聖女マリアンヌ 2
馬車に揺られ辿り着いた湖は、信じられない程美しかった。
マリアンヌは瞳を輝かせ、湖を見つめる。
「マリアンヌ様、ベールをお脱ぎになりますか?」
アンの問いかけに振り向いたマリアンヌは、いつの間にか馬車や護衛がいなくなっている事に気付いた。
マリアンヌがベールを脱ぐと、アンがそれを受け取る。
「綺麗ね」
「はい」
「鳥がいるわ」
「はい」
手を胸の前で組み、感動しているマリアンヌをチラリと見て、アンは頭を下げる。
「わたくし共は、少し離れた場所で待機しております。ごゆっくりお楽しみ下さい」
「・・・え?」
マリアンヌが振り向くと、アンは既に背中を向けていて、木々の間を歩いて行ってしまった。
アンが去って行き、マリアンヌは戸惑う。
このように一人にされても、何をしてよいのか分からないのだ。
「アン!」
呼んでみたが返事は無い。
「・・・・・」
不安な気持ちはあるが、折角ここまで来たのだ。
マリアンヌは気を取り直し、取り敢えず湖の近くまで行ってみた。
水面はキラキラと輝き、図鑑でしか見たことが無い鳥が、泳いでいる。
中を覗くと魚の影が見えた。
「綺麗・・・」
もう二度と見る事が出来ないであろう風景・・・。
頬を撫でる風が気持ちいい。
一羽の鳥が空に向かって羽ばたくと、それが合図だったように、鳥達が一斉に空へと飛んで行った。
「ああ、素敵」
自分にも翼があれば・・・と、つい思ってしまい、マリアンヌは自嘲した。
視線を湖に無理矢理戻し、行儀が悪いと思いつつ、地面に直接座り、水に手を浸してみる。
「冷たい」
指先を、小さな魚が掠める。
「あ・・・」
もしかして、掴めるかもしれない。
マリアンヌはその魚を追って手を動かす。
しかし魚は素早く、触れる事さえ出来ない。
「ああ、待って。行かないで」
湖の中心へと向かう魚に思い切り手を伸ばす。
「―――――きゃあ!」
夢中になり過ぎてバランスを崩した身体が、湖に向かって倒れる。
恐怖にギュッと目を瞑った。
「・・・・・?」
しかし、予想していた衝撃はやって来ず、それどころか、マリアンヌの身体は何か柔らかい物に包まれていた。
恐る恐る目を開けたマリアンヌは、間近に見知らぬ顔があり驚愕した。
「そんなに身を乗り出しては危ないですよ、お嬢さん」
爽やかに笑う男に、マリアンヌの胸が高鳴った。