平凡な幸せ 1
カラン・・・。
小さな音を立てて、マリンの手から、フォークが皿の上に落ちた。
「マリン様・・・?」
心配そうに見つめるアンから目を逸らし、マリンは立ち上がる。
「ごめんなさい。少し気分が悪いの。・・・部屋で休むわ」
そう言って食堂から出て行くマリンの背中を見つめ、アンは溜息を吐いた。
皿の料理は殆ど手を付けられていない。
最近、こんな状態が続いているのだ。
それと言うのも・・・。
「マリン!」
慌てて追い掛けようとするロイルの襟首を、アンは掴んだ。
「どこに行かれるのですか?まだお食事が残っておりますわ」
冷たい視線と声音に、ロイルが眉を寄せる。
「どこってマリンのところに・・・」
「いけません」
ピシャリと言って、アンは強引にロイルを座らせた。
「アン!」
「行って何をされるのですか?」
ロイルが戸惑う。
「何ってそれは、慰めたり・・・」
「身体で?」
ロイルがギョッと目を見開く。
アンは大袈裟に溜息を吐くと、ロイルを見据えた。
「まったく、あなたという人は。毎日毎日、日に何度もコトに及び・・・。マリン様の体調も、少しは考えては如何ですか?発情期の獣だって、もう少し相手を労る気持ちがありましてよ?」
ロイルが口元を引きつらせる。
「抱けば気持ちが通じるとでも、思っていますの?それとも、抱けば女は機嫌がよくなるとでも、勘違いしてらっしゃるのかしら?」
「いや、アン・・・」
「だいたい、今まで散々マリン様のお気持ちを無視してきたくせに、自分の恋心を自覚した途端、コロっと変わって今度は自分の気持ちばかりを押し付けて、それで分かりあえるとでも思ってらっしゃるの?こうなったのも、自業自得というものですわ!」
話しているうちに興奮して、食卓を掌でバンバン叩くアンに、ロイルは呆気にとられ、思わず呟いた。
「アン・・・。強くなったな・・・」
アンはロイルを睨み付け、口角を上げる。
「ええ、ええ!強くもなりますわよ。あなたはエリアス様がおっしゃってた通り、『図体ばかりでかい子供』ですわ。本当にもう。わたくしは、わたくしは・・・・」
アンは俯き、グッと唇を噛み締める。
「わたくしは・・・、愛を求めて狂う人を、もう見たくはありません・・・」
アンの目から涙が零れる。
「アン・・・」
ロイルはアンの頬を掌で包む。
「もっと、マリン様のお話を、聞いてあげて下さい。・・・愛し合っているのですから」
「ああ。・・・すまない」
ロイルがアンを抱きしめる。
アンはロイルの腕の中で、静かに涙を流した。