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フィーバー!! ⑤ 

 青い空、白い雲、庭には色とりどりの花が咲き、可愛い小鳥が小枝に留まり、歌う。

 爽やかな朝の風景。

 ・・・しかしそれも、見えればの話。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 薄暗い室内で、三人は黙々と料理を口に運ぶ。

 互いに目を合わせることも無く、会話も無く、部屋の暗さが気持ちまで暗くしているようだ。

 ロイルは思わず窓の方を見て、ため息を吐いた。


 ――――バキッ!


「・・・なんで殴るんですか」

「朝っぱらから、ため息吐いてんじゃないわよ!」

「そんなこと言ったって・・・」

 ロイルは窓の方・・・いや、窓が有った方を見た。

 アンが手入れした美しい庭が見える筈の窓には、新聞紙が貼ってあった。

 しかも全ての窓にだ。

 その所為で、太陽の光は遮られ、食堂の中は薄暗い。

「誰の所為でこうなったの?」

「え・・・、マリンが割ったんじゃないですか」


 ――――バキッ!


「あー・・・、俺の所為です」

 当然というように一つ頷くと、マリンは自分の席に戻った。

「でも、確かにちょっと暗いわよね。アン、ガラス屋さんは何時来るの?」

「早朝に店に行き、お願いしたので、もうすぐ来ると思うのですが・・・」


 ――――カラーン、カラーン、カラーン


「あぁ、来たようですわ」

 玄関からベルの音が聞こえ、アンは立ち上がり、部屋を出た。

「ほら、マリン、早く食べてしまいましょう」

 ロイルが促して、マリンは慌てて料理を口に運んだ。

 しかし、すぐにアンが一人で食堂に戻って来る。

「あの・・・」

「どうしました?」

「それが・・・」

 チラリとマリンを見て口籠もるアンの様子に、ロイルは悟り、頷く。

「分かりました。客間にお通しして下さい」

「かしこまりました」

 頭を下げて再び部屋を出ていくアン。

 それを見たマリンはキョトンとして首を傾げる。

「ん?ガラス屋さんじゃないの?」

「えぇ。さあ、早く食べましょうね」

 ロイルはニッコリと笑った。






「あぁあああああ!!!」

 飛び掛かろうとしたマリンをロイルは羽交い締めにした。

「あっ、あっ、あいつ!!」

「はいはい。落ち着きましょうね」

 ロイルはそのままマリンを引き摺ってソファーまで行く。

 ソファーには、唖然としている黒髪黒瞳に短髪で警備隊の黒い制服を着ている青年と、真っ青になっている白髪の老女と茶髪の少年の三人が座っている。

 その中の一人にマリンは見覚えがあった。客間に入り、目が合った瞬間にあの忌まわしき記憶がよみがえったのだ。

 ロイルは三人の前の席に腰掛け、膝にマリンを乗せて、暴れられないようにしっかり両腕で抱え込んだ。

「お待たせしてしまい、すみません」

「離せぇぇぇぇ!!」

「それで、今日はどういうご用件で、いらっしゃったのでしょうか?」

「離せバカぁぁぁぁ!!」

「・・・・・・・・」

「どういうご用件で?」

 唖然としていた人物が、ハッと正気を取り戻し、一つ咳払いをした。

「早朝からの訪問、申し訳ありません。自分は王都警備隊五番隊所属サッシュ・ワイヤと申します」

「うるさい!!黙れ!お前に用は無い!!」

「・・・・・・・・」

「ああ、気にしないで下さい」

「はあ。えー、実は、こちらの二人が早朝に警備隊の詰所に来まして、その、大金を盗んだと言うのです」

「私のお金よ!!早く返しなさい!」

「気にしないで。それで?」

 サッシュの口元がヒクリと引きつる。

「えー、それで、話を聞いたところ、昨夜商店街でロイル様のカバンを持って逃げたと・・・」

「私のカバンよ!!」

