平凡な幸せ 5
ベッドでウトウトとしていると、頬に柔らかい感触。
目を開けると、ロイルが微笑んでいた。
「ごめん。起こしたか」
マリンは緩く首を振る。
ロイルに抱きしめられ、ふと部屋の中を見て、マリンは眉を寄せた。
また・・・。
「可愛いだろ?さっき届いた」
部屋一杯の子供服や玩具。
マリンの妊娠が分かってから、ロイルは次々と子供用品を買ってくる。
サーシャとユーイを預かっていた時のマリンなど、比べものにならないくらいに。
わざわざ他国から取り寄せた物まであるのだ。
思わず溜息を吐くマリンに、ロイルが慌てる。
「どうした?気に入らなかったか?」
「いいえ。でも、こんなに・・・」
その時ノックの音がして、アンが入って来た。
「まあまあ、またこんなに買って。物を買い与えればよいという訳ではありませんのよ」
アンはベッドの脇に立ち、マリンに微笑んだ。
「買い物に行ってきますが、何か食べたい物はありませんか?」
「何も・・・」
アンは少し寂しげに頷く。
「分かりました。行ってまいります」
アンが頭を下げて出て行くと、マリンはロイルの胸を軽く押した。
「マリン・・・?」
「ごめんなさい。もう少し眠りたいの」
「じゃあ、一緒に」
「仕事があるでしょう?」
マリンは微笑んで、再び横になる。
「おやすみなさい」
「・・・おやすみ」
ロイルは未練がましくマリンを見ていたが、やがて溜息を吐いて部屋から出て行った。
「・・・・・」
マリンは目を開けじっと壁を見る
暫くそうした後、そっとベッドを抜け、静かにドアを開ける。
ゆっくり、音を立てないように階段を降りて厨房まで行った。
逸る気持ちを抑えながら、戸棚を順番に開けていくと、目的の物が見付かる。
ホッと笑みを浮かべて顔を上げたマリンは、目の前に悲しい表情で立つロイルに気付いた。
「あ・・・」
俯くマリンから、ロイルは酒瓶を取り上げる。
「待って!駄目!」
取り返そうとするマリンを、ロイルは抱きしめた。
「返して!」
叫ぶマリンに、ロイルは首を振る。
「返して!」
マリンはなりふり構わず暴れる。
爪がロイルの顔を引っ掻き、醜い筋を作る。
ロイルはマリンの手首を掴み、床にねじ伏せた。
「マリン、好きだ。愛してる。信じてくれ」
「嫌!」
「マリン・・・」
力で適う筈もなく、疲れて大人しくなったマリンを抱きしめ、髪を梳く。
「マリン、好きだ」
「・・・・・」
「初めは・・・、確かに、決められた結婚だった。マリンが壊れていくのが分かってて、何もしなかった」
ロイルはマリンの目を真っ直ぐ見る。
「追い詰めてしまった事、今は後悔している。酒も賭け事も、もう必要ない。強い女を演じる必要も・・・。マリンも腹の子も、愛してる。寂しくなったら、俺が抱きしめるから。だから・・・、やり直したい」
「・・・・・」
「一から、もう一度」
「・・・・・」
マリンの頬から流れる涙を、ロイルが唇で拭う。
「マリン、愛してる」
何度も何度も、ロイルは愛を囁いた。