「聖女の雫」争奪戦 ④
大会から一週間、ロイルは屋敷に引きこもっていた。
エリアスが一度、ロイルをからかう目的で屋敷に来たが、決して会おうとはしなかった。
「ねえ、ちょっと出掛けましょうよ」
「嫌です」
マリンの誘いを即座に断って、ロイルは書類に視線を落とす。
「仕事なんか全然進んでないじゃない。ねえ遊びに行きましょう」
「アンと行って下さい」
「いつまで外に出ないつもり?あれから一週間もたってるのよ。皆もう忘れているわよ。ねえ、アン」
アンはお茶を飲みながら、少し首を傾げて微笑んだ。
「ほら、アンもそうだって言ってるじゃない」
「アンは何も言ってないですよ」
「アン、出掛ける準備をしてちょうだい」
ロイルは強引にコートを羽織らされ、マリンに手を引かれて外に出た。
「ロイル様、これを」
アンが、申し訳なさそうにしながら、爪先立ちになり、ロイルの頭に帽子をかぶせた。
「・・・ありがとう」
ロイルは顔が見えないように、帽子を深くかぶる。
「さあ、行くわよ」
元気に歩き出すマリンの後ろを、ロイルは嫌々歩いた。
暫く歩いて行くと、ロイルはある事に気付いた。
「・・・人が多い」
しかも、商店街に近付く程多くなっていく。
ロイルは嫌な予感がして足を止めた。
「あら、どうしたの?」
「・・・帰ります」
「駄目よ!困るわ!」
「・・・困る?」
ロイルは口元を引きつらせた。
「何を企んでいるのですか?」
「うるさいわね!いいから来なさい!」
マリンはロイルの腕を掴み、ぐいぐい引っ張って歩く。
そして商店街へとやって来たが・・・。
「な、何だこれは!」
「もろ出し饅頭いかがですかー!」
「もろ出しクッキーは、こちらでーす!」
至るところで売られている『もろ出し』商品。
もろ出しケーキ、もろ出しワッペン、もろ出しキーホルダー、もろ出しチョコレート・・・。
その全てに、股間を丸出ししたロイルの絵が印刷されている。
「あ!マリンちゃん!」
ロイルが呆然としていると、満面の笑顔で男が駆けてきた。
「賑わってるわね」
「お陰様で。あ、これ、約束のモノ」
男が分厚い封筒をマリンに渡す。
マリンはそれを受け取ると、中身を確認した。
「・・・何ですかそれは」
「売り上げの一割を、私が貰う契約なの」
「・・・・・」
妻に売られてしまった。
ロイルはあまりのショックにその場にしゃがみこんだ。
「ほら、何やってるの?これ持って」
「・・・何ですかコレ」
ロイルは渡された小瓶を見る。
ラベルには『もろ出し汁』と書いてあった。
「牛乳よ。新商品なの」
「・・・卑猥過ぎるでしょう」
マリンはロイルを立たせると、帽子を取り上げた。
「ちょ!マリン!!」
慌てて取り返そうとしたが、時すでに遅し。
ロイルの存在に気付いた女達が、黄色い歓声をあげた。
「きゃ〜〜〜!!もろ出し様よ!!」
「もろ出し様ー!!」
「こっち向いてー!!」
「ほら、何やってるのよ。笑顔よ、笑顔。ちゃんと小瓶を皆さんにお見せして」
商店街の店員達が、女達をロイルの前に並ばせる。
「新商品、新鮮しぼりたて『もろ出し汁』。買ってくれた方は、もろ出し様と握手が出来まーす」
「・・・・・」
列は夜まで途切れる事はなく、心身共にボロボロになって屋敷に戻ったロイルは、もろ出しブームが去る春まで、一歩も外に出なかった。