「・・・中を確認すると、確かに、その、ものすごい大金が入っていましたので――――」

「そんな話どうでもいいから、早く返しなさい!!」

「それでうちに来たわけですね」

「・・・はい。あ、これがそのカバンなんですが」

 サッシュは足元に置いていた大きなカバンを開けて、中から布に包まれた細長いものを取り出した。

 それをテーブルの上に置き、布を捲る。

 出てきたのは短剣だった。

「一緒に入っていたこの短剣、鞘にウェルター家の紋章がありますが、ロイル様のもので間違いないでしょうか」

 マリンは一瞬目を見開き、直ぐに後ろのロイルをみた。

「ロイル!!」

「ああ、そうです。私の短剣です」

「そうですか。ではこのお金もロイル様のもので間違いないですね」

「そのお金は私のだって、さっきから言ってるでしょう!?バカ!?あなたバカ!?」

 サッシュが口元を引きつらせてマリンを見る。

 顎を上げ、明らかに自分を見下している美少女と目が合った。

「まあ、いいわ。あなた、サッシュとか言ったかしら?そこの少年を斬っておしまい!」

「・・・・・は?」

 サッシュはまたも唖然として口をポカンと開けて固まった。

「あー、気にしないでいいですよ」

「私のお金を盗っておいて、五体満足で帰すとでも思っているの!?」

「マリン、駄目ですよ。すみません。妻は過激な冗談が大好きなんです」

「じょ、冗談・・・ですか?」

 疑いの眼差しを向けるサッシュにロイルはニッコリと笑った。

「はい。冗談です。ね、マリン」

「お前のその右腕一本置いていけ!!」

「はいはい。冗談はもうおしまいにしましょうね」

 ロイルが言ったその時―――、


「も、申し訳ありませんでした!!!」


 突然、それまで一言も発すること無く、青ざめていただけだった老女が、床にひれ伏した。

「この子はまだ未成年なのです。罪は保護者である私にあります。どうか、これでお許しを!」

 老女はテーブルに置かれていた短剣を手にすると、それを鞘から抜こうとした。

「母さん!やめて!!」

「いけません!」

 老女のやろうとしたことを察し、慌てて少年とサッシュが止めに入る。

 そして少年は老女から短剣を奪い取ると、鞘から抜いた。

「僕が、僕がいけないんです、ロイル様。母さんに罪はありません。――――ごめんなさい!!」

 少年は短剣を右手に握り、思い切り自分の左肩に突き立てようとした。

「あなたもっ、いけません!!」

「やめて!ラウ!!」

 サッシュと老女が少年を止めに入る。

「ラウ!ラウ!」

「離して母さん!」

「やめなさい!君はまだ若い、罪は償える!」

「離してください」

「あぁ!やめてラウ!」


「やめなさい!!!」


 聞こえた怒声に三人の動きがピタリと止まる。

 ロイルはマリンをソファーに降ろすと、ゆっくりと立ち上がり、三人に近付いた。

 固まっている少年―――ラウから短剣を奪い、床に落ちていた鞘を拾って、納める。

「こんなこと、してはいけません」

「そうよ、私が言ったのは右腕でしょ。左肩を刺しても駄目じゃない。それに短剣じゃ斬り落とすことは出来ないわ。ロイル!長剣を貸しておあげなさい!」

「・・・少し黙っていてくださいね」

 ロイルは一つため息を吐くと、気を取り直してラウを見た。

「取り敢えず、落ち着いて。三人とも座りなさい」

 戸惑うように互いに目を合わせ、三人がソファーに腰掛けたのを確認して、ロイルは自分もマリンの隣に座った。

「肝心な事を訊いていませんでしたね。ラウ・・・でしたね。あなたは何故お金が欲しかったのですか?」

 ラウが瞳を揺らす。

「それは・・・」

「ソフィーの容態が、もうそれだけ悪いということですか?」

 ラウは目を見開いた。

「ティガさん、そうなんですね」

 ロイルはラウの横に座っている老女―――ティガに訊く。

 ティガが目を伏せた。


 ――――ドガッ!!


「ねえ、ロイル!ソフィーって誰よ。私にも分かるように話なさいよ!」

「あー、マリン・・・」

 ロイルは殴られた頬を押さえる。

「ソフィーは・・・まあ、ラウの妹みたいなものですね」

「つまり、その子が金を盗めとラウに命令したってことね!?」

「いや・・・マリン、話聞いてました?」

「ソフィーは何も知らない!関係ありません!」

 ラウが立ち上がり、ロイルの足元に来て縋った。

「本当です!僕が勝手にやったことなんです!」

「えぇ、分かってますよ」

「分かんないわよ!」

 ロイルはラウの背中を優しく擦る。

 ラウの目から涙がこぼれた。

「ロイル様・・・お願いです。僕に・・・このお金を貸してください。何年掛かるか分かりませんが、必ずお返しします。もう、時間が無いのです・・・」

「何言ってるの?あなたには一生かかっても、返せない額よ!」

「マリン、ちょっと静かにしましょうね」

 ロイルはマリンを抱き寄せた。

「お願いです。ソフィーを助けてください」

 ラウが床に額をつけたその時、ティガが嗚咽しながら立ち上がった。

「もうやめてラウ」

「でもっ、母さん!」

「ソフィーはもう・・・間に合わないのだよ!」

 ラウが目を見開いた。

「そんな・・・」

 ラウは呆然と床に崩れ落ちた。

「ロイル様・・・」

 ティガがロイルに向き直る。

「大変ご迷惑をおかけしました」

 ティガが深く、深く頭を下げる。

「ワイヤ様、お待たせしました」

 サッシュが立ち上がる。

「・・・行きましょうか」

「・・・はい」

 サッシュがラウを支え、立たせ、ロイルに軽く頭を下げる。

「それでは我々はこれで失礼させていただきます」

 ロイルが立ち上がる。

「えぇ、ありがとうございます。落とし物を届けていただいて」

「・・・・・え?」

 サッシュが目を見開いた。

 ロイルはニッコリと笑む。

「どこに落としたか分からなくて、困っていたのです。ラウが拾ってくれたのですね」

「・・・え、ぼ、僕は」

「・・・ロイル様、それは、つまり――――」

 サッシュがロイルの目をじっと見る。一見笑っているように見えるが、その目は真剣そのものだ。

「・・・分かりました」

 サッシュが頷く。

「我々は『落とし物』を届けに来ました」

 ロイルは満足気に頷き、ラウとティガが目を見開いた。

「さあ、早く帰りなさい。子供達が待っていますよ」

 ラウとティガの目から再び大粒の涙が零れた。


 ――――バキッ!!


「何で勝手に、うまく話まとめちゃってるのよ!!」

 ロイルが脇腹を押さえて唸った。

「何、何!?一人でいい人ぶって、『俺はこんなに懐が深いんだ』みたいな感じ?この偽善者が!!」


 ――――バキッ!バキッ!


「痛いですよ。やめてください―――マリン!」

 ロイルがマリンの右手首を掴む。

 マリンは唇を噛んでロイルを見上げた。


 ――――ドガッ!!!


 渾身の力でロイルの脛を蹴って、マリンは部屋を飛び出した。

 角に控えていたアンが後を追う。

「・・・あの・・・大丈夫ですか?」

 脛を押さえて蹲るロイルにサッシュが恐る恐るという感じで訊いた。

「えぇ、これ位なんともありません。慣れていますからね」

「慣れて・・・」

 サッシュは唖然として、立ち上がるロイルを見た。

「さあ、ティガさん、早く帰らないと、子供達が待ってますよ。ワイヤ君、この二人を家まで送り届けてもらえませんか?」

 サッシュはハッと気付いて慌てて返事した。

「は、はい」

 ロイルがドアを開け、先に立って歩く。その後をサッシュと、マリンの乱暴な行いを目の当たりにして、すっかり涙が止まった二人が続いた。

 長い廊下と階段を降りて、玄関に辿り着くと、ロイルがドアを開ける。

「ワイヤ君、二人をお願いします。それとラウ―――」

「は、はい」

「―――二度はありません」

 ラウはロイルを見た。厳しいその表情に、言葉の意味を噛みしめる。

「はい」

 ラウの返事にロイルは頷いた。

 サッシュ達三人は外に出ると、ロイルに頭を下げた。

「それでは失礼します」

「気を付けて、お帰りください」

 三人は門に向かって歩きだす。

 しかし、数歩でサッシュが振り向く。

「どうしました?」

 ロイルの言葉に、サッシュは戸惑うように瞳を揺らしたが、意を決してロイルと目を合わせた。

「・・・自分は、あなたに憧れて、警備隊に入りました。いずれは騎士になりたいと思っています」

 ロイルは頷いた。

「そうですか。頑張ってください」

「・・・ロイル様、何故お辞めになったのですか?騎士団に戻る気は無いのですか?」

「ええ。戻る気はありませんよ」

「何故!?あなたほどの人が―――」

「ワイヤ君」

 サッシュの言葉をロイルは遮った。

「私の妻を、君はどう思いました?」

 サッシュがポカンとする。

「え・・・どうと言われましても・・・まあ、その・・・個性的―――」

「可愛いでしょう?」

「え、まあ・・・」

 確かに見た目だけなら大変な美少女だが、それ以外の印象が強烈過ぎて、サッシュは返答に困った。

「騎士の仕事は城に詰めている事が多いですよね。私はね、妻と一時だって離れたくないのですよ。だってあんなに可愛いのですよ。私の居ない間に沢山の男に声を掛けられたり、攫われたりしたらどうするんですか。危険です。ひとりにしてはおけません。」

 むしろあなたの妻が危険人物なのでは・・・と、サッシュは言い掛けて、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

「さあ、私はそろそろ妻のところに行きます。拗ねてしまったようですからね。本当に可愛い人だ。ではワイヤ君、さようなら」


 バタンと閉められたドアをサッシュは呆然と眺めた。


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