聖女マリアンヌ 4
揺れるボートに恐々乗ったり、木々の間を手を繋いで歩いたり、マリアンヌには夢のような時間が続いた。
ロイルは博識で、花や鳥、木の上にいる小動物を指差しては、その名前を教えてくれた。
「他国には、もっと珍しい動物もいるのですよ。人間の言葉を真似て話す鳥とかね」
「まあ、本当に?」
マリアンヌはすっかり気を許し、声を出してはいけない決まりの事など、忘れてしまっていた。
「ええ。私が留学していたトーラ王国にいました。七色の羽の、とても綺麗な鳥ですよ」
「素敵。見てみたいわ」
「あの国は気候が穏やかで、一年中春なのですよ。花が沢山咲いていて、あなたも気に入ると思います」
ロイルはマリアンヌの腰を抱き、二人の身体を密着させる。
「行きませんか?一緒に」 マリアンヌが目を見開く。
「このまま別れたくない。また会いたい。私は・・・、あなたに恋をしてしまったようです」
強く抱き締められ、マリアンヌはときめいた。
恋など物語の中の出来事だと諦めていた。
だけどそれが目の前にある。
この人と離れたくない。
でも・・・。
マリアンヌの頬を涙が伝う。
「ごめんなさい・・・」
マリアンヌはロイルの胸を両手で押した。
「もう、会えないのです」 ロイルが離れようとするマリアンヌの肩を掴む。
「どうして?」
「とても楽しかったですわ。わたくしの事は忘れて下さい」
「それは出来ない」
ロイルは強引にマリアンヌの身体を抱き寄せた。
「こんなに愛しているのに・・・!」
「―――――!!」
マリアンヌは衝撃を受けた。
これが『愛』。
父親や弟への愛とは違う。
ああ、わたくしは本当の愛を知った。
しかし、ロイルの背に震える手をまわそうとした時、マリアンヌの名を呼ぶ声が聞こえた。
ハッと顔を上げると、こちらをじっと見るアンと目が合った。
「マリアンヌ様」
二人のもとに歩くアン。
「マリアンヌ・・・?」
ロイルが目を見開く。
アンはマリアンヌの傍に立つと、頭を下げた。
「お迎えにあがりました」
ロイルはマリアンヌの両肩に手を置き、二人の視線を合わせる。
「まさか、あなたは・・・」
顔を背けるマリアンヌの代わりに、アンが答える。
「王女マリアンヌ様であらせられます。その手を離しなさい。無礼者」
ロイルは慌ててマリアンヌから離れると、片膝をついて頭を下げた。
アンはマリアンヌの頭にベールをかぶせ、ロイルを一瞥した。
「今日の事はお忘れなさい。よいですね」
アンがマリアンヌの手を引き歩く。
マリアンヌは俯いてそれに従った。
これでよいのだ。夢を見たのだ。
そう自分に言い聞かせ歩くマリアンヌを、暖かいものが包んだ。
「あ・・・!」
耳に熱い吐息が掛かる。
「忘れる事など出来るものか!必ず、必ず会いに行きます」
ベール越しに、ロイルの唇がマリアンヌの頬に押し付けられた。
振り向いたマリアンヌが見たのは、走り去るロイルの背中だった。