聖女マリアンヌ 6
数日に一度、ロイルはマリアンヌのもとに訪れた。
そしてその度に、ロイルはマリアンヌに『外の世界』の楽しさを伝える。
街の様子、流行っている髪型やドレス、庶民の食べ物。
歩きながら食べる菓子があると聞いた時、マリアンヌは「まさか」と笑った。
しかし次に訪れた時、ロイルがそれを持って来て、マリアンヌはとても驚いた。
そして今日も、マリアンヌが庭でお茶を飲んでいると、ガサガサという音が聞こえた。
振り向くと、ロイルがマントに付いた葉を落としながら、微笑んでいた。
「ロイル・・・!」
駆け寄るマリアンヌをロイルが抱き締める。
「ああ、マリアンヌ様。会いたかった」
「わたくしもよ、ロイル」
暫し二人は抱き合っていたが、マリアンヌはふと、ロイルの身体から甘い独特な香りが漂ってくる事に気付いた。
「あら・・・?」
首を傾げるマリアンヌ。
「どうしましたか?」
微笑むロイルを見上げ、マリアンヌは訊いた。
「この香り、何かしら?」
「・・・・・香り?」
「ええ。何だか甘くて、少し変わった香りね」
「・・・・・」
ロイルはマリアンヌの肩を抱き、テーブルセットまで連れて行くと、椅子に座らせ、自分はその向かいの椅子に座った。。
「香水を付けたのですが、お嫌いでしたか?」
「香水・・・?」
男の人も、香水を付けるのか。
「ええ。実は先程まで剣の鍛練をしていたので、汗をかいてしまって・・・。マリアンヌ様に臭いと嫌われたくなかったので、ちょっと香水を付けたのです」
「まあ・・・!」
自分に会いに来るのに、そんな細かな気遣いまで・・・。
マリアンヌは感動で目を潤ませた。
「そんな事、気にしなくてもよかったのに・・・」
マリアンヌが手を伸ばすと、ロイルがその手を握った。
ロイルの手は皮が厚く、剣ダコが出来ている。
「剣の鍛練って、どういう事をしますの?」
マリアンヌがロイルのタコを指先で触りながら訊く。
「剣を振ったり、構えの練習を一人でする事もありますが、主にやるのは実戦訓練ですね」
「実戦・・・?」
「一対一、もしくは一対複数で、剣で戦うのですよ」
マリアンヌは驚いた。
「危ないのではないの?」
心配そうに眉を寄せるマリアンヌに、ロイルは笑った。
「手加減はしますよ。それに、これでも剣にはちょっと自信があるのです。剣術大会ってご存知ですか?国中の腕に覚えのある者が集まって戦うのですが、私はここ五年、連続優勝しているのですよ」
「大会で優勝・・・。凄いのね」
実はそれがどれだけ凄い事なのか、マリアンヌは分かっていなかったが、自信に溢れた表情のロイルに、頼もしさを感じた。
ゴツゴツとした手に頬を寄せると、ロイルがマリアンヌの顎を指で上向かせた。
「・・・・・?」
二人の唇が重なる。
マリアンヌは何が起こったのか一瞬分からず、ポカンとしてしまったが、直ぐに状況を理解し、真っ赤になった。
ロイルの唇がマリアンヌの頬を伝い、耳に辿り着く。
「次は、もっと大人のキスを、教えて差し上げますよ」
「―――――!!」
ロイルは立ち上がり、硬直するマリアンヌに頬笑んで、背を向ける。
ロイルが去ると、マリアンヌは力が抜けてしまい、テーブルに突っ伏した。
「大人の・・・」
秘密めいたロイルの囁きを思い出し、マリアンヌの胸はときめいた。