腹空きました」

 マリンがクスリと笑う。

「―――もう?」

「あのねぇ・・・俺は昼食を食べてないんですけど」

「あら、そうだったかしら?」

 ロイルはため息を吐いた。

「家に着いたらお茶にしましょう。アンがクッキーを焼くって言ってたわ」

「クッキー、ですか?空きっ腹に甘いものはちょっと・・・」

 マリンが睨み付ける。

「なによ。文句あるの?」

「いや・・・でも」

 ロイルは立ち止まると、マリンの腰に手をまわして引き寄せた。

「同じ『甘いもの』なら、マリンを味わいたいかな」


 ―――――バチンッ!!


 ロイルは頬を押さえて蹲った。

「もう!最低!バカ!!」

 マリンは真っ赤になって、怒って一人で歩いて行く。

 ロイルはため息を吐いて、立ち上がった。

「本当のこと、言っただけなんですけどね・・・」


 口端が上がる


「本当に・・・『甘い人』だ」


 太陽が西に傾き、王都がオレンジ色に染まる。

 もうすぐ闇が訪れる。


 ロイルは髪を掻き上げると、ゆっくりと歩きだした。







「フィーバー!!」はこれで終わりです。ありがとうございました。

次話「ラッキーアイテム」も宜しくお願いします。

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