聖女マリアンヌ 5
湖での出来事から二日、まるで何も無かったかのように、変わらない日々。
あれは夢だったのだろうか・・・。
頬に指を当て溜息を吐き、本を閉じる。
「マリアンヌ様」
アンの声に顔を上げる。
「庭にお茶の用意を致しました。どうぞ」
「庭・・・?」
マリアンヌは首を傾げる。
「天気が、いいので」
言い訳のように付け加えるアンを不思議に思ったが、ドアを開け促され、マリアンヌは立ち上がる。
庭に出て用意されていた椅子に座ると、アンがカップにお茶を淹れる。
「マリアンヌ様、わたくし少々用事がありますので城に行きたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、構わないわ」
アンがたまにこうして城に行き、マリアンヌは一人になる時がある。
侍女はアン一人しか居ないので、それは致し方ない事であった。
頭を下げ去って行くアンを見送り、マリアンヌはカップに口を付けた。
一口飲み溜息を吐いた時、木がガサガサと揺れる音が、後ろから聞こえた。
「・・・・・?」
カップをテーブルに戻し、振り向いたマリアンヌは目を見開いた。
「マリアンヌ様・・・」
白い制服にマント、茶の髪と瞳。
間違いなく三日前に会った男、ロイルだった。
「ロ・・・イル」
マリアンヌの呟きに、ロイルは微笑み、片膝を付いた。
「私の名前、覚えていてくれたのですね」
ロイルはマリアンヌの手を取り、甲に口付けた。
「約束通り、会いに来ました」
また会えた喜びに、マリアンヌは目に涙を浮かべた。
「嬉しいわ。でも・・・」
「大丈夫ですよ。見張りに見付からず、ここまで来る道を見付けました」
この離れに近付く事は、重罪なのだ。
マリアンヌの心配を余所に、ロイルは爽やかに笑う。
「今はまだ無理ですが、準備が整ったら、二人で逃げましょう」
マリアンヌは驚愕した。
「逃げる・・・?」
「そうです。二人で幸せに暮らしましょう。あなたを塔になど、閉じ込めさせやしない」
「ロイル・・・」
なんて魅力的な誘い。
でもそれは、父を、国民を裏切る行為。
出来る訳がない。
「ありがとう。でもそれは、わたくしには許されないの」
「マリアンヌ様・・・」
ロイルは立ち上がり、マリアンヌを抱き締めた。
「返事は今すぐでなくていいのです。考えておいて下さい」
ロイルはマリアンヌの頬に唇を落とす。
「あ・・・」
直接触れ合った感触に、マリアンヌが赤くなる。
「侍女が帰って来たようです。また会いに来ます」
ロイルが先程現れた場所から去って行く。
それから直ぐ、アンが庭に来た。
「あら・・・?マリアンヌ様、今誰かここに居ませんでしたか?」
マリアンヌはギクリとしながら、出来るだけ平静を装い答える。
「いいえ」
カップに手を伸ばし、口に運ぶ。
「・・・そうでございますか。失礼致しました」
アンはマリアンヌの震える手を見ながら、軽く頭を下げた。