聖女マリアンヌ 1
こうして二人は
永遠の愛を誓い
幸せに暮らしました
「・・・・・」
マリアンヌは読んでいた本を閉じた。
今朝、父親から贈られた本は、またもや幸せな恋愛物語だった。
最近、何故か毎日届けられる贈り物。
「どうして・・・?お父様」
愛する者との幸せな生活・・・。
読むたび、羨む気持ちばかりが募る。
「絶対に叶う事なんて、無いのに・・・」
マリアンヌは溜息を吐いて、『祈りの塔』を見上げた。
一月後、マリアンヌはあの塔の中に入る。
王家に生まれる女には、邪を追い払い、国を繁栄に導く『聖なる力』があるとされている。
故に王女が生まれると、世間から隔離し、成人を迎えたと同時に塔に入る決まりになっているのだ。
そして、一生塔から出る事は叶わない。
「聖なる力なんて、無いのにね・・・」
そう、本当は聖なる力など存在しない。
しかし、遥か昔より語り継がれてきた伝説を、今更『嘘』だと公表する事は、困難であった。
それだけ国民は、この伝説を信じきってしまっているのだ。
もう一度溜息を吐いた時、マリアンヌの前にお茶が置かれた。
「ありがとう」
マリアンヌの侍女、アンが頭を下げる。
アンは、三ヶ月程前に、年老いた侍女の代わりに、新しくマリアンヌ専用の侍女となった女である。
無口で愛想は無いが、よく気が付く働き者であった。
マリアンヌは離れに住んでいて、会ってよいのは、この侍女と父王、弟、宰相くらいだ。
ごく稀に、城や外に行く事もあるが、そういう時はベールをかぶり、声を出すのも禁じられる。
自由は無いが、それも王家に生まれた運命と、マリアンヌは思っていた。
「マリアンヌ様、陛下が―――――」
アンの言葉が途切れた。
「マリアンヌー!!」
ノックも無しに突然開いたドアから、王が現れたからだ。
「おお!可愛いマリアンヌ!」
マリアンヌを抱き締め頬擦りをする王に、苦笑する。
「お父様、ノックぐらいなさって下さい」
「おお、そうか。ところで今日贈った本は、読んでくれたか?」
まったく反省の色が無い。
それもいつもの事なので、マリアンヌは仕方ないと思い、微笑んだ。
「ええ」
「どうだった?面白かったか?」
「・・・ええ。でも次は―――――」
「そうだろう、そうだろう!恋は良い。うん。愛する者と、幸せに暮らす。素晴らしい。という事で、準備が整った。湖に行っておいで」
王の言葉に、マリアンヌが首を傾げる。
「・・・え?」
その時、宰相のトルカナ・ウェルターが部屋に飛び込んできて、王の口を手で塞いだ。
「マリアンヌ様、とても綺麗な湖があるので、気分転換に遊びに行かれては如何でしょうか?そうですよね、陛下」
トルカナは王の髪を掴み、上下に動かした。
「う、うん。そうじゃ」
王は咳払いをすると、マリアンヌの肩に手を置いた。
「気分転換だった。さあ、行くのだ」
益々訳が分からない。
今まで外出が許されたのは、どうしても参加が必要な式典がある時のみである。
このように、『気分転換』という理由で外出を許された事などないのだ。
「マリアンヌ様、塔に入れば外に出る事は出来ません。その前に少しですが、外の世界をお楽しみ下さい」
「・・・・・」
ああ、そうか。
『聖女』になる私への、ご褒美のようなものか。
マリアンヌは笑顔を作ると、王に抱き付いた。
「嬉しいわ、お父様」
「うん。そうか」
王はマリアンヌを抱き締め、また頬擦りをした